JFKへの道
12
秋の高い空と乾いた空気が、博美の白いドレスを鮮やかに見せる。彼女は、輝いていた。そして、自分の妻になった。今日ばかりは、浴びるほどに酒を飲み、快活な少年の頃に戻った。たくさんの人に会い、おめでとうの言葉を言われた。
いまは、空中の人になっている。窓から、白い雲が眼下に見える。昨日の酒で、重い身体とふさぎそうな目蓋を持っている。隣で、博美は眠っていた。その身体から、幸福感といつも使っている香水の混ざった匂いを発している。自分は、炭酸飲料を口にしている。もう自分個人の楽しみだけを最優先させる生活は、終わってしまったことに感傷を抱いていた。でも、誰もが通る道だろう? きっと。
手荷物から手帳を取り出し、その内容を入念に調べた。長く滞在できるが、そこでも仕事をしなければならない。大事なプロジェクトのために会う人とも約束を取り付けている。直ぐにではないが数日楽しんだ後で、博美を一人にしなければならない時間が出来る。
数時間して、目的の場所についた。ニュージーランドだ。いくつかの場所を抜け、荷物を取り、自由な人になる。すがすがしい空気。彼女は、旅行会社にいたので、コネをつかって旅慣れていた。面倒な仕組みも知っているので、いくらか手続き上も助かった。それと、頭の中に見るべき場所が、詰まっているらしく、着いてそうそう観光スポットを回った。自分は、ビールでも飲んで、のんびりしたかったが、それに付き合った。
ランチを愉快に食べている彼女。食事の時間に人間の全存在が出てしまうような恐怖を持つ。たくさんのミーティングと称して、食事を共にする機会が多いが、しっくりいかない人とは、胃の奥がきゅっと縮こまるような感覚を持つことがあった。いまは、もちろんないが。
一日を終え、ホテルに着いた。荷物を解き、ソファに寝そべった。夕食を食べる前にシャワーを浴びて、着替えようということになり、彼女が先に使った。はじめて、一人でものを考えられる時間ができた。何人かの女性の思い出。上手くいっている夫婦の姿。失敗した関係。だが、2人目の結婚相手と仲が良い友人の顔。60億の半分の存在。
その時の自分の生きている範囲。そして、相応の年齢の異性。これらの中から選ばなければならない。たまたま与えられた自分の境遇。家族。これらに対して持つ責任。もっと、貧困が通常のことになっている国で生まれてきたかもしれない。政治上の動乱が、着慣れた服のように身にぴったりと張り付いている場所に、与えられたかもしれない自分の未来。変革に失敗してしまい、命を短いまま潰えてしまった、リーダーたち。どうしたのだろう? 普段は、こんなことを考えないのに。自分の身の回りの幸福に浸っている自分だったのに。博美のお祖父さんは政治を愛した。彼女が知っているお祖父さんのエピソードを聞くのが好きになっている最近の自分がいた。
そして、彼女がシャワーを浴びて、紅潮した顔を覗かせる。下はバスローブをまとっていた。足の爪の色まで、きれいに見えた。
「終わったよ。どうぞ」
「うん。直ぐ入るよ」
「また、ビール飲んでる。わたしも一口いい?」
彼女は、グラスに口をつける。自分は、考えている。どれぐらいの人間に、これまで会ってきたのか。またこれから、会うことができるのだろうか? もし仮にミラノやナポリに自分にぴったり合う異性がいないという保障がどこにあるのだろう。それらの地に育った人や、日本から移動している人かは別にしても。絶対的な証明はどこにも、ありはしない。ただ、可能性を打ち消してしまうだけ。さらに、自分は出会っていく人たちを幸福にできるのだろうか。父と同じように、持っている資産だけで尊敬を受ける人間になりたいと思っているのだろうか。いずれ答えを見つけられるといいが。
「お腹空いた。早く行こうよ」
「そうだね」と言って。バスルームに歩いていく。彼女の使った化粧品が並べられている。この小さな携帯用のビンの中に彼女の将来がつまっているのかな、とふと考えて、蛇口を回した。
(終)