拒絶の歴史(12)
彼女の手にはプレゼントが握られている。世界は2月に愛を確かめ合うのだ。
その日もぼくは練習をしていた。新しい中学生たちが試験を受けに来るので、その準備のためいつもより授業は短かった。先生たちの様子もそれに追われているようだった。その分早めにグラウンドに出て泥だらけになり走り回った。ぼくも一年前は同じ状況で進学したらラグビーを始めようと決意していたが、こんなにも打ち込む自分がいることは想像していなかった。しかし、その魅力は自分をだんだんと傾けさせていった。
新入生にも試験があるなら、自分たちにも定期的にテストが行われていた。そこで、順位を大幅に上げることもなければ下げることもなく自分のランクはある水準で一定していた。誰かに指図をされて勉強をすることもいやだったので、身体が疲れていたとしても、自分の意志だけは保とうとしていた。それで成績を大きく下降させることはなかったが、勉強というものは体力と同じで、ある場所でキープするということは難しいものだった。
練習が早く終わったので、個人的に温水プールで泳いでいた。もしかしたら、こころのどこかで河口という女性に会える機会も探していたのかもしれない。しかし、本来の意図はやはり相手にぶつかられても堪えられるだけの身体の頑丈さを求めていたのは事実だった。その副産物としてそのような女性への憧憬の瞬間があった。そう簡単に願いが叶うものでもなく、その日は会うことが出来なかった。
身体もさっぱりしてまた制服に着替えた。鏡で自分の姿を見ると、華奢な自分は徐々に消えていった。陰に隠れていた自分の可能性が筋肉という姿をとって、自分に現れてきはじめた。それをこころのどこかで喜んでいる自分がいた。
待ち合わせの場所に行くと、そろそろ翳り出した太陽の下に裕紀の後姿があった。それは失われた木の葉のようにすこし淋しげに見えた。彼女は幸福な家庭で育っていながらもときどきそのような姿を見せるときがあったが、それはただ単純にぼくの勘違いかもしれない。普段はとても元気でぼくは、彼女といることを常に喜びと考えていることのほうが多かった。それでも、そのような瞬間があったのも事実だった。
彼女の首には今日も暖かそうなマフラーが巻かれていた。春は、まだまだ遠かった。そして、未来をあてどもなく待ち望むことは自分には少なかったが、彼女といるとそのような未来の一部に彼女が居続けてくれたらどんなに楽しいだろうな、という希望すら与えてくれた。
「これ」と言って彼女は恥ずかしそうにプレゼントを渡してくれた。ぼくは、女性からそれらをもらったのは初めての経験かもしれなかった。そして、何よりうれしいのは彼女がぼくに愛情をもっているという不思議な気持ちによるものだった。彼女の表情には、そのことが出ていた。ぼくも、すこし気恥ずかしげに受け取った。
ぼくらはいつものように手をつないで歩く。ラグビーボールに馴れたぼくのいかつい手は、彼女の暖かで柔らかな手をそっと握るのが難しいように感じるときもあった。だが、それも直ぐに忘れ、その居心地の良さを楽しんだ。
ぼくらはファースト・フードの店に入り、クラスメートのことやそれぞれの生活のことを話す。会えない間になにか大事件が起こるわけでもなく、それでも何もないことを話しているだけでも楽しいものだった。彼女の兄は大学を卒業して、都会にある会社に働くことが決まっていた。ぼくは、それらのことを考えてみた。自分は、将来的になにになりたいのだろうかと、また、どんな役柄を与えられるのだろうかと。自分でコントロールする能力があるのか、貰ったパスを有効に生かすことができるのだろうかと。
それから、上田先輩と幼馴染である智美との交際のことを彼女に質問した。その答えは、たまには喧嘩もするらしいけど、とても順調のようだと返ってきた。どちらも好きである自分は、ちょっと安堵する。だが、喧嘩ということが互いを好きな間柄で起こるということが分からないぐらいに自分はまだまだ子供であった。ぼくは、裕紀といつか大喧嘩をするのだろうか。その可能性は、まったくのところ浮かばなかった。
ぼくらは分かれ、それぞれの家に帰る。その寂しさは、ぼくを少し大人にしていったのだろう。プレゼントの袋をあけると手紙とこの前に聴いたコンサートのときに写したらしいぼくらの写真もはいっていた。それは、いつ撮られたのだろうと考えてみると、あのよく喋るおばさんが撮ってくれたのだなと思い出した。それが、ぼくのところにも回ってきたのだ。ぼくは、机の前に写真を貼り、それを眺めていた。何日か経ってその写真をみた妹が、彼女の評価をぼくに言った。それは、好意的なものだった。「会ってみたいな」と好奇心の旺盛な妹はただ単純にそうも言った。
彼女の手にはプレゼントが握られている。世界は2月に愛を確かめ合うのだ。
その日もぼくは練習をしていた。新しい中学生たちが試験を受けに来るので、その準備のためいつもより授業は短かった。先生たちの様子もそれに追われているようだった。その分早めにグラウンドに出て泥だらけになり走り回った。ぼくも一年前は同じ状況で進学したらラグビーを始めようと決意していたが、こんなにも打ち込む自分がいることは想像していなかった。しかし、その魅力は自分をだんだんと傾けさせていった。
新入生にも試験があるなら、自分たちにも定期的にテストが行われていた。そこで、順位を大幅に上げることもなければ下げることもなく自分のランクはある水準で一定していた。誰かに指図をされて勉強をすることもいやだったので、身体が疲れていたとしても、自分の意志だけは保とうとしていた。それで成績を大きく下降させることはなかったが、勉強というものは体力と同じで、ある場所でキープするということは難しいものだった。
練習が早く終わったので、個人的に温水プールで泳いでいた。もしかしたら、こころのどこかで河口という女性に会える機会も探していたのかもしれない。しかし、本来の意図はやはり相手にぶつかられても堪えられるだけの身体の頑丈さを求めていたのは事実だった。その副産物としてそのような女性への憧憬の瞬間があった。そう簡単に願いが叶うものでもなく、その日は会うことが出来なかった。
身体もさっぱりしてまた制服に着替えた。鏡で自分の姿を見ると、華奢な自分は徐々に消えていった。陰に隠れていた自分の可能性が筋肉という姿をとって、自分に現れてきはじめた。それをこころのどこかで喜んでいる自分がいた。
待ち合わせの場所に行くと、そろそろ翳り出した太陽の下に裕紀の後姿があった。それは失われた木の葉のようにすこし淋しげに見えた。彼女は幸福な家庭で育っていながらもときどきそのような姿を見せるときがあったが、それはただ単純にぼくの勘違いかもしれない。普段はとても元気でぼくは、彼女といることを常に喜びと考えていることのほうが多かった。それでも、そのような瞬間があったのも事実だった。
彼女の首には今日も暖かそうなマフラーが巻かれていた。春は、まだまだ遠かった。そして、未来をあてどもなく待ち望むことは自分には少なかったが、彼女といるとそのような未来の一部に彼女が居続けてくれたらどんなに楽しいだろうな、という希望すら与えてくれた。
「これ」と言って彼女は恥ずかしそうにプレゼントを渡してくれた。ぼくは、女性からそれらをもらったのは初めての経験かもしれなかった。そして、何よりうれしいのは彼女がぼくに愛情をもっているという不思議な気持ちによるものだった。彼女の表情には、そのことが出ていた。ぼくも、すこし気恥ずかしげに受け取った。
ぼくらはいつものように手をつないで歩く。ラグビーボールに馴れたぼくのいかつい手は、彼女の暖かで柔らかな手をそっと握るのが難しいように感じるときもあった。だが、それも直ぐに忘れ、その居心地の良さを楽しんだ。
ぼくらはファースト・フードの店に入り、クラスメートのことやそれぞれの生活のことを話す。会えない間になにか大事件が起こるわけでもなく、それでも何もないことを話しているだけでも楽しいものだった。彼女の兄は大学を卒業して、都会にある会社に働くことが決まっていた。ぼくは、それらのことを考えてみた。自分は、将来的になにになりたいのだろうかと、また、どんな役柄を与えられるのだろうかと。自分でコントロールする能力があるのか、貰ったパスを有効に生かすことができるのだろうかと。
それから、上田先輩と幼馴染である智美との交際のことを彼女に質問した。その答えは、たまには喧嘩もするらしいけど、とても順調のようだと返ってきた。どちらも好きである自分は、ちょっと安堵する。だが、喧嘩ということが互いを好きな間柄で起こるということが分からないぐらいに自分はまだまだ子供であった。ぼくは、裕紀といつか大喧嘩をするのだろうか。その可能性は、まったくのところ浮かばなかった。
ぼくらは分かれ、それぞれの家に帰る。その寂しさは、ぼくを少し大人にしていったのだろう。プレゼントの袋をあけると手紙とこの前に聴いたコンサートのときに写したらしいぼくらの写真もはいっていた。それは、いつ撮られたのだろうと考えてみると、あのよく喋るおばさんが撮ってくれたのだなと思い出した。それが、ぼくのところにも回ってきたのだ。ぼくは、机の前に写真を貼り、それを眺めていた。何日か経ってその写真をみた妹が、彼女の評価をぼくに言った。それは、好意的なものだった。「会ってみたいな」と好奇心の旺盛な妹はただ単純にそうも言った。