拒絶の歴史(19)
ぼくらは、まだ学生であった。本来の仕事である勉強に打ち込むため、裕紀と図書館にも通った。ぼくらは、好きな教科がいくらか違うため、お互いの勉強を教えあうこともできた。似ている部分を見つけあうのも友人として恋人として楽しいことだったが、相違の部分があることもぼくらを向上させる一因になることも知った。
ぼくは、英語や数学を愛していた。他の言語を世界に違う種類の人々が操りあって生活していることを知ると、胸のなかが不思議なくらいに新鮮になった。自分もそのどれかを身に着けられたら、どんなに良いだろうと思うが、日常的に知り合う外国の人など、ぼくの町にはいなかった。
裕紀は、国語や社会を勉強することが苦にならないらしかった。ぼくの外国語と同じような観点で、人々がいままで生活してきた歴史や記録として、社会というものを学んでいた。そのことが、なぜか彼女の女性的な一面を美しくさせている要因ではないのかと、ぼくは考えるようになっていた。
ぼくは静かに数学の問題を解き、その方法を彼女に伝え、彼女は自分なりの年表をつくり、それをぼくに見せてくれた。そこには、とんでもないヒーローが数百年に一度現れ、世界を変革していくようにも思えた。アレキサンダーやナポレオンという力量を計り知れない人々が世界のある時代にいた。ぼくらは、そのような羽根をもぎ取られてしまっているのだろう。偏差値を上げ、優秀なる人材になるため、いくらかましな大学に入ろうとしている。
その図書館はぼくの家にも近かったので、ある日、勉強が終わった後、彼女をぼくの家に誘った。ぼくの母は誰かにご飯を食べてもらうのが楽しくて仕方がないらしく、ぼくや妹の友人たちに家に来てもらいたがっていた。ぼくは、妹の友人たちと食卓をともにすることも多かったし、彼女らの遠慮のない食欲もいつの間にか知るようになっていたし、驚かなくもなっていた。そのようなことが一般的に行われていた家庭だった。
彼女は、ケーキを途中の店で買い込み、「急じゃなかったら、わたしが手作りしたのに。おいしいんだよ」と、いくらかの言い訳をのべ、何種類かのケーキを選んでいた。それを揺らさないように、手に持ってぼくらは自分の家に向かった。
「あら、いらっしゃい」と母は愛想よく彼女を迎え、彼女もにっこりと笑った。
妹も自分の部屋から出て階段を降りてきた。好奇心の固まりである彼女は、いくつもの質問を裕紀に浴びせた。ぼくは、何回かしつこいといったり、途中で話を転換させようとしてみるものの、意外と彼女たちは話が合うらしく、ぼくは黙らざるを得なかった。
妹も来年、受験を控えており、そろそろ勉強に本腰を入れる時期に入っていた。彼女の志望校のひとつは裕紀の学校ということもあって、その学校内での生活を訊いていた。そんなに選択の幅があるわけでもないので、嫌であったとしても、そこに行くことしかなかったかもしれないが、そこには暖かい学園生活があるらしかった。
食事も終え、ちょっとゆっくりすると、妹は裕紀を自分の部屋に引っ張った。教えてもらいたい勉強の中味があるみたいで、その解決を裕紀に求めた。
「あとで、お兄ちゃんに訊きなさいよ」と母は言ったが、妹は聞き入れることをしなかった。
2、30分彼女たちは部屋から出てこなかった。様子を探るわけにも行かず、ぼくは居間でぼんやりとテレビを見ていた。裕紀と同じような年代のアイドルがその中に映っている。彼女らのリアルな人生は、どんなものなのだろうと想像してみるものの、そのときの自分には分かるわけもなかった。
そこに妹たちが戻ってきて、一緒にケーキを食べた。彼女らは一瞬にして友人になったようだった。部屋のなかでいったい何が行われたのだろう。
裕紀を送るため、ぼくは家を出た。初夏の空気がさわやかさと濃密なにおいを混ぜ合わせ、ぼくらの周りにただよいはじめた。ぼくは、そっと彼女の手をつなぐ。
「いもうと、うるさくなかった?」
「全然。わたしも妹とか、おんな兄弟とか欲しかったのかな、と思っちゃった」と言った。
ぼくは、彼女を駅まで送り、その電車が来るまで、近くで話していた。ぼくらの関係は完全なものになりつつあり、その記念のようにぼくは彼女の唇を眺めていた。
ぼくらは、まだ学生であった。本来の仕事である勉強に打ち込むため、裕紀と図書館にも通った。ぼくらは、好きな教科がいくらか違うため、お互いの勉強を教えあうこともできた。似ている部分を見つけあうのも友人として恋人として楽しいことだったが、相違の部分があることもぼくらを向上させる一因になることも知った。
ぼくは、英語や数学を愛していた。他の言語を世界に違う種類の人々が操りあって生活していることを知ると、胸のなかが不思議なくらいに新鮮になった。自分もそのどれかを身に着けられたら、どんなに良いだろうと思うが、日常的に知り合う外国の人など、ぼくの町にはいなかった。
裕紀は、国語や社会を勉強することが苦にならないらしかった。ぼくの外国語と同じような観点で、人々がいままで生活してきた歴史や記録として、社会というものを学んでいた。そのことが、なぜか彼女の女性的な一面を美しくさせている要因ではないのかと、ぼくは考えるようになっていた。
ぼくは静かに数学の問題を解き、その方法を彼女に伝え、彼女は自分なりの年表をつくり、それをぼくに見せてくれた。そこには、とんでもないヒーローが数百年に一度現れ、世界を変革していくようにも思えた。アレキサンダーやナポレオンという力量を計り知れない人々が世界のある時代にいた。ぼくらは、そのような羽根をもぎ取られてしまっているのだろう。偏差値を上げ、優秀なる人材になるため、いくらかましな大学に入ろうとしている。
その図書館はぼくの家にも近かったので、ある日、勉強が終わった後、彼女をぼくの家に誘った。ぼくの母は誰かにご飯を食べてもらうのが楽しくて仕方がないらしく、ぼくや妹の友人たちに家に来てもらいたがっていた。ぼくは、妹の友人たちと食卓をともにすることも多かったし、彼女らの遠慮のない食欲もいつの間にか知るようになっていたし、驚かなくもなっていた。そのようなことが一般的に行われていた家庭だった。
彼女は、ケーキを途中の店で買い込み、「急じゃなかったら、わたしが手作りしたのに。おいしいんだよ」と、いくらかの言い訳をのべ、何種類かのケーキを選んでいた。それを揺らさないように、手に持ってぼくらは自分の家に向かった。
「あら、いらっしゃい」と母は愛想よく彼女を迎え、彼女もにっこりと笑った。
妹も自分の部屋から出て階段を降りてきた。好奇心の固まりである彼女は、いくつもの質問を裕紀に浴びせた。ぼくは、何回かしつこいといったり、途中で話を転換させようとしてみるものの、意外と彼女たちは話が合うらしく、ぼくは黙らざるを得なかった。
妹も来年、受験を控えており、そろそろ勉強に本腰を入れる時期に入っていた。彼女の志望校のひとつは裕紀の学校ということもあって、その学校内での生活を訊いていた。そんなに選択の幅があるわけでもないので、嫌であったとしても、そこに行くことしかなかったかもしれないが、そこには暖かい学園生活があるらしかった。
食事も終え、ちょっとゆっくりすると、妹は裕紀を自分の部屋に引っ張った。教えてもらいたい勉強の中味があるみたいで、その解決を裕紀に求めた。
「あとで、お兄ちゃんに訊きなさいよ」と母は言ったが、妹は聞き入れることをしなかった。
2、30分彼女たちは部屋から出てこなかった。様子を探るわけにも行かず、ぼくは居間でぼんやりとテレビを見ていた。裕紀と同じような年代のアイドルがその中に映っている。彼女らのリアルな人生は、どんなものなのだろうと想像してみるものの、そのときの自分には分かるわけもなかった。
そこに妹たちが戻ってきて、一緒にケーキを食べた。彼女らは一瞬にして友人になったようだった。部屋のなかでいったい何が行われたのだろう。
裕紀を送るため、ぼくは家を出た。初夏の空気がさわやかさと濃密なにおいを混ぜ合わせ、ぼくらの周りにただよいはじめた。ぼくは、そっと彼女の手をつなぐ。
「いもうと、うるさくなかった?」
「全然。わたしも妹とか、おんな兄弟とか欲しかったのかな、と思っちゃった」と言った。
ぼくは、彼女を駅まで送り、その電車が来るまで、近くで話していた。ぼくらの関係は完全なものになりつつあり、その記念のようにぼくは彼女の唇を眺めていた。