流求と覚醒の街角(55)神秘
「この写真、見て」と奈美が言った。小さな四角のなかで、ある女性が友人の家に遊びに行き、子どもを抱いている。子どもという表現にもまだ満たないのかもしれない。自分で能動的にするのは泣くという行為ぐらいのことしかできない。手が実際にかかり、それでも、愛らしいもの。そこから、言葉を覚え、立つことができ、歩き出す。自転車に乗り、たくさんの疑問を感じる。ある種の答えを得て、さらに理不尽も知る。でも、そのようなことはすべて遠い先だった。この写真のなかでは奈美の腕の中でただ大人しくしている。
「自分もこうだったのかな」
「それは、そうだよ。ひとりで大きくなったような顔をしてるけど」
「生意気にもなって、反抗もしたり」言葉を覚え、それは言い訳や言い逃れにつながる危険もあるものだった。だが、ぼくは奈美がぼくの愛情を受領した瞬間の言葉も覚えていた。やはり、それも言語のもつ正統な楽しさだった。それ自身を習得し、自由自在に活用するのには年数がいった。一朝一夕ではできないもの。ぼくらのほとんどは、このひとつのグループの言葉のみで生活に明け暮れる。体系的に学ぶ意図のあるひとは複数を使いこなし、生まれついて他のものを身につけるのに困難ではないひともいた。奈美が抱いている者には、どれだけの能力が与えられているのか知る由もない。
「可愛いでしょう?」奈美は自分の所有物を褒めるようにして言った。
「そうだね。今後、すくなくとも十何年かは、この子のために頑張ろうとか思うような感じがするね」
「悪いこともできないね、いつも、背中を見られているみたいで」そう言いながら奈美は写真をしまった。
ぼくらは役割を変える。会社員は、課長というものやマネージャーという呼称を手に入れるかもしれない。奈美は、妻や母になる可能性もあった。ぼくにも夫や父という肩書きが加わるかもしれない。赤ちゃんが永遠に赤ちゃんでいられないのと同じく。乳児になり子どもとなり、少年になる。兄や姉にもなり得るのだろう。そうなると、奈美の両親も相対的に役柄が変わる。ぼくは奈美のしまった写真にすら影響を受けた。
「その女の子さ・・・」ぼくは、さっきの写真に話を戻す。
「ごめん、この子、男の子なんだけど」
「ほんとに?」
「わたしが嘘をついてもメリットないでしょう?」
ぼくは話したかったことを忘れた。もう話を戻すことを望んではいなかったが、名前を訊いて、男の子であることを確認した。名前に使う文字や音や響きを年代ごとにかえても、いまだに男の子に使う文字があり、女の子らしい名前の響きがあった。その範疇を越えると、不確かな不幸が待っているような気もした。もし、仮にぼくが子どもの名前を付けるとしたら、どういう音や響きを求めるのだろう。ひとつの名前は確実にひとりの存在を浮かばせることもあった。ぼくは、こころのなかでそのひとつを呼ぶ。その名前をつけていいのは、用いていいのは最終的にはその女性だけだった。著名な女優が絶対的にその個性を思い出させてしまうように。
「ぼくの名前や漢字をどこかで見たり聞いたりしたら、ドキッとする?」
「それはするよ。もらった名刺にその名前でもあれば、なんだか、好意的に思うよ」
ぼくは、この日本語というものが使えることを、この場面で喜んでいた。その同等の歓喜の気持ちを奈美にも感じて欲しかったが、ぼくの舌はそう軽やかにならなかった。赤子と同じく、泣き喚くしか伝達方法がないのかもしれない。そして、大人は決してそんなことはしないのだ。
「その子も、十七にでもなれば恋をして、二十三のときにも恋をして、三十一才に最後の恋愛対象を見つけるのかもしれない」ぼくがそう言うと、
「随分と、気が多い子なのね」と、奈美は反論がはじまるような口調で言った。「足りないの?」
「足りるよ」
「変な答え」奈美は座を立った。ぼくはその背中に向かって、生まれてきてくれてありがとうと言った。あまりにも小さな声なので到達しない。ただ、「え?」とだけ言った。
ぼくはもう奈美の居ない世界など信用しなくなっていた。そして、前の女性が奪われてしまったことを歴史の一ページにしようと決めていた。それは容易なことではなかった。鉛筆と消しゴムで訂正できれば良いのになと相変わらず考えつづけてもいたのだ。でも、一度、子どもの名前が決まれば訂正はきかない。あだ名が名前以上になることもある。でも、そのあだ名も、名前の一部やその子の特徴の一部が拡大解釈されて成立するのだ。奈美という単純な呼び名には変更が必要なかった。そして、ぼくは、今後この二文字を永久に忘れることもできないのだ。さっきの写真の子の名前は忘れるかもしれない。いつか、また女の子という分類に入れ込むかもしれない。そうすると、ぼくの判断などこの世界には、微量な調味料の一振りほど変化を加えないのだという事実に気付く。でも、ぼくが奈美の背中に奈美と呼びかければ、世界は変化をする。いや、それも大げさだ。ひとりの女性が振り向く。そして、その存在をぼくは偉大なモニュメントのように感じてもいる。間違っていようが、いまいが。
「この写真、見て」と奈美が言った。小さな四角のなかで、ある女性が友人の家に遊びに行き、子どもを抱いている。子どもという表現にもまだ満たないのかもしれない。自分で能動的にするのは泣くという行為ぐらいのことしかできない。手が実際にかかり、それでも、愛らしいもの。そこから、言葉を覚え、立つことができ、歩き出す。自転車に乗り、たくさんの疑問を感じる。ある種の答えを得て、さらに理不尽も知る。でも、そのようなことはすべて遠い先だった。この写真のなかでは奈美の腕の中でただ大人しくしている。
「自分もこうだったのかな」
「それは、そうだよ。ひとりで大きくなったような顔をしてるけど」
「生意気にもなって、反抗もしたり」言葉を覚え、それは言い訳や言い逃れにつながる危険もあるものだった。だが、ぼくは奈美がぼくの愛情を受領した瞬間の言葉も覚えていた。やはり、それも言語のもつ正統な楽しさだった。それ自身を習得し、自由自在に活用するのには年数がいった。一朝一夕ではできないもの。ぼくらのほとんどは、このひとつのグループの言葉のみで生活に明け暮れる。体系的に学ぶ意図のあるひとは複数を使いこなし、生まれついて他のものを身につけるのに困難ではないひともいた。奈美が抱いている者には、どれだけの能力が与えられているのか知る由もない。
「可愛いでしょう?」奈美は自分の所有物を褒めるようにして言った。
「そうだね。今後、すくなくとも十何年かは、この子のために頑張ろうとか思うような感じがするね」
「悪いこともできないね、いつも、背中を見られているみたいで」そう言いながら奈美は写真をしまった。
ぼくらは役割を変える。会社員は、課長というものやマネージャーという呼称を手に入れるかもしれない。奈美は、妻や母になる可能性もあった。ぼくにも夫や父という肩書きが加わるかもしれない。赤ちゃんが永遠に赤ちゃんでいられないのと同じく。乳児になり子どもとなり、少年になる。兄や姉にもなり得るのだろう。そうなると、奈美の両親も相対的に役柄が変わる。ぼくは奈美のしまった写真にすら影響を受けた。
「その女の子さ・・・」ぼくは、さっきの写真に話を戻す。
「ごめん、この子、男の子なんだけど」
「ほんとに?」
「わたしが嘘をついてもメリットないでしょう?」
ぼくは話したかったことを忘れた。もう話を戻すことを望んではいなかったが、名前を訊いて、男の子であることを確認した。名前に使う文字や音や響きを年代ごとにかえても、いまだに男の子に使う文字があり、女の子らしい名前の響きがあった。その範疇を越えると、不確かな不幸が待っているような気もした。もし、仮にぼくが子どもの名前を付けるとしたら、どういう音や響きを求めるのだろう。ひとつの名前は確実にひとりの存在を浮かばせることもあった。ぼくは、こころのなかでそのひとつを呼ぶ。その名前をつけていいのは、用いていいのは最終的にはその女性だけだった。著名な女優が絶対的にその個性を思い出させてしまうように。
「ぼくの名前や漢字をどこかで見たり聞いたりしたら、ドキッとする?」
「それはするよ。もらった名刺にその名前でもあれば、なんだか、好意的に思うよ」
ぼくは、この日本語というものが使えることを、この場面で喜んでいた。その同等の歓喜の気持ちを奈美にも感じて欲しかったが、ぼくの舌はそう軽やかにならなかった。赤子と同じく、泣き喚くしか伝達方法がないのかもしれない。そして、大人は決してそんなことはしないのだ。
「その子も、十七にでもなれば恋をして、二十三のときにも恋をして、三十一才に最後の恋愛対象を見つけるのかもしれない」ぼくがそう言うと、
「随分と、気が多い子なのね」と、奈美は反論がはじまるような口調で言った。「足りないの?」
「足りるよ」
「変な答え」奈美は座を立った。ぼくはその背中に向かって、生まれてきてくれてありがとうと言った。あまりにも小さな声なので到達しない。ただ、「え?」とだけ言った。
ぼくはもう奈美の居ない世界など信用しなくなっていた。そして、前の女性が奪われてしまったことを歴史の一ページにしようと決めていた。それは容易なことではなかった。鉛筆と消しゴムで訂正できれば良いのになと相変わらず考えつづけてもいたのだ。でも、一度、子どもの名前が決まれば訂正はきかない。あだ名が名前以上になることもある。でも、そのあだ名も、名前の一部やその子の特徴の一部が拡大解釈されて成立するのだ。奈美という単純な呼び名には変更が必要なかった。そして、ぼくは、今後この二文字を永久に忘れることもできないのだ。さっきの写真の子の名前は忘れるかもしれない。いつか、また女の子という分類に入れ込むかもしれない。そうすると、ぼくの判断などこの世界には、微量な調味料の一振りほど変化を加えないのだという事実に気付く。でも、ぼくが奈美の背中に奈美と呼びかければ、世界は変化をする。いや、それも大げさだ。ひとりの女性が振り向く。そして、その存在をぼくは偉大なモニュメントのように感じてもいる。間違っていようが、いまいが。