爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
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雑貨生活(2)

2007年02月19日 | 雑貨生活
 そして、ぼくは終わらない物語と格闘している。ちょっと前に書き終えたノートを他人のような視線で眺めている。

 濡れたアスファルトを歩き、
 この道が、君の家や、君のこころに
 通じていると考え、
 手にリボンをかけた。

 そして、遠くから君のマンションの一室の
 明かりが輝き、
 カーテンが白く浮き出し、
 君のシルエットが見えた。
 電話を持っていたが、
 君に直ぐに逢いたかった。

 言葉のむなしさを知り、
 君がぼくのことを
 考えているという熱い視線を夢み、
 
 そのまま散歩して帰って来た。

 猫のように、君のふところに戻る。
 待ったんだ。
 29年間、待ったんだ。

 採点をするように自分のノートを見ている。以前、どこかで誰かの書き残したものの生き写し。やはり、才能がないのだろうか。ノートを閉じる紙の音。スピーカーから流れるブルースの言葉も、繊細さはまったくないように思えるが、時には強く胸を打ったりする。
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当人相応の要求(10)

2007年02月11日 | 当人相応の要求
当人相応の要求(10)

例えば、こうである。
一人の女性の記録にとどめられた可憐さ。
同性からも、憧れの対象として。もちろん、東洋のはずれでも。
何に? キャンバスに? 彫刻作品として? いや、残し方は、そこは20世紀の芸術。そして、記録媒体としてのフィルム。コダック。黄色い箱。
その会社は、1880年代に創業。その後、シャッターを押すだけというカメラを世に送り出す。後世の人たちが、簡単に過去を振り返ったり、見つめ直したりすることが可能になったのだろうか?
ローマの休日。1953年。「真実の口」に手を突っ込む身分を明らかにしていない新聞記者の後ろで、驚いている妖精のような女性。ショートカットでジェラートを食べる女性。ヴェスパに乗り、ローマの町を走り抜ける。彼は、そのイタリアを体現しているスクーターを欲しく思う。
だが、原作にも目を向ける。ある王女が、その裕福な境遇に嫌気がさし、一般人にまぎれる。その生活を楽しんでいる束の間のときと、真実を暴こうとするジャーナリストの欲望。甘くさらっと隠す箇所は描かない過去のモラル。そのシンプルなストーリーを上手に構成したのは、ここでも、自分の名前を持ち出すことが出来なかった「ダルトン・トランボ」という人が表れる。世に言う「赤狩り」レッド・スケェアー。
ロマンチックの代表作のもとを作った人は、それから、「スパルタカス」や、原作もある「ジョニーは戦場に行った」を書く。戦争の賛美の一切、入り込まないノート。彼もその偽善を剥ぎ取った、いや、ちょっと違う、見たくもなく隠している部分を露出した作品にこころを打たれる。包帯にまみれた植物人間の叫び。戦争の本質とは、こういうものだったのか。
ローマの休日に戻る。その映画の監督は、ウィリアム・ワイラー。ザ・プロフェッショナル。アカデミー監督賞を3回受賞。ノミネートはなんと12回。映画を撮るために生まれて来た男。
1902年から1981年までの人生。フランスのミュルーズ出身。
作り上げたもの。虐げられた人間の反骨の象徴としてのベン・ハー。ローマの騎馬競技場。ヴェスパが登場する2000年近くも前の乗り物。また、収集家の悲しいさが。
その可憐な女優に話を戻す。アメリカ的な世界に憧れていたこの物語の彼は、その女優の発する、というか発しないことに、最初は不満を持つ。ヨーロッパ的なものに、理解ができなかったのだろう。やっぱり、映画は、ハリウッドのクラシックに限るという偏見という檻のもとで。マリリン・モンローみたいな陽気な暖かい太陽のようなポイントが抜けていたために。
しかし、ボギーとともに「麗しのサブリナ」フレッド・アステアに興味のある頃に見た「ファニー・フェイス」ビリー・ワイルダーという職人のような監督にはまっていた頃にみた「昼下がりの情事」そうした作品を見ていくうちに、自然と彼女の存在になれてきた。
1929年から、1993年の人生。しかし、10数年で、その存在を世界に認めさせ、可憐さを残したのだ。移ろいゆくもの。
彼が、かなり映画をみていた1989年に「オールウェイズ」という作品を最後にして、暗い中でのフィルムには、映像をとどめていない。
可憐さがいなくなる。1993年。その数日前に、彼は、「ローマの休日」をはじめて見た。訃報をきいて、最初に思ったことは、「間に合った」ということだった。誰でも、人生の絶頂期があるだろう。本人が決めることもあるし、圧倒的なまでの多数の他者が決めてしまうこともあるだろう。その可憐な女性の代表作は、当然のように、一般市民にまぎれて快活に楽しんでいる王女の生活の場面だろう。多くの女性の全盛期が、記録媒体に残っているのか、そもそもそれが半永久的にどこかで、物置の奥にでも残っているのか彼は知らない。
その女性はいなくなる。でも、今後も、その存在は声高にではないが多くの人にアピールするだろう。
気の利いたセリフ。その愛らしい女性が亡くなった日、彼はテレビでニュースや映画の情報を流す番組を見ている。あるアメリカの大女優が、「神様は天国で一番、可愛らしい天使を得た」とコメントを残した。天使がいるのか知らないが、彼は上手い発言に舌を巻く。
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当人相応の要求(9)

2007年02月05日 | 当人相応の要求
当人相応の要求(9)

例えば、こうである。
こんなにも忙しい世の中で、一先ずそこに行きさえすれば、その人に会えるという約束と確信。数人の強靭な肉体と精神の持ち主。
一人目は、ルー・ゲーリッグというヤンキースの一員。幸運なことに、調子の悪い選手の代打として試合に出る。しかし、それ以降、休むということがなくなった。本人も、もし欠場すれば、その身代わりとして、自分は永久にスタジアムで活躍できなくなるとでも思っていたのだろうか?
しかし、その鍛えられた身体も、37年という短い年数で耐用年度を越えてしまっていた。その人の名前がついた病気。ルー・ゲーリッグ病。「私は地上で最も幸福な人間です」と一体、誰が言えるだろうか。
日本にもいる。赤いヘルメット。資料によると、175cm、73kg。想像するより、あまりにも平均的な数字。もの凄い大男ではないことに、彼は驚く。全身でスポーツが出来る喜びを表すこと。力いっぱい振り回すこと。小細工とはかけはなれた動き。
この物語の主人公の彼は、その野球選手が出ているテレビ番組を見て、思いがけなく素敵な人物を知る。ロベルト・クレメンテ。21番という背番号。プエルトリコの英雄。
その運動能力も凄いが、(誰が4度も首位打者を取れるだろう)シーズンがオフになると、慈善活動に励む。嘘っぱちが一切入り込まない、その真摯さ。人のために、自分を役立てること。1972年のニカラグアの地震の際、救援物資を届けようとしたその中南米の憧れの的は、飛行機事故で38歳という若さで帰らぬ人となる。嘘のような話だが、現場でも、その遺体は見つからなかったという伝説が残っている。
彼も、アメリカのとあるお店で、スポーツ選手のフィギュアに見せられる。やはり、最高に興味を引かれたのは、もちろんのことロベルト・クレメンテだ。かれも、自分を費やすことに憧れる。しかし、その実力も要望もなかったのだが。
またもや、アメリカに訪れる勤勉な人。いまのところの最高記録。彼が14歳のときから、30歳まで、そのスポーツ選手は働き続ける。それも、近年には珍しいことに同じ一つのチームで。ボルチモアという聞きなれない町で。怒りを面に表さないこと。子供がスタジアムにいるのに、野蛮な行為でそのこころを傷つけてしまうことを恐れる。
彼らに共通しているのは、恐さは怪我ではなくスランプだという事実。ひとの高揚したやる気を奪ってしまうことの方に恐れを抱く人々。大選手ではなくても、小さな人間のこころも同じようなものかもしれないと、彼は思う。子供の成長を阻害した、小さな小さな周りの人の思いがけない一言。
途切れること。記録の消滅。ある日本人が表れる。高校生にして、5連続の敬遠。彼は、皮肉にもそのスポーツ選手の最高の記録はそれだと、随分長い間、思っていた。しかし、その選手もニューヨークに渡り、ヤンキースの4番という、彼にとってはその国家の大統領より重責な地位だと思うものに登りつめる。もしかしたら、カル・リプケンの記録を抜けるのは、ゴジラという愛称の人物だけではないだろうかとも考え出す。
しかしである、2006年5月11日。フライを追いかける彼は、そのまま左手首を損傷する。いかに記録がむずかしいか? ファンというのは、その人を見つけるために、どれほどの喜びの気持ちで足を運ぶのだろうか? そして、不在という悲しい裏切り。どうしようもない敗退。
だが、一度底辺を経験した人の強さ。臆病な気持ちを拭い去った人の軽快さ。
2006年9月12日。残した数字は、4打数4安打。高校生のときの5連続敬遠の記憶を払拭するほどのプロスポーツ選手の正面衝突。復活という言葉は、この日に使われるためにあったのか?
彼は、テレビを見る。日常的な勤務を休みたいという気持ちを抱きながら。人のためになりたかった、という尽きてしまった情熱の燃えカスを含みながら。それだから? それなのに? こうした人々への賛歌をこころの底から叫びたいようにも思う。彼は、知る。大スターには、ほんの数人しかなれないことを。その快感と、焦りと焦燥を自分は、持つこともないだろう、ということを。誰かの期待のために、恐れと、はねかえすエネルギーを有していないことを。
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当人相応の要求(8)

2007年02月01日 | 当人相応の要求
当人相応の要求(8)

 例えば、こうである。
ニューオーリンズ。新しいオルレアン。
オルレアンの乙女。使命を感じるジャンヌ・ダルク。
アメリカの南部にある、もとフランス領。そして、ルイジアナ州。音楽を愛する人がいる。もっと密接に、なくてはならないものとして、必要とする人たちもいる。その遺跡として、西洋的な音階の楽器が残る。
1840年代に、アドルフ・サックスというベルギー人が、その名前の楽器を作り出してもいる。
それと似たような楽器も含め、自分たちの悲しみや、喜びの表現として、手に入れ活用する人もいる。使命感も生まれてくるかもしれない。
ジャズのはじめ。ジャズのスターのはじめ。
ルイ・アームストロング。1900年頃に生まれ、ニューオーリンズで成長する。もちろん、貧しさと隣りあわせで。もっと酷く運命共同体として。そのサッチェル・マウスと呼ばれた男性は、少年時代に、賑わいごとの最中に浮かれて銃を発砲し、その為に少年院に入れられる。そこで、この物語の主人公の彼にとっても幸運なことに、コルネットという楽器を手にする。それから数年すると、キング・オリバーという師匠を追いかけ、ある日、まぎれもない事実だが追い抜き、世界的な名声を我が物にする。
その一方、1899年、(頃は入らない)ワシントンでは、のちにデュークと命名される人間が、この世に生を受けている。若い頃にピアニストとして活躍し、1920年代にはバンド・リーダーとしてもニューヨークに進出している。大作曲家であるにも関わらず、もっともポピュラーな、そのバンドで一世を風靡した「A列車で行こう」は、別の人物ビリー・ストレイホーンが作っているという世の中の矛盾と皮肉。だが、その作曲の才能の表れとしての「ニューオーリンズ組曲」
優雅な身のこなしのその男性は、現世で充分に報われたように、彼には思える。だが、もちろん永遠に生きられるわけもなく、1974年5月24日に永眠。帰らぬ人となる。それと時を同じくして、トランペットという楽器で、またそのしわがれた声で、世の中をとりこにしたポップスという人物は、1971年7月6日に亡くなっている。時代は、混沌としており、大衆はもっと激しく軽率な音楽を必要としていた。
それでも、「グッドモーニング・ベトナム」という、本人がいなくなって17年も経つ、1988年の映画には、このジャズを飛び越えたスターの世界への賛歌が印象的に折り込まれている。
ニューオーリンズ。1961年にジャズを軌道修正する男が、その地に生まれている。賛否両論の音楽家。もっと、燃え上がれよ、というみんなの期待。彼も、その優等生ぶりにいくらか抵抗があった。正直、辟易もする。でも、その音楽家はルーツを模索する一面も持っている。彼は、ふとした機会にそれを聴き、自分のアイデンティティを見つけた人のように、ほっとする。
同じような方角。ミシシッピー川。「ショウ・ボート」という映画。唄われるのは、オールマン・リバー。現世では、幸福になれないと思うちょっとしたラックを失った人たち。
ガンボというごちゃ混ぜの料理と、その名前を借りた音楽。それぞれ、気候風土に合った音楽をもつ、耳を有する人間。さらに、ブラスバンドでの葬送の曲。帰らぬ人々への追憶。ただ、この結論を迎えなければならない悲劇。カトリーナという名前のハリケーン。2005年8月。無力な人々の願い。今度は、ハッピーエンドが訪れるという期待。
洪水で水浸しになった町を、上空からのカメラで撮った映像で彼は見る。人間が積み重ねた思い出が、流れ去ろうとしている。街の至るところに音楽が染み付いていたはずである。それも、失われようとしている。
だが、彼のこころには陽気で、ときにはブルージーでもある真っ白なハンカチを片手にトランペットを吹く男性の音楽が、眠っている。なにかに揺さぶられると、それは目を覚まし、感動を与え、生きる意欲をもらい、また、こころのある一室に鍵をかけられ、しまわれる。その男性が、もし少年院に入らず、コルネットに出会わず、レコードも残さず、人生について肯定ではなく、批判的な論点の持ち主だったら、生活はもっとぎすぎすし、偽りで固められ、やりきれない気持ちになるだろう。こうして、流れ去ってしまうものもあれば、こころの奥に錨を下ろし、動かないものも存在する。
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