爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
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11年目の縦軸 38歳-44

2014年08月06日 | 11年目の縦軸
38歳-44

 すべての恋に破れた自分は押し潰されそうな気持ちを抱きながら、地下鉄の駅を降り、地上への階段を一歩一歩上がり、さわやかな風を浴びた。

 ぼくの目の前の片隅、斜め前あたりにとくに注視しなくても、ホームレスの男性がいることが分かった。ぼくは視線を移動させる。戻る家はなくても家財道具は必要になる。車輪のついたカゴにそれらを放り込んでいる。秩序も他人からは分からないように。ぼくもひとりでいることに変わりないながら、生まれたときの状態ではない。さまざまなものを記憶として荷物のようにため込んでいた。捨てる機会も作らないままに、秩序もなく、無雑作に。記憶のなかの映像は、日に日に粒子が粗くなる。それらが突っ込まれたぼくの架空のショッピング・カート内の品物も、レジで正当な代金と交換せずに通過してしまって、品物を満載させたままだ。対女性だけでも、これほどの分量になってしまった。見逃されないで、このこころの万引きを誰かが咎めないかと願っている。そうすれば、ぼくは詫びながらも手放せる機会を代償として、かつ見返りとして手に入れられるのだ。

 大きな寺社の門がある。ぼくは境内に入り、一息ついた。その名も「門」という小説があったことを思いだしている。成長した主人公は、過去の行動から世間と隔絶するようになっている。それでも、社会生活があるのだから完全には、という訳にもいかない。気持ちの問題としてというのが正しい。

 若いころ、女性に誘惑されながらも、無意識にはねつけて、そのしなかった行動をなじられた場面があった。三部作の最初のなかのエピソードだ。ぼくは希美の代わりにした女性を思い出している。これは三人の女性だけの物語にするはずだった。ぼくは、あそこで拒むこともできたし、抵抗すればよかったのだ。こう書くと、ぼくは受け身であるようだが、やはり、ぼくは能動的だったのだ。文字になった時点でぼくの行動は正当化されることを期待し、望むようになる。三人の証言で、ひとりの被告の弁論はすべて否定され、覆すことも可能なのだろう。関わりたくないという一点だけで参考の証人は出廷しない。そして、ぼくは勝手なことが書けるし、ここで書いてきた。

 彼女の名前を思い出そうとする。名前以外のものも頭の奥から引っ張り出そうとする。彼女はいったいぼくのどこに消えてしまったのだろう。彼女との数時間だけで、これに似たものが書けただろうか。答えを待つまでもなく、不可能であることは当人がいちばん知っていた。ショッピング・カートには前に使ったひとの捨てられたのか必要なくなったレシートもそのまま底に入っていたのだ。悪いと思うが、あの女性はそのようなものだった。誰かが彼女の人生の対価を支払ったのだ。ぼくはその名残の紙切れのようなものを見るに過ぎない。

 あの三人は配送料をかけてでも届けてもらうような大きなものだった。冷蔵庫と洗濯機とエアコンのような部屋の中心となるものたち。なぜ、ぼくはそれを家にもってきてもらわなければならないのだろう。今更、受取り拒否もできない。あれらを使って生活してしまったのだ。声高にはいわないがぼくの一部以上だった。いや、すべてに近いのかもしれない。

 最初のひとから二十年以上経過し、次からも十年、絵美からも数年が経っている。彼女らは文章として再度、命が吹き込まれるとは思っていなかっただろう。ぼくのこの愚劣な文で再創造された自分たちになじめないかもしれない。ぼくはある面では美化して、もう片方では無駄を削った。ぼくにとって無駄な時間も秒も姿も決してなかったくせに。この三人が美化なら、ぼく自身はどう表現すればふさわしいのだろう。醜さの縁取りを消し、レンズで淡くして、かつ照明をたっぷりと当てた自分。うそだか本物だかあいまいにしてしまった自己の姿。

 太陽が照っている。今日を晴れにするか雨にするのか、ぼくの意志など考慮しない空を見上げる。ぼんやりとこうなってほしいと考えるも、どうするかの最終決定は当然、ぼくに委ねられていない。さらに素敵なこととして考慮以上に空は美しかった。ぼくの人生も大差はないのだ。晴れにしたかったのか、雨で満足だったのか。傘は適度な回数を開くために作られたのだから。

 ある時刻が近付いている証拠として寺の鐘が打たれる準備を僧侶がしている。ひとつの音を数回叩く。ぼくはその音を予想して、自分の口から似た音階を出す。大きなずれはないだろう。周りのひとも鐘の音を待っている。腕時計も、電話の正確な時刻も手元にあるのに。

 締めくくり方。唐突に。

 ゆっくりと境内でひとりで勝利をかみしめる。三つの音の途中で。四つ目はいらない。

 ゆっくりと悲しみのぬか味噌をかき回す。

 いや、やはり、ゆっくりと傷だらけの勝利をかみしめるのだ。これも、格好良過ぎる。

 こうするか。服に取れてしまったボタンを縫い付ける。糸を切って針と短くなった糸を裁縫箱にもどす。そして、新品に生まれかわったかのようなシャツの袖に腕を通す。なかの男性も新品にもどって、あの寒い日のデートの日に向かうような気持ちになれるといいと考える。朝の九時。彼女が待っているあの駅へと。


(終わり。マエストロ、舞台を去る。肩越しに拍手の強要。遠慮してスタンディング・オベーションには至らず。アンケートを回収しております。ご協力をというアナウンス)

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11年目の縦軸 27歳-44

2014年08月05日 | 11年目の縦軸
27歳-44

「どう、お前のタイプだろう?」と友人はすれ違う際に狭い通路で訊いたが、返事の前に自分の席にもどってしまった。

 ぼくは洗面所で手を洗いながら、ひとり言をつぶやく。「帯には短くて、タスキには長いと」

 ぼくはその響きを自分の耳で聞きたかっただけなのだろう。本来の意味合いはあやふやなままだった。おそらく、用途や使いみちとして足りないことを伝えたいのだ。用途? 使いみち? そんなものを女性に当てはめる必要があるのか?

 当然、ぼくは帯もタスキも身に着けたことはない。しかし、形容としてそれぐらいぴったりとする言葉を見つけられなかった。話していても楽しいし、優しそうでもある。美人の部類にいれてもまったく問題ない。リコールのない美人。きっかけはこうして作られている。ぼくは水道の蛇口をしめる。その言葉も妥当ではない。見馴れない方法で水は止まるのだ。誰が通常の使い慣れたものに変更を加えてしまうのだろう。

 ぼくは席にもどる。第一にされることは、美人の顔が笑っても加点しかないという事実を教えられる表情を向けられる。ぼくも、少しぎくしゃくとしながらも同じような表情を浮かべる。敵意はない。その小さなやりとりなど無視して、友人は洗面所の蛇口について考察を述べている。彼は服がその所為で濡れてしまったと伝え、シャツをめくる。鍛えられた腹筋を見せるための一環で、その後は女性たちがその腹を撫でたり、軽く叩く様子に変わった。

「子どものころ、空手習ってたんですけど、いいですか?」と、ぼくのタイプと評される女性が思いがけなく口にした。それから、右手の拳を左の手の平でつつんだ。

「よくないよ」と彼は言って、狭い席を縦横無尽に逃げ回った。みんなが笑う。ぼくは希美のことを忘れている。

 最後に電話番号の交換につながる。ぼくの自由な行動は誰に責められることもない。だが、誰かに追及され責められたいという願望をぬぐえなかった。その権利を有しているのは希美であったのにな、と甘い追憶の入り口の前にまたいた。

「どうだった、タイプだろう?」彼の口から何度も聞いた言葉がもう一回だけ追加される。「空手少女だったのか」
「悪くないね」
「悪くない? こんな完璧なセッティングをした友に向かって、出るのはそれだけか」

 彼はずっとぼくに対して不満と愚痴を言いつづけている。手加減もない。だが、友人の関係の長さがそのすべてを帳消しにする。

 ぼくらは別れる。ぼくはひとりになって今日の出来事を再現してみる。帯にもタスキにも、という表現が足りないという状態を仮定しての意味であることだったが、まったくその反対で余剰なもの、過ぎたるものだと思おうとした。元気で、健康で、静かだと思っていたが、スポーツにも秀でていた。ぼくは彼女を選ぶのだろうか。あるいは彼女はぼくに最初の合格点を出す気でいるのだろうか。

 ぼくが動いても無視をきめこんでも、途中経過を友人は教えてくれるだろう。どちらにしろ、応援したりなじったりするのが彼の役目でもあり存在意義なのだ。

 電車に乗る。窮屈な姿勢のまま上の吊り広告を見る。新しくはじまったドラマの賛否が太字で書かれていた。ヒーローは永遠にヒーローであり、ヒロインは不老の薬を手に入れなければならない。毎日、愉快な日々の住人であることを強いられる。出会いも失意も効果的な音楽が背景を奏でてくれる。ぼくは酔った乗客同士のケンカを耳にする。身体がぶつかったかどうかが議論の中心だ。この狭い車内でひとに触れないことなど不可能だった。この狭い東京でぼくらが出会わない方が選択としてはむずかしかった。しかし、行動範囲もかわれば不図会わなくなることも多い。いや、それしかない。彼女たちはどこかにいるのだろう。希美は歯をみがいて寝る準備をしているころだろうか。ぼくの家に歯ブラシもあった。あれがあそこにあっても彼女は大丈夫なのだろうか、とぼくの酔った脳は前後も未来も過去もごった煮にして考えてしまう。

 ぼくは歯磨き粉のチューブがなくなりかけていることをそこで思い出す。空手少女の握力ならば、もう一回分だけひねり出すことは容易だろうかとも考える。その為にぼくは交際を申し込もうと誓う。ぼくのこのチューブから一回分だけ押し出してください、と。

 ぼくは乗客に背中を押されるようにしてホームに立った。みんな誰かを押し出すのだ。強引に車内にも、あの居心地の良かった場所にも、夏休みの最後の週にも、リゾート地のさわやかなビーチにものこりつづけることはできない。不満もないが、日常はきびしく、貴く、温かいのだ。空手少女のいる日常だって、それはそれで温かいのだろう。殴られるような失態さえしなければ。

 ぼくは改札をぬける。深夜のコンビニエンスストアで歯磨き粉を買う。

「袋に入れます?」
「え?」

 店員は品物とぼくのカバンを交互に指差した。髪の色をなんと形容したらよいのだろうとぼくの頭は語彙の沼をかき回す。これが今日聞く、おそらく最後の言葉なのだった。希美の声はどういうものだっただろう。新婚の希美の声はどういう音色だっただろうとぼくは想像する。
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11年目の縦軸 16歳-44

2014年08月04日 | 11年目の縦軸
16歳-44

 ぼくは自分の経験を手放そうと必死になって書き、そのために辛さを再燃させて手繰り寄せ、結果として、別の形の悲しさを自分のなかに引き寄せてあらためて刻んだ。ある種のものは手放しながらも、釣り合いの取れた別の悲しみと交換した。残高のつじつまは終いには合い、結局は出納をしただけで、利息も損失もなくいっしょのようでもあった。元の木阿弥という表現をぼくは一度も使ったことがないながらも、いま鮮明に思い出していた。もしくは、過去の傷の陰干しをしているようだった。漁師が護岸で破れた網をつくろうようにして。

 だが、しなければいけない工程なのだったのだろう。おいしいフォンドボーを作る過程のように。

 では、ぼくはそのソースの元でいったい何を作らなければならないのだろう。仕上がるのは、どのようなスープだろう。分からない。完全なるレシピなどぼくの手元にはない。

 ぼくはぐるぐると中味をかき回し、煮詰まっていく様子を見ていた。素材の固さはもうとっくにない。原型など二十年前に小さく切り刻んでいたのだ。具材は無造作に放り込まれ、その結果、いまのぼくができる。違うバージョンのぼくなど想像することもできない。とくに何があっても、この自分にしかならなかったのだろう。そうではなければ歴史家も困ることもないが、ぼく自身が困る。困るという意味合いとも別で、納得がいかないという方が妥当だろう。では、どこを納得するのか。きもちのどこを自分で納めるのか。何も分からない。

 回す作業も終わりだ。味見をして最終の判断をする。皿に盛られ、客前に運ばれる。はじめての料理。失敗すれば、二度と作られない味つけ。

 ひとは、現実の世界で再現できない料理をずっと作りつづけている。やみくもに。材料も調理器具も一流品だけを選べる訳でもない。親か、その近辺のひとが用意したもので賄うしかない。ぼくは決してキャビアではない。豆腐かゴボウぐらいのものだ。これで作れるものなど限られている。ならば、良くやったと宣言しても過大評価にはならないだろう。素材がもつ実力程度には、発揮できたのだ。その味を喜んでくれた数人がいたのだ。

 はじめの彼女。

 ぼくは地区センターのようなところで、見知らぬ子どもが描いた母の絵を目にする。描いた方も、肖像になった女性もぼくは知らない。その上、当人がここにいてもぼくは発見できないはずだ。子どもの画力などこの程度しか備わっていない。それをとがめるほどぼくは冷酷にもできていない。実際、ぼくはその絵を見て感心している。

 ぼくの、はじめの彼女も、もうそのぐらいの姿になってしまっている。正確なものから遠くなってしまったが、感動自体をすべて奪う力はなくなっていない。ぼくが描いたとしても、当人には似ていなく、当人も自分だと気付かないはずだ。ぼくは、この四十四回というものを通して、絵ではないが力の限りにやろうとしたのだ。取り組んだのだが、正確な、ありのままの彼女ではない。ぼくの目という歪みを生じたガラス越しの肖像だった。ありのままの彼女など、もうどこにもいないのだ。アンナ・カレーニナやボヴァリー夫人が紙面にしかいないのと同じく。

 だが、書く理由が根絶されたわけでもない。モナリザはほほえむためにこの世に生まれて、真珠の耳飾りの少女も生を受けなければならなかったのだ。動きは制限されながらも、本物より輝きを有した姿があった。

 それほど、ぼくは技術に長けていない。生まれ落ちた日に、技能も観察する能力のプレゼントの箱ももらっていない。手ぶらで生み落された。二冊の本の主人公の生き生きした振る舞いや、二枚の絵画の女性たちより劣ったものしかのこせなくても、それは仕方がないことなのだ。実力不足を嘆くことすら傲慢だった。

 だが、出会って、そこから関係が発生したことが、なにより重要なのだった。ぼくが会った大勢のなかで三人は確実に大きな存在だった。そして、ぼくのこころや思いは正確な大きさとは呼べないかもしれないが、伝わって相手のそのこころのどこかに移動した事実も宝だった。

 子どものおもちゃで似たような形から選んで、同じ大きさの穴に木の模型を組み込むものがある。ぼくは奇跡的にその遊びを本物の人生ですることができた。むりやり強引に押し込めたわけでもなく、うまい具合に模型は見つけられた。その喜びを忘れて、文字で埋め尽くすという簡単で、かつややこしい方法をとり手放そうとしたが、そんなことは本質的に無理だったのだ。しかしながら、ほこりにまみれても台帳にはきちんとインクの文字が記されている。帳簿には、無駄なことに思えても後々のことを考え随時、記すということが立派な日々の務めなのだ。

 これらを鍋に放り込んでいる。できた味付けの可否に拘泥する。モナリザにもならないし、フェルメールの青を基調としたターバンの魅力ある少女にもならなかった。だが、ぼくにとってはそれでいい。ぼくだけが、彼女の果てしない魅力の賛美者であり、目撃者なのだ。ただ時間だけが過ぎる。実際の目はいずれ、かすれるかもしれない。視力も弱くなる。だが、ぼくの本来の目はあの少女の生命力と輝きを一心に見つめることができる。また、そう信じないとぼく自身が崩壊してしまうのだ。
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11年目の縦軸 38歳-43

2014年08月03日 | 11年目の縦軸
38歳-43

 もし仮に、マーケットの精肉売り場の主任が、毎日、折り目のきちんとついた卸し立てのエプロンをしていたらどうだろう。閉店間際になっても。清潔なひとだという印象は与えるが、このひとが肉の良し悪しに精通しているとは思えない。事務作業としての長所はいったん無視して。ぼくらは、ある種の風貌をもとに数々の判断をくだしているのだ。

 では、恋の物語を書くにふさわしい容貌とは? そんなものはない。ただ文字だけで表現すればいいだけだ。

 彼らは、その後、幸せに暮らした。その結論が書けたら、どんなに良かっただろう。ありふれており、陳腐でありながらもどんなに簡単だっただろう。ぼくは終わりにする方法が分からない。設計図もなく、ただ何となく壁の落書きのようにスペースがなくなることを望んでいた。

 携帯電話に番号がのこっている。アドレスもある。この数字やアルファベットが彼女に通じる記号だった。もう意味をなさない。油断してかけてしまう心配もあった。ダイエット中なのに、甘いものの誘惑に負けるように。

 ぼくはその番号などを消す。さようなら、数年間の喜怒哀楽。

 反対にこころにスイッチもない。停電もない。再起動もない。継続とゆるやかな忘却に身を任せるしかない。だが、ゆるやかというおぼろげなものにすべてを任せきるほど悠長ですむものでもない。ぼくは閉店後に汚れた床を掃除するように水を撒き、デッキブラシで強くこすった。床にはこびりついた汚れがあった。ぼくのこころのなかにも、しがみついて容易に離れない記憶の数々がのこっていた。

 絵美が生まれた日もある。ぼくらが出会った日。それは明確ではない。ぼくらは仕事の関係で何度か電話で用件をやりとりして、あるコンサートでその声の持ち主を知った。ぼくはその日の音楽を思い出そうとするが、題名は出てこない。クラシックの曲名をそれぞれ言えるほど、ぼくは愛好家でもない。しかし、その軽やかな響きと経験はこころにきちんとのこっていた。

 ぼくは良い瞬間ばかりを思い出していた。悪いこと、辛いことは人間の生命の存在や維持に対して、不必要なグループなのだ。だが、それらを忘れてしまったら、ぼくのこの長々した物語の根底の砂利のようなものも、すべてさらって土手で干上がってしまうだろう。それも不愉快だ。ぼくの思い出は良い面だけで構成されていない。どら焼きの皮とあんこの両方で命名に値するものとなるのだ。

 中身には、絵美との良い記憶たちが眠っている。

 彼女が選んだ別の男性。ぼくは憎しみももてない。ほんとうのところは、あるのだろうが表面だって主張してこない。ぼくの嫉妬は引っ込み思案になった。それを全面に出して戦うことは危険な賭けなのだ。これも臆病を土台にする生存の一環の形なのだろう。

 結局、恋なんていう感情にぼくは精通しない。これが最後の機会でもあったように思える。九回の裏でサヨナラ負け。ぼくに見合っている。延長も、再試合もない。汚れたユニフォームはすがすがしい勝負をした姿だ。負けチームがいなければ、そもそも試合も成り立たない。

 すると無駄な分け方だが、三人の女性は三回ずつを受け持ったと仮定する。序盤戦。中盤戦。結末。ぼくは一打席目で特大の場外ホームランを打たれる。ヒットもこわくなり敬遠に近いボールでごまかす。その恐怖を克服して中盤は意のままに運べそうだったが、また盗塁の連続で試合も根気もかき乱される。ようやっと、同点に持ち直したが、また最後には逆転。だが、そこそこ試合は楽しめた。オッズもなく、観客もいないがぼくの試合としては充分ありがたいものだった。

 アンコールを拒絶する歌手などいない。それを含んでのショーなのだ。しかし、ぼくはショーの舞台に立っているわけでもない。照明係はさっさと役目を終え、主電源も切ってしまった。あとは深夜の勤務の警備のひとがアリ一匹通さないように監視の目を働かせている。ぼくの誰かを愛したい気持ちも終わりだ。さようなら、紆余曲折の歴史。

 ぼくも自分の荷物を抱え、門をでる。ビルにいた最後の人間らしい。警備の係りは小さな窓から顔を出して、にこやかにほほえむ。彼の時間はこれからなのだ。後ろのテーブルには使い込まれたポットがあり、おいしそうなにおいが横のカップから湯気とともに立ち上がっていた。

 ぼくは静かな夜の街を歩く。コンサートの残響のようなものを耳にする。それは蜃気楼にも似たものだ。ぼく自身も自分の思い出の確保をむずかしく感じていた。あれは確かにぼくのものでありながら、一部かあるいはもっと増えていくのかもしれないが、少しずつぼくの手からこぼれていく。ぼくの恋する機能は終了した。これから、なにに注意を働かせるのだろう。成人病。三大疾病。高血圧。

 これは恋の物語だった。ぼくの人生をかけた登山のようなものだった。雪崩に遭い、もう終わりだ。もう少しまともな自分の人生もどこかにあり、もう少し賢く美人なひともいたかもしれない。ひとに責任を押し付けるのは甘美である。いつでも、爽快であった。彼女たちが優れていて、ぼくは例えようもなく恵まれていたことは、自分がいちばん知っていた。それを証明したいと思って書いたが、もう文を目で追うなどという行為は、明らかに終わった形態なのだ。ゲームで誰かを打ちまくった方が爽快な気分になる。ぼくも彼女たちを敵とみなして、そうしたゲームでも作ることにしよう。
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11年目の縦軸 27歳-43

2014年08月02日 | 11年目の縦軸
27歳-43

 希美が結婚する事実と招待を案内するはがきが友人たちに送られてきた。ぼくには来ない。

 ぼくには祝うという役割も与えられない。数年間、いっしょに楽しんだ間柄が、逆にぼくらを遠い場所に置く。これが別れの本質で、磨きこまれた正体なのだ。

 あるひとを頭のなかから完全に抹消することなどできるのだろうか。答えが出ている質問をわざわざぼくは自分にもちだす。その提示に対する回答を誰も要求しないが、否定したい気持ちもどこかにあった。

 未来のどこかの地点に自分を置く。そこから今日をのぞくようにする。この悲しみは、ぼくの体験ではないようにも思えるが、当事者であり、進行した姿というのが、悲しみを帳消しにするほど、幸福も含まれているのだ。そのことを忘れてはならない。さらに、忘れるなども起こり得ない。

 過去のどこかに自分を置く。ぼくは希美の存在など知らず、自分がもう一度、恋をすることも、またその気持ちが報われることも当然のこと知らなかった。ならば、幸福以外の何物でもなかった。

 現在にいる。常に、ぼくは現在にしかいない。

 身体はひとつで、喜びも疲れも、この今を通して味わっている。口にした栄養は未来を形作るのだろうが、ある意味では、この瞬間においしさを追い求めた結果でもあった。ぼくは常にいまにいる。

 希美のいまとの接点が絶たれる。その状態が不幸の原因となるのだ。

 では、不幸とは?

 不幸を回避するのは今後も、誰かを好きになる要素と機会を絶滅させることなのか。こころの中心に原子爆弾のようなものを落として命中させることなのか。ぼくは破壊を許すのだろうか。

 希美はケーキを切るのかもしれない。衆人の看視のもとで。たくさんのフラッシュを浴びて。

 ぼくはふたりによって自分のこころを鋭い刃で切られているところをイメージする。横たわるのはぼくの身体。縫うこともなく、血は流されるのだ。正当な量を。ふたりで費やした日々の分を。

 ぼくは、だが立ち上がるのだろう。過去にもそうした。長い月日がかかったが、今回はもっと短くなる算段だ。大人はこうしてずるくなる。逃げ道を確保してものごとにあたる。ある意味、正面衝突を避ける。

 ぼくはうまく立ち回ろうとしている。友人がぼくの落ち込みの度合いをはかる様子をする。遊ぶために誘う頻度が多いように思う。出会いを、さりげなくもない形で提供する。希美を越えるひとはいない。だが、ぼくはどの尺度を利用しているのか、自分でもその物差しが分からないままでいた。容姿なのか。彼女の思考なのか。物事の取り組みの方法なのか。話題の組み立て方なのか。彼女の本質はどこにあり、ぼくはそのどこに関心をもっていたのだろう。

 離れてもその愛着は、粘着の力をのこしている。マジックテープのように剥がすのには力もいり、音もでる。直ぐに忘れるということは、それだけ力もなかったことになる。彼女が離婚しても良いわけもない。だが、ぼくは二十年後の彼女を愛すことができたのだろうか。ぼくのあの十代の少女は希美が忘れさせてくれたのではないのだろうか。

 いや、別々の部屋にいる。あるいはふたりは別の階にいる。ぼくはエレベーターに乗り、それぞれの階に自由に往き来がいまでもできる。おそらくこれからもするだろう。ぼくの裁量と一存で決めてもよい事柄たちだ。本人はもういない。ぼくはその過去の亡霊を無心になつかしむことになるのだろう。

 なつかしいという言葉も現状では、ぴったりとはしない。もっと赤裸々なこころを暴かれるような対面になるのだ。後悔と嫉妬とやり切れないあきらめをともなった、混在させた固まりのようなものがうごめいている。

 ぼくは自分を美化している。その数人を思い出すのには忙し過ぎ、別の女性たちを頭のなかにも、目の前にしても受け入れる隙間もつくっている。ぼくはホテルなのだ。まだ別の階も、別の部屋も予約客を待っている状態だった。

 招待された友人が夜中に電話をかけてきた。相手のにぎやかな印象と、ぼくのひっそりとした部屋の雰囲気が対照的に感じられた。別々の世界にぼくらはすすんでいるのだ、という如実な証拠となった。静謐と呼ぶべきぼくの世界。華やかな船出とそれを見守る友人たち。船は出航する。希美と彼女が選んだ相手が船上から手を振る。港には友人たちがいて歓声をあげる。では、ぼくはどこにいるのか。どこにいるのが相応しいのだろうか。

 ぼくは空港にいると考える。別の世界。交わることなどない国へと。片道で。

 友人は電話を切る。来週の会う予定がせわしなく決まる。「誘った子なんだけど、多分、お前のタイプだと思うよ」というここ最近の定番のフレーズを最後にして。ぼくは電気を消してベッドにもぐりこむ。横に希美がいたこともあった。最近は彼女しかいなかった。もうその機会は二度とないだろう。ぼくはそれとは別にもう一度したいことを考えようとしたが、頭に浮かぶものは何もなかった。ただ、あのラーメンをもう一度だけ食べてもいいかなと、どうでもよいことで頭の回路をショートさせようと企んでいたが、眠りの入口まで、そのひとつの予想だけで埋め尽くすには弱く、希美に通じる導線は太くて頑丈で、引き千切ることもできないほど強固だった。

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11年目の縦軸 16歳-43

2014年08月01日 | 11年目の縦軸
16歳-43

 忘れることを望んで、実際にそれが叶うと忘れようと努力していた事実すらも過去のことになってしまっていた。だが、もうぼくの年齢は二十二だか、三になっていた。右も左も分からないということを肯定的に崇めたかったが、失意ということだけは確実に、寸分違わぬサイズで知っていた。基本構造は無色で無害なトンネルになるべき期間を、楽しさでカラフルに彩色して、快活に、笑いながら暮らすこともできただろうが、こころの奥では小さな雨漏りがあった。闇という表現とも違うし、漆黒という言葉では意味合いがダーク過ぎた。そして、薄い濃度だったが害も含まれていた。

 だが、そうしなかった。笑いは持続しないし、そうできるとも思っていなかった。時間だけがゆっくりと、のろのろと、のんびりと過ぎていった。ゆっくりだと思っていたが実際は早くもあった。ぼくは二十代の入口さえも忘れてしまっていた。

 普通のひとはこの辺りで大学を出て、社会の一員として登場するのだろう。自分は夢見るということもできず、登場という華々しさも手放していた。だが、恨みもない。自分にはこの環境という衣服がぴったりと合っていた。

 落ちなかったシミを何度も洗濯した結果、衣類はヨレヨレに、ボロボロになった。ぼくはその大切な服をやっと処分する勇気を得た。いや、むりやりぼくの何かが引き剥がそうとしたのだろう。ぼくはまた裸である。新しい服を見つけなければならない。

 この代償として、ぼくは批判的になり、虚無的な仮面を身に着けさせられた。世の中には順調など一切なく、すべて終わるのだという結論に通じる。その思いは継続的な努力や訓練を省いた。一瞬だけを大事にして、同様に刹那的になる。だが、一瞬の連続が未来だと考えれば、どちらにしろ同じことになった。

 ぼくは誰かを好きになるという若者の特権を軽んじ、そのエネルギーは本や映画に向かった。山ほどの本を読み、無数の映画を堪能した。賢さや知識をアピールする存在はなく、ただ自分が満足するかどうかが大問題になった。いっしょに共通体験を通じて育む関係もなく、ただ自分のこころに記憶と快楽がストックされるだけになった。

 ぼくは何になりたかったのだろう。金儲けを念頭に置くことはなかった。裕福というのは幸福と連動させることをぼくの脳は困難に感じる。唯一の幸福の感覚は、あの彼女と過ごしたごく短い期間のことだった。あのときにぼくは裕福でもないのだから、幸福とお金を結びつけることは無意味になった。

 何になるという考え自体も甘いものだ。みな日々の仕事に忙殺され、生活費を稼ぎ、車を買って海にサーフィンに行ったり、ナンパをしていた。バイクで違う場所を走ることも爽快さをもたらすのだろうが、ぼくには不向きだった。ぼくはひとりになれる状況を欲していた。本に顔をうずめ、暗闇で映画を観ていた。予算はかなり少なくて済む。金がたまればジャズのCDやレコードで簡単に散在した。

 本を書きたいと思う。にせものではない本物の書物を目指そうと思う。親の威光や、誰かのコネなどがまったく介在しない世界に足を踏み入れたいと思う。ぼくは遠回りをする。近道など知らない。近道は逃げと同義語だった。ぼくは彼女を忘れるために近道で誰かを見つけたりはしなかった。だから、できるのだ。

 しかし、芽が出ない。種も種子も見つけられない。ぼくは世間に足を踏み出す。すべてを忘れて、普通に金を稼ぎ、趣味で得た興味を参考に、収集するチームに加わろうと思う。

 これがぼくになった。自分の周囲に薄い壁を張り巡らせ、そこの住人になった。ライブでいっしょにはしゃいでくれる可愛い彼女というものもいないが、ぼくの聴きたい音楽を楽しんでくれるひともそもそもいなかった。オーネット・コールマンに誰が夢中になれるだろう。

 恋の物語など書く資格など本当はないのかもしれない。実行者は、書く時間があるぐらいなら、もっと別のことに集中して時間を割いているのだろう。そして、数人の子どもの父になり、ワゴンやワンボックスのような車に乗り換える。

 恋の絶頂も物語になりづらかった。遊園地できょうも楽しんだ。ドライブで軽井沢に行く。ぼくが考える物語はもっと熾烈であり、別物だった。克服と喪失と再生を目指す生々しい作業の履歴なのだ。

 ぼくはすべてを忘れる。空調の効いた乾いた部屋で古いジャズを聴く。酒の味を覚える。自慢できることを他人に、恋する相手にも披露する機会がない。いつか、その日が来るのかもしれない。そのときまで、このひとりの時間を楽しもうと決意する。

 白い紙に文字を埋め尽くすこともやめた。世の中は一部の資産家のうちで廻っているに過ぎないのだ。みな、そこから利益がこぼれないように頑張り合う排他的な世界なのだ。バド・パウエルもレスター・ヤングもその世界にはいない。だから、ぼくの住む場所でもない。ぼくは誰からも探されないようにしよう。存在を暴かれないようにしよう。認められないことを中心にして生きよう。淋しくないとも言い切れないが、これこそがぼくなのだ。しかし、このぼくに若さも戻らないが、老いも訪れないと考えるぐらいに、愚かで無知でもあった。

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11年目の縦軸 38歳-42

2014年07月31日 | 11年目の縦軸
38歳-42

 支流だと思っていたものの、上流からの水が干上がり、放出する側も滞れば、もう流れとは呼べなくなった。堰き止められたものはゴミを貯め、透明度を失う。だが、ひとりの女性がいなくなっただけで、ぼくの世界がすべて消えると考えるほどには、夢中にはなっていなかった。手元にのこる趣味がある。カメラがあり、買い集めたCDやレコードのすべてが津波で流れ去ってしまったわけでもない。堰き止められたなかに大切なものも少なくない程度にあった。

 それらとは長い期間を通して親しくなっていた。手のひらや息という実際の温度で直になぐさめてくれるわけでもないが、ひとりの夜に無視するほど冷酷な媒体でもない。あるレベルまでにはときめきをもたらさないが、友人との酒を酌み交わす日々もあった。学ぶという作業もいまだにのこっており、また反対に学びえない事実というのも経験と結果をこうして提示され、有無を言わせず教え込まれた。

 ぼくはひとりの女性と永続させる関係を築けない欠陥品なのだ。それは、十六才のあの経験が刻んでしまった遺産だった。戻ってやり直しが利かない以上、抵抗も恨みも起こらない。若気の至りで自分の身に色を彫ってしまっても、その状態が長引けば、これが自分だと認めるしか方法も解決もなかった。

 誰も悪くない。ついでにおまけのように上手くまぶせて誤魔化してしまえば、ぼくも悪くない。みなどれも若くて青い時期に判断をくだした積み重ねであり、失敗したとしてもぼくの判断でそうなったために、慎ましい責任も生じた。親や教師のアドバイスもない代わりに、自分のこころが先頭を突っ走っての判断であるので、悪いことでも身軽な責めであると認められた。うまく説明できたとも思えないが、だから、ぼくも悪くない。ぼくの買い集めたレコードも悪い趣味ではないのだから。

 ある面では自分の子孫へバトンをつなぐのが人類たる個々の運命だとも呼べた。そう考えればぼくはレールからもコースからも外れた。六十億人以上がいれば、不具合がある人間がいても、ある程度は、計算のうちの誤差や妥当という大まかな意味合いで済ませることは可能であろう。

 ぼくは悪くない。

 十七才のある夜に人生を終わらすことだってできたのだ。ぼくは悪くない。

 希美と沖縄に旅行に行き、それをハワイの新婚旅行という思い出として重ねることもできたのだ。ぼくは悪くない。

 もっと音楽の趣味も悪く、つまらない曲に感動することも起こり得たのだ。ぼくは悪くない。一冊の本も読まない人生だって、ぼくの学力では当然かもしれなかったのだ。ぼくは悪くない。

 サリンを精製して、地下鉄にばら撒くことに喜びを感じる人生も、まったくなかった訳でもないのだ。ぼくは悪くない。幼児に必要以上の愛着をわかす趣味も植え付けられたかもしれなく、嗜好が芽生えることも皆無ではないのだ。ぼくは悪くない。

 だが、総じてぼくは悪かった。悪いということを認めるのが、これからの花を咲かす機会ともなるのだ。

 ぼくは悪い。

 あの少女に再会したときに、もう二度と離さないと口にしなかった自分は、誰よりも冷たく、愛が足りないという意味で悪かった。悪夢を彼女につくった。

 希美を成田で送った夜に彼女の友だちと過ごした夜も悪かった。世界は報いを与えたがり、罰の行使も容認という風には簡単にすすまなかった。どこかで痒い背中には誰かの手が伸びるのだ。神も悪魔もいなくても、どこかで水平と均衡というバランスを保つ物差しが世界を支配しようとしていた。ぼくは、いろいろなものから逃げおおせたつもりだった。

 ぼくは悪かった。買い集めたレコードと同じ列に絵美を置く自分は最悪だった。卑劣であり、人間の記録を書く権利も義務も有するはずもなかった。ひとりとなって淋しい未来を冷たく固い布団で迎えるのが当然だった。

 ぼくは悪くもなく、良くもない。いつもながら中庸だった。犯罪者にもならず、正義の使者でもない。絶えず寄付を念頭におくこともなければ、収賄や賄賂も知らない。失敗でなにごとかを学び、完全には失敗を生かし切れないということでも普通だった。その普通たる、圧倒的な美も絶大なる権力もない自分を少なくとも三人は一時的にせよ愛してくれた。全力で、愛してくれた。ぼくは勝利者である。

 ぼくはあるいは敗者である。

 その全力を闘牛の猛進でもあるかのように身体をひるがえした自分は、勝利をおさめたように見せかける敗者である。衣装を汚さないという面だけが華やかであると勘違いして。

 彼女らは鮮血を流した。

 ぼくは愛した女性たちを牛と同列に置く、悪人である。この文章が見事であるかどうかだけを大事にしている極悪人である。彼女らの涙にハンカチを差し出すことより、てにをは、だけを気にしている身勝手な自己中心的な悪人である。

 ぼくはひとりになった。親も子も血の遺伝も介在させないただひとりの人間である。

 数滴の液体を彼女らに居座らせようとしながら、結局は失敗した失笑されるべき恥にも無頓着になれる、貴重な潜在的な悪人である。これらをひっくるめて後天的な芸術家を目指したが、これもどうやら終わりになりそうだった。やっと肩の荷が降りる。
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11年目の縦軸 27歳-42

2014年07月30日 | 11年目の縦軸
27歳-42

 希美は帰省している間に、幼なじみと再会したようだ。もともと同じ風景を基礎とする相手を無意識に彼女は探していた。さらに外国での生活がより自分の周囲を、いわゆる原体験のようなもので覆いたかったのかもしれない。そうなると、ぼくは部外者として当然のこと、はじき出される。

 ぼくは淋しさが押し寄せてくるのに無防備でありながら、同時に重荷が降りたという解放感もあった。ぼくを思いの底辺のどこかで信頼していなかったのかもしれない。ならば、ぼくを心底から信頼してくれるひとを見つける必要があった。早急に。いないかもしれないが性急に道を変えないと、ぼくはだらだらと、間違った道であり、行き止まりが確実な道から抜け出せなくなってしまう。

 ぼくは自分に選択権があったようなずるい言い回しをしている。加害者であるような素振りだが、完全に受け入れられない恋のさらに受け身の立場だったのだ。ぼくは本気だったのに。

 ぼくは合併の直前で、破談になった会社のニュースを目にする。計画は棚上げされた。お互いの強みを結び合わせることによって収益も上がり、将来性も加速される。だが、どこかの小さな一点でも疑いがあれば、歯車は狂う。一致させるのは困難になるのだ。もとはお互いが異なった個性があり、特有の歴史もある変遷も別々の会社なのだ。利益のみを主体に行動することもむずかしくさせるときもあるのだろう。

 これは、ぼくと希美の話でもあった。

 好意だけではスタートを切るだけの勇気を得られなくなった年代の話なのだ。点検と事前チェックを怠ることを許さない性分は、もちろん、失敗を前提に結婚などできない。

 ぼくは無駄になってしまった期間のことを追慕する。ぼくは外国で働く希美を熱心に待っていた。あのときにぼくに告白してくれた女性もいた。彼女も素敵だった。ぼくは当然のこと断らなければならない。別の選択はなかった。今更、あの告白がいまだに有効であるのか確認する術もない。彼女の悲しみを癒すのは、もうぼくの役目ではない。憎まれているのか、とっくに忘れられているのかも分からない。ぼくはあの前に別れていることもできたのだろう。だが、しなかった。したくもなかった。

 ぼくは、共通の友人からふたりの写真を偶然に見せてもらう。特別、ハンサムでもないし、リッチそうでもない。ぼくも客観的にならなくても、同じグループだった。すると、ふたりに大きな差はない。しかし、幼少期の風景が一致するという土台は、かなり大きな要素でもあるのだろう。同じ過去を有している。それより、未来を同じ方向に向いている、という方がより大事だと思うが、ぼくらのその視野はカーテンでふさがれた。

 友人たちはぼくに気をつかう。ぼくの気持ちは隠さなくても知れ渡っていた。また、隠す必要もなかった。ふたりのした小さな約束はいつまで有効なのだろう。どちらも忘れられない類いのことも数種類あるはずだ。だが、関係が終わればどちらも踏みにじってよいのだ。非難するひとも、訂正を求めるひとも、行使をつめ寄るひともいない。ゼロ。

 希美の幸せをのぞみながら、ぼくのそれとは一致せずに、関わりもなくなってしまった事実にぼくは単純に驚いていた。それをすり合わすという行為をぼくらはずっとつづけていたはずなのだ。それが、まったくの無関係になった。その開いてしまった幅がぼくの胸の痛みと等しかった。

 スポーツでチームで戦ったこともあるが、基本的にぼくはひとりで訓練して、ひとりで負けから這い上がろうとした。その基準は失恋でも恋の終わりでも同じだった。ぼくは、自分を隔離して、束の間だが友人たちとも疎遠になった。その身分はどこかで安らかだった。気をつかうこともなく、やはり、いくらかの解放感があった。解放感を永遠に味わうことなど誰もできはしない。責任や役目を負ってこそ社会の一員として成り立つのだ。だが、ぼくは仕事が終われば腑抜けになった。翌朝に目を覚ますまで、そのことを責める資格あるひとはいなかった。

 写真のなかのぼくの後釜は、順番など一切無視して、とても幸せそうだった。希美にはそういう貴重な価値があるのだ。その宝石のようなものを認識しているのは彼だけではなかった。手に入れられなかったぼくもその気分だけは同じでいる。

 ぼくはひとりで残業していた。この状況は、常に捗るということを約束された時間だったのに、きょうはまったくぼくの側にいてくれなかった。少し先で消防車のサイレンの音がする。どこかで鎮火しなければならない場所があるのだろう。音は段々と大きくなり、その場所が近いことをあらためて教えてくれる。

 ぼくは窓のそばまで行き、出火や煙の所在を確認しようとした。突進する車上からの信号を無視する放送まで聞こえてきた。たどり着くべきところは、このぼくの胸の奥なのだと思おうとした。ぼくのこころを鎮火させるのだ。無駄になってしまった愛の灰をどこかで蒔かなければならない。その灰は何かの栄養になる。ぼくの栄養では決してない。ぼくの腐敗。ぼくの澱み。ぼくの堆積。どう呼び替えても、美しくはならなかった。いつか、それでも美しいものと変化する確率はある。彼女がぼくを選ばない理由を見つけるぐらいと同等の確率なのだろう。出火は止んで。
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11年目の縦軸 16歳-42

2014年07月29日 | 11年目の縦軸
16歳-42

 会うこともなくなり、うわさも聞かなくなる時期になる。

 最後のうわさは結婚したというようなものだった。それから、早い年齢で子どもの母親になる。うわさすら、ぼくはもう手に入れることができない。

 未練を下敷きにしたような本もたくさんある。反対に人間の再生を謳う本も負けずとある。ぼくは、いつかこのことを書かなければいけないと勝手に宿題にしている。何度も焦るが、結論を急ぎ過ぎて失敗に陥ってしまう。克服も、ぱさぱさに乾いた未練もぼくにはなかった。どこかで見たものを滑稽にマネしただけのものになった。後世にのこすに値しない及第点に満たないもの。また、後世の読者としてイメージできるのは、さらに年齢を増した自分自身の忠実な姿のみだった。

 いま、こうして、書いている。もうあの日々を詳細に書き写すことを先延ばしにする限界が来ていた。そして、きちんと整理が済んだうえでの解決も、完全なるピリオドを打てる決着もないことを知っている。丁寧にプレゼントを用意したが、移動のうちに揺られた結果、包装紙とリボンが少しぐらいずれても、渡された相手は文句を言わないだろう。でも、誰が受け取るのだろう。これを、首を長くして待ち望んでいるのだろう。ぼくですらどこかにこの箱を置き忘れる可能性だってあるのに。

 ぼくは自分の気持ちが、あの日々に、あれほどまでに高揚したことを確かめる手立てもない。中味はすっかり入れ替わってしまっている。充電式の電池のように中は別のところで補充したエネルギーなのだ。この目盛りはあの当時から変化をしたが、同じレベルを保っているのに、高揚感だけが他人の素振りをした。

 ぼくはあの恋と、別れた後に費やしたエネルギーではどちらが分量として多いのか比較しようとしている。結果は問う前から分かっている。あの亡霊を払い除けるのにぼくは我が生命のかなりの部分を消耗したのだ。努力の甲斐なく、完全には亡霊は消えなかった。その亡霊と折衷して、ときには壁を通過して出現することまで許したのだった。

 実物は、どこかで幸福になっているのだろう。娘か息子がいる。ぼくの耳にできるうわさも中断した。これ以上、物語を進行しても彼女はもう関係者ですらなく、登場する資格さえ失うのだ。そこから派生したぼくの副次的なつまらない物語として終始することになってしまう。さらに読み手は減少する。ぼく自身も、もう執着も未練もないぼくの人生だけが長々とつづられる。

 そろそろ終わりに近付く。現実はとっくのむかしに終止符を打っている。蘇生させるように何度も胸にショックを与える器具で衝撃を加えた。これも役に立たなくなる。絶命。

 ぼくは病院のベッドで横たわる自分を、横に置いた背もたれもない固い椅子にすわり、見守っている。この死んだ青年に再度、命を吹き込む女性があらわれるかもしれない。生きることを謳歌し、賛美するのをためらわせる余地などもたない女性が。そのときまで、ゆっくりと目をつぶっていてもらう。記憶を抜くこともできず、ひとつのキーであっさりと消去することも不可能だ。段々としぼませるしか方法はない。風船は小さな元の形状になる。あのなかの密度は霧散する。

 ぼくは悲しみという元手を利用して賢くなろうとしていた。横たわる自分の耳元で本を読んであげる。数百冊の本から自分の歩むべき未来の回答を探してあげようとした。ヒントもあれば、その正体の近似値あたりをさまよえる幸運もあった。だが、どれも永続はしない。一時的な睡眠薬と同じで、結局、悲しみは目を覚ました。

 着替えをさせ、食事を与える。おしゃれという観点もなく、自分の身を覆うのは白いTシャツと古びたジーンズで充分になった。女性を笑わせるとか、楽しませるという目先の利益に通じることもぼくにはできなくなってしまう。誰にしたらいいのだ?

 ぼくはひとがスタートを切る年代にゴールの切なさを味わってしまった。表彰も喝采も王冠も祝杯もない、ひとりぼっちのゴールを。だが、終わっていると思っていることも、実際には終わっていない。スパイクの汚れを取ったり、ロッカーを片付けたりするのも試合の一部であるのだ。勝てば、インタビューがある。負けチームは無視されるという覚悟を得なければならない。ぼくは勝ったつもりで感想をあらかじめ組み立てていた。それを披露する機会など決してないのだ。

 だが、これは語られなかったヒーロー・インタビューで、ぼくの不屈の格闘でもある。だいぶ、時間が過ぎてしまった。冷凍して、解凍させて、また凍らせてという鮮度をなくすことを何遍も繰り返した。しかし、新鮮さを完全に奪うことだけを願ってもきたのだ。博物館の薄暗い照明のもとで、ほこりをかぶらせることを念頭に置いてきたのだ。ある意味、成功して、その成功自体に不満をいだく。ぼくのあの日々だけが、ぼくの栄光でもあり、高揚した時間だったのだ。保管も保存も要しない、まっさらな熱々の記憶として保つのを求める時間だった。

 横たわる彼に告げる。あとどれぐらいの時間がかかるか。その先にあるものは。君は幸福になるのか。不幸のどん底に突き落としたのは? 答えはない。麻酔はまだ効いている。その麻酔は強烈で、副作用を起こす。
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11年目の縦軸 38歳-41

2014年07月27日 | 11年目の縦軸
38歳-41

 子どものころ友人と山道で水たまりのような、ほんのささやかな小川のような場所で遊んでいた。流れといっても葉っぱ一枚を運ぶのがやっとのような水流だった。ぼくらは小石でわざわざ流れを堰き止め、支流を指と爪を利用して新たに掘った。努力とも呼べないものだが、働きは実って簡単に支流が本流となった。このことが絵美にも起こった。自分が本流だと思っているのも最初から間違いで、本流と本流をつなぐためのわずかなダムのようなところが自分だったのかもしれない。

 ぼくは悲しまなければいけない。後悔と嫉妬に苦しまなければならない。そう本能は答えと役割を導き出そうとするが、結局はそんな気分にならなかった。いつか、ひとりになることは知っていた。確保が必須な必要以上の預金をあえて散在してしまうように、身の丈に合った残金だけがぼくの手元にのこった。

 その手元では、ひとりであることを望んでいた。ぼくに永続する関係はふさわしくなく、さまざまな無言の理由がこの状態の採点を居心地良く、かつ甘くした。

 自分はひとりを愛するのかが唯一の問題であり、ある女性は何人かから口説かれたうえでチョイスするのが、愛の形だった。そもそもの形態が違う。焼き魚ではなく、アボカドの気分にもなるのだろう。すだちではなくドレッシングを要するのだろう。ぼくは、もてないタイプの男性の代表者のような気分になっている。

 世界の終わりに直面した気にもならずに、普段通りに仕事に出かける。彼女とは近くの定食屋で昼を食べたりする仲でもあった。まだ電話で仕事の進捗を相談することもした。そのうちに彼女のグループ内で異動があったのか、その範疇からも消えた。普通の声音を出すことをとくに苦にも感じなかった。ぼくを選ばなかったことに立腹することもなかった。ぼくは、もっと前にそうするタイミングを別の女性で逸していた。だから、今更また同じことがあったとしても決断を後悔したり、鈍いこころを恨んだりすることができなくても大事にすべきでもなかったのだ。

 いくつかのものを整理する。歯ブラシだったり、化粧品の小さな瓶を捨てる。このような行為はもう最後かもしれないとぼんやりと考える。宣言ではない。ただの与えられた事実だ。

 ぼくのものも彼女の部屋で同じような憂き目にあうのだろう。一時、合流して、結局は別々の道筋になる。世の中はだいたいのものがそうなのだ。一時、スポーツでその国の代表になる。ずっとはいられない。そこに定位置など決められたものはないのだ。誰もが一時的な住まいとしている。そこで力を、そのときに発揮するだけでいい。発揮しなくても、永続した罪にはならない。みな、忘れる。

 だが、ぼくは、この女性の全体とか、この部分とか、いくつかの角度で自然と照らし合わせ、「絵美に似ているな」と感じている。尺度や物差しが、絵美を見つめる目になってしまっているのだろう。将来の相撲取りの候補者をスカウトする親方が、体格の良い男の子を見逃すこともないように。基準とはそういうものなのだ。

 ぼくに備わっていた恨むとか嫉妬したい感情はどこに捨てられたのだろう。もっとむかしは、漠然とした空想にすら確実に嫉妬できたというのに。つかむということができなくなってしまったからか。手放すとか、猶予を与えるという状況が本筋であり、正常である。

 ぼくは仕事を終え、改札を抜けた。ホームまでエスカレーターで下る途中、定期が明日で終わることをそのときに知った。どこで買おうか悩む。途中下車して食事でもして、その帰りについでに更新してしまおうと考えた。すべてはついでにできることなのだ。ぼくは吊革につかまり、胸のなかでそう言った。

 思いがけなく人混みだった。そのなかにも絵美に似ている背中があった。おおよその身長と肩のシルエット。髪の長さと色。横には男性がいた。もしかしたら本物かもしれない。だが、ぼくは確認する地点までたどりつけなかった。わざわざ、本人だったと認識できたところで、なにも変わらないのだ。そして、重要なこととして、もう変わってほしくないとも思っていた。

 だが、酒を飲みはじめると、その自分の確固たる意志も揺らぐことになった。一定しないということも常に正しいのだ。状態も変動する。ぼくの気持ちも変動する。絵美の選択も変わる。地球ですら思いの外、動くのだ。岩盤だろうと、プレートだろうと、どう呼び名を変えても動くときは動くのだ。ぼくだけが、一定である必要もない。くよくよしても、はじまらないが無理強いして終わらすことも、またなかった。

 ぼくは定期を買う。ひと月だけ生き延びる。そのひと月後に誰かを好きになることは可能だろうか。これは、意志ではない。衝動と覚悟なのだ。いや、ぼくに選択肢はない。カメレオンがその舌を伸ばすことと同様の本能の一環の作用なのだ。ぼくはひとりでにやける。その様子を後ろで静かに並んでいた女性が見とがめ、怪訝な顔をする。このひとかもしれない。しかし、あまりにも絵美に似ていなかった。希美にも、あの十代のときの少女にも似ていなかった。その事実だけで減点であり、正直にいえば失格に値した。
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11年目の縦軸 27歳-41

2014年07月26日 | 11年目の縦軸
27歳-41

 希美はふたたび東京にいる。

 最初の日、ぼくは仕事で会わなかった。次の日に久しぶりに会う。ぼくはその瞬間を、やはり貴重なものとして覚えている。これから、また新たなページをめくる日々。ふたりには希望もあり、恥じらいのようなものもあった。その恥じらいには相手への理解というエッセンスがなくなってしまったためともとれた。ぼくらの過去は一回、間違って清算されてしまったかのように。

 待ち望んでいたものなのに、それを手にしてみると、小さな違和感があった。期待外れと宣言するほど、目に見えて大きなものではない。ぼくの空想力は会わない間に別の形に変化を遂げていた。希美の美点があまりにも膨らみ過ぎ、本人の実体とわずかだがかけ離れてしまった。長年、使用に耐えるはずだった精密機器がほんの狂いを生じさせるとがっかりという印象しかのこさないようにぼくは自分にか、あるいは希美になのか分からないまま澱みのようなものを見つけていた。

 だが、ここからスタートだと思えば、小さな違和感より、大きなこれまでの幸福感の方が主張が強いのも事実だった。清算前の思い出がレシートにもきちんと記載されていた。その項目のひとつひとつの気持ちが部屋を占有していた。だが、彼女にはご褒美として長い休みが与えられ、彼女は新しい東京での住まいも決めないまま実家に帰って、そこで時間を過ごすことにしたのだ。ぼくらはまた離れている。暮らしは距離を挟めば、問題が生まれるというのを知らないままのふたりではなかったのに。

 それでも仕事と隔絶した生活をつづけられるわけもなく、細々とした決定を彼女はその期間にすることになった。すべてが重大事でもないが、小さな決定は見栄えが小さいだけで、意外と大きなものであるということをぼくらはその後、知るようになる。

 希美は会社が用意した住まいに移ることに決めた。費用は軽くて済んだ。その場所はぼくの家から遠かった。別の方法もあるのかもしれないが、ぼくには相談もなかった。彼女はぼくが聞いていなかっただけだと言ったが、それほど重要なことであれば、念入りに説明することが必要であることも疑うこともない事実だった。

 ぼくは浮気だとも思っていないぐらいなささいな関係を不意に友人の口がもらすことになった。ぼくはそれすらも忘れていた。ぼくは待つだけのマシンでもなかった。会社と自分の家を往復するだけで満足するほど若くもなかった。友人は楽しそうにそのエピソードを披露する。ぼくの相手は誰かに言い、その誰かが彼に話したのだろう。彼の妻は、その状態に不満をもち、文句をいうこともできたはずなのに、ぼくのことだけ笑っていた。夫にも同じような罪への疑惑があるのだろうが、なぜか、ぼくだけが不本意な立場に置かれた。

 希美はこの隔たった期間をこのようなことが明らかになるならば、正しかったのだという位置におさめた。離れていた期間に行われたことは、彼女の決定をする材料として与えられた。ぼくは、ふたりが離れることなど、よくないことだったのだという材料だと思って機能させようとした。同じものを両側から見れば、角度なのか、光の照射なのか別物になるという基本中の基本を体験として教えてくれた。

 ぼくらはそれでも夜をともにした。泊まりで彼女はぼくの家にいた。ぼくが仕事の間に、家事をしてくれて家の中は片付いた。食器棚も整理され、グラスが背の順に並べ替えられている。スプーンやフォークは頭の向きが揃っていた。ぼくは無頓着な人間だとも思っていないが、こうして客観的に家のなかを覗けば、雑にできていることも否定できなかった。

 数日で彼女は帰る。希美の手でたたまれていた洋服も、また着て洗濯され、もとの状態にもどった。不在という形をこのような周囲のものまで熱心に伝えてくれた。

 ぼくは今後、彼女のいない生活というものを意図もしていなかったのに頭の片隅に入れてしまっている。侵入という表現が近い。手慣れた泥棒のように痕跡ものこさずに、家のなかのあるべきものを空にして、別のものが充填されていた。

 彼女がいない期間もあれはあれで幸福だったのだと認定する。いっしょにいてケンカをするのは、居ないことで不満をぶつけあうほど楽しいものではなかった。いないということで問題を棚上げできたが、いればぼくらのどちらかに問題があることは必然的に明らかになった。

 ぼくはひとりになって映画を観ている。この暗闇は逃げ場となり、雨と風をおそれる原始の人間の洞窟とも呼べた。他人の生活に起こる幸運も悲恋も、ぼくに生身の傷を加えることはなかった。別れなければならないのか? それは薄い生地をさらに引き剥がすことのように思えた。薄い層のひとつひとつに感情と思い出が染み渡っていた。期間が長引けば、その分、痛みも加算されることを知る。ぼくの十六才は意識して引き剥がすという行為は未体験で終えられたのだ。どちらの痛みがより痛切なのか、意味もなく比較しようとした。いや、終わらせてはならない。ぼくらは気が合い、未来を話し合った仲なのだ。ぼくのこの大切な日々を知っており、分け合ったのは希美だけなのだ。あの服のたたみ方を愛し、家のなかでの仕草も好きだった。ぼくは映画とはまったく別のことを考えている自分を発見する。だが、これも含めて映画の鑑賞法のような気にもなっていた。
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11年目の縦軸 16歳-41

2014年07月25日 | 11年目の縦軸
16歳-41

 ひとつのイメージ。

 ノースリーブの彼女。黄色い服。

 コマーシャルに与えられるのはたったの十五秒というわずかなもので、集中力が途切れたための無関心さや、他にもさまざまな制限と制約のなかで挑まなければならない勝負だ。映像や音楽などのあらゆるものを駆使して印象をのこさなければならない。彼女がもし、きらびやかな製品ならば、ぼくにきちんと植え付けられた。その短い時間で。同じ秒数で。夏の夜の喫茶店のドアを開け、店内に入ってきた瞬間で決まった。潜在された意識に訴えかけ、ぼくは購買をすすめられる。内なる衝動から。不本意に違いないが、わずかな間で手放してしまったとしても、その魅力が減る訳でもない。ぼくはそのためにローンを払っている。いつ、支払が終わるという最終の期限も、当人のことなのに分かっていない。

 ぼくの悲しみはローンと等しいのだ。定額をずっと納めている。債務があり、本当はどこに払っているのかも分かっていなかった。だが、元をただせば、あのわずかな時間に決定権があった。

 ぼくは分析している。自分のこころを粉々にして、選り分けている。それは二十数年後だからできることであり、当時は理解していない。ただ、積もりに積もっている借金を払うのに必死になっているようだった。これを返さないことには未来を、新しい未来を構築できないのだ。

 減っているのか増えているのかも考えられない日々。ぼくのこころをあのように奪ってくれる機会と次の相手を切に望んでいた。だが、同じことは繰り返されるのだ。ヤドカリが住まいである貝を微妙に変えていくだけなのだ。総体としては、結局はヤドカリのままだった。そして、別の債務がかさむ。

 コマーシャルはそれでも流れつづける。たくさんの魅力あるもので世の中は満ちている。目に飛び込むものはコマーシャルだけに限定されていない。町角のショーウインドウの中に。雑誌にまぎれた広告のなかにも。

 しかし、ぼくはあのローンすら支払っていることを正当だと思っていた。魅力もあり、ぼくの越えるべき問題点でもあり、いつか、このこと自体が昇華され、何事かに結実されるのだ。

 これも二十数年後だから冷静に分析できているのであって、あのときは、正直にしんどかった。美しいものがショーケースにまだあることを知っている。それを再度、手にする権利はぼくにはないのだ。同時に簡単に抜け出すこともぼくは辞めなかった。執拗さにとらえられ、結局は辞めなかった。

 ほんの数秒の残像がぼくの宝物になる。誰も奪えない。ぼくのこころの奥の隔離された部屋に居場所がある。これを手つかずの状態のまま、いつまで、きれいに維持できるのであろうか。ぼくは矛盾をはらみながら永続してほしいと思っている。いつまでも。年老いても。別の誰かを仮に、不本意に好きになってしまっても。普通、これを初恋と、ほとんどのひとは定義するのかもしれない。その可憐な表現とは程遠いぐらいに、ぼくの気持ちは熱いものだった。ひりひりするほどの、火傷の後遺症のような不快感が生じているとしても美化する必要があるのだろうか。

 あの数秒が逆になかったとしたら。

 あの日、彼女は用ででかけていたり、夏休みの旅行で不在であったり、そもそも、来たくなかったりすればぼくの運命も変わっていた。火傷の、この傷もない。だが、あの姿を幻で終わらせるのも、もったいないことだった。コマーシャルは十五秒ながら、普段の生活を切り取ったものより異常に美しく、または、インパクトを与えられる可能性を有しているのだ。ぼくのこころは確実に打撃される。あの数秒はだからぼくの所有物であり、大げさにいえば財産だった。

 ほかに匹敵する瞬間がぼくにはどれほどあるのだろうか。学校のソフトボールの大会でヒットが遠くまで飛んだこと。運動会で数人を追い越したこと。みな、ぼくの淡い物語の一部となった。身を焦がすまでには、どれも至らず、思い出す頻度も少なかった。

 いずれ、ぼくは黄色い服を着た彼女を忘れてしまうようなことがあるのだろうか。別の女性がその地位を簡単に奪ってしまうのだろうか。ヒット曲が生産され、数か月で入れ替わるように。

 だが、ずっと印象にのこるのも、鮮明さを帯びつづけるのも、きっとわずかな曲だけだった。おそらく、彼女も絶えず先頭にいる。ゴールは切らないかもしれないが、スタートは彼女がいたから成り立ったのであり、巻き起こったのだ。スタートはうまくいったが、それは長持ちしなかった。その理由はぼくにあるのかもしれず、やはり、あっけなく終わったからこそ美を生存させる仕組みが魔法のように含まれていったのかもしれない。

 十五秒を思い出すことを何度もすれば、いつか分になり、時間になった。水増しというずるい方法ではない。一コマ一コマの映写をつづける映画のように、ぼくは自分の特等席でその時間を堪能する。胸は焦げなかった。火傷のあとものこっていない。別の誰かは、別の映画になったため、オリジナルのフィルムはそのまま保存されて生き延びた。ぼくの作為も信念もなく、勝手に生き延びた。定義するなら、初恋、という言葉でしかあらわせそうにない。だが、その言葉が伝えるものとは雲泥の差がある。そう解釈したり、わざわざ分けようと思っているのは自分だけかもしれないという気持ちも完全には拭えないでいる。もちろん、拭わなくてもいいのだけど。

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11年目の縦軸 38歳-40

2014年07月24日 | 11年目の縦軸
38歳-40

 渇望というものが自分のなかに見当たらず、一切、なくなってしまった。妥協と調整の複合で体内は占有されており、平均値の産物と化す。

 鮮烈ということに憧れをいだいたこともあったような気がした。センセーショナルと言い換えてもいい。だが、そうした日々はもう来ないし、よくよく考えれば一度もないようだった。それは疲れをともなうだけのもののような気もする。疲れはなるべく避けたかった。すると、変化もない方がいいと判断する。日々も小さな些末な変更すらいやがるようにもなる。極端に考えれば。だから、結婚も同棲も、もう自分にとってふさわしいものではない。大きく変わるのは常に悪なのだ、と思考は求める。悪までいかなくても、好ましくはない。

 だが、ほんとうにそうであろうか。それほど、臆病になってしまったのだろうか。今後もチャレンジを打ち消す作業に忙殺するのか。もうこうなると自分自身ではないようだった。無我夢中もなくなり、小手先で解決する。経験はあらゆることに対処できる。また対処できることしか巡ってこない。こうして若さを失ってしまう。若さははじめてすることの連続だった。そのひとつひとつの山をどうやら切り抜け、成長してきた。成長というのは怠惰の状態を、横たわることを許すための賭けだった。賭け金が戻ってくれば、やはり安泰という体たらくに舞い戻った。

 もう一歩、思考を戻せば、結婚も同棲も過去のあの日々に終えておくべき事柄だった。真冬にひまわりは咲かないし、あじさいはあの雨とともに終わった。ぼくは雪かきの道具を準備するべきなのかもしれない。しかし、それも早過ぎた。準備も雪が降ってからで遅くないのだろう。売り切れてもかまわない。売り切れというのも何度か味わったが、そう悪いものでもなかった。流通するのは余剰か、品切れしか身分として与えられないのだ。ぼくのエネルギーも減少していく。スタンドのような場所で簡単に給油することもむずかしかった。

 渇望がない。欲しくて胸が苦しくなることがない。同時に失ってそれほど困ることもない。ぼくはすべてのものをこの立場に置く。もうぼくに必要なくなったものしか、失われない。だから、なくすものは、その直前から段々とぼくのものではなくなりはじめていたのだ。別のふさわしい居場所を探す。これは恋には当てはまらないかもしれないが、達観した気持ちが入りだすのも大人への証しだった。

 なくす過程に入っていた。手放さないと新しいものもなく、中古店は手放したものも別の誰かには貴重な品であることを痛切に教えてくれる。

 ぼくはレコード屋で長年、欲しかったものを手にした。むかしほど、暇もお金もかけないが、たまに入った店で偶然、目にしてレジに運ぶのは楽しかった。店の外での足取りも軽く、早く流れる音を聞きたかった。この前向きな感情は久しぶりのようであった。だが、これも誰かが手放さないと生じない事柄だった。

 ひとは物ではない。だが、仕事を変えるのは究極的には罪ではなかった。スポーツで違うチームに移るのも悪いことではない。活躍する場は需要と供給でも決まるのだ。恋というものが入り込むと一気に複雑になる。愛は、育んだからこそ貴重なものになったのだ。いくつかの試練を乗り越え、頑丈になったのだ。鉄のチェーンで組み合わさったような強固なものとなる。ぼくはまだ幻想を抱いている。

「レコード?」

 と、あきれたように絵美が言う。ぼくは、古臭いものを収集したいわけではない。この数年間だけでも楽しませてくれるものを求めているのだ。時期がくれば手放すこともあるだろう。飽きもあれば、金銭の必要をまかなうために売ることもある。喪失の悲しみも忘れてしまう。ぼくの耳はその音楽を覚えている。あるいは、音楽を聴いた状況を覚えている。そのため込んだ景色がすなわちぼくだった。

 ぼくは自宅に帰り、いくつかの電源のボタンを押す。レコードを取り出す。ゆっくりと回転する。見た目にも傷はない。針の落ちる音。スピーカーはただの箱であることを辞める。全身に信号を通して空気中に波を送る。

 ぼくは冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。絵美はベッドの端にすわり、電話をいじっていた。そして、ひとりで笑う。ぼくはこの音楽が彼女に伝わっているのか分からなくなる。熱心に聴こうと思わなければ、ただのノイズ。いや、まじめに聞こうとしても望んだものでなければ、こころは動かないのだ。たくさんの音楽。たくさんの感動。たくさんの女性。そのなかのトップ・クラスの三人の女性。それはぼくにとってのという注釈がいる。女性だけではない。すべてのことにとって、ぼくのという注釈が太文字でもなく刻まれているのだ。

 半分が終わる。ぼくは裏側を聴こうと思ったが、絵美が覆いかぶさり、ぼくが裏側になった。もしかしたらこの状態は表かもしれない。スピーカーはまたもとの箱になった。黙っていれば、大きめの役に立たない家具に過ぎない。タンスの用途にもならず、皿も靴もしまえない。だが、自信もありそうだった。これを所有している年月は意外と長かった。この絵美よりも関係が深いものだった。あの前の女性のときもここにいた。おとなしく自分から能動的に自己主張しないが、ぼくが音源を引っ張り出せば、常に忠実に応えてくれた。これこそが、愛すべきもののような気もした。
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11年目の縦軸 27歳-40

2014年07月23日 | 11年目の縦軸
27歳-40

 羨望が恐かった。

 ひとは自分がもっているものより、もっていないものの方の価値に重きを置いた。

 ぼくは友人の家に行き、別の友人の女の子と男の子を交互に自分のひざの上に載せた。彼らの母は離れたところで世間話に興じていた。希美もいずれ母という存在になるのだろうか。そのとき、父親の役目を負うのは、このぼくなのだろうか。彼女は肥満ということではなく、生命を宿すという過程で、腹部の形状を変える。ぼくはその瞬間ごとの変化を目にする幸福にあずかる。ぼくは、目にしていない未来をぼんやりと構築する。子どもたちはテレビ画面を見て驚いたり、一喜一憂したりしている。途中、トイレに行った。ぼくはその間に手料理を頬張った。母は料理を作り、子どもを宿した。希美は外国で自分の会社のために働いている。

 うらやましい、というのはこれぐらいの小さな差のことだった。いや、小さな重みのことだった。

 彼らはトイレから戻り、ふたたびぼくのひざの上に載る。そこが定位置だと発見したかのように。

 ひとりは居眠りをする。ぼくの役目は終わる。座布団を並べたうえに場所が変わる。ぼくは新たな酒を求めて、寝顔に変わった様子を横目で見る。泣いたり、笑ったりして忙しいのが子どもだった。その一日一日を見守るのが親だった。

 友人のひとりが希美のことを訊く。ぼくのもっている、つかんでいる情報は段々と彼らのそれと差異がなくなっていく。このことは何かに似ているな、と考えているが具体的な答えは見つからなかった。恋人と知人の間のようなものに彼女はなっていく。恋人と妻との中間という存在もあり得るようだし、この場にいるひとりも妻になったり母になったりした。ただのスカートを履いた泣きべその少女のはずだったのに。

 同じように先生に叱られて泣いた少年も父になっていた。その当時の男の子にさせるために稼いでご飯を食べさせた。いま、その対象は寝ている。恋もなにもなく、当然、別れも失望も知らない。ただ、ぐっすりと寝ている。酒を飲んで忘れる努力もなく、利益の追求や蹴落とすことも知らない。羨望というのは、この小さな存在にも抱けるのだ。

 ぼくも寝るが、夜中にふと目を覚ませば、希美の不在のことを考えることになった。毎夜ではないが、頻度としては少なくもなかった。

 ぼくは途中まで車で送られる。家の近くで下ろされ、結構、酔っていたはずなのに人恋しくなってある店に寄った。ぼくは座って熱いおしぼりで手を拭く。自分の身体が乳臭いような感じがした。それは普段とまったく違うことなので、わずかなにおいが珍しさを運び込み、大げさに思わせたのだろう。

 ぼくはそのことを目の前のカウンター内の店員に訊いた。彼は否定する。仕事柄、鼻は敏感であるだろうが期待外れに終わった。その代わりに、彼も希美のことを訊いた。雨がやんだけれど傘を忘れないようにと注意するような口調で。

「知ってたら、こっちが教えてほしいぐらいだね」
「連絡しないんですか?」
「たまにはするけど、毎日ってわけにもいかないよ」

「毎日しないと、心配?」
「まさか」
「でも、きれいなひとですよね。うらやましい」

 彼はぼくに羨望する。ぼくより自由も裁量もありそうなのに。女性からも人気がありそうな容貌なのに。ひとは正確に自分の等身大の姿を測ることができない。鏡も、ぴったりと一致させるには、微小な歪みがあった。根本的な問題として、そこは逆さまの世界だった。羨望をはき違えても大問題にはならないだろう。

 ぼくはやっとひとりになって徒歩で帰る。子どもからうつった匂いは別の種類の酒場の匂いに変わっていた。これが、自分らしい匂いだった。深夜のコンビニで飲み物を物色する。喉の渇きが増したためスポーツ飲料を手にする。横で同じように立ち止まって飲み物を探している女性がいた。希美と同じような匂いがした。だが、外見はまったく異なっていた。けばけばしい風貌は会社という枠組みを忘れさせるには充分だった。それで、魅力が減るわけでもない。太陽の下にいない人々。

「もう、いいですか?」彼女は冷蔵庫の扉を開けようとしている。
「あ、ごめん」

 ぼくは一歩ずれる。彼女はアセロラのような派手な色のボトルを手にした。色が薄いということは間違っていると信奉しているかのようだった。

 商店街の時計は動いていることも気にしたことはなかったが、いまは十二時を越えていた。ひざにのぼった子どもの重みを既に忘れそうになっていた。希美はどれほどの重みをぼくに与えてくれたのだろう。いまは精神的なものの方が大きかった。買い物を終えた派手な女性も外に出てきた。ぼくは女性の体重を正確に当てることなど、いまも、今後もできそうになかった。彼女たちはグラムでもないし、数字だけでもない。もっと複雑に長所も短所も入り混じった生き物だった。涙を流しただけで体重が減るわけでもない。ぼくの思考には糖分が必要でもあった。歩きながら大口を開ける。今日、何度したであろうあくびか考えたが、日も変わってしまったので、おそらくはじめてのあくびだった。そう思うと二回目も出た。家のカギをポケットのなかで手探りする。

「手探りで、手繰り寄せる」と、ひとりごとを言う。そのことを責め立てるひともおらず、みな、それぞれの夢の主人公になっている時間帯であった。
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11年目の縦軸 16歳-40

2014年07月21日 | 11年目の縦軸
16歳-40

 希望の存在が鼻についた。いつまでも、どこまでも半永久的に絶望の毛布で覆われていたかった。希望を高らかに歌い上げる夢見るミュージカル・スターの卵が憎らしかった。そうする根拠も恨みもないのに。ぼくの夢は過去のあの日、棺桶のなかに無雑作に放り投げられ、四隅を釘で頑丈に打ちつけられていた。さらに漆喰が何重にも塗られ、開けることも取り出すことも不可能だった。

 だが、若者にとって、希望は常に善なのだ。春は新しく、その勢いに負けないエネルギーを自分自身が発していることに気付きもしないのだ。

 すると夢は他人に依存しているのか? 責任と加担をどこで区分けするのだろう。厳密には分からない。ぼくは分からないものを自分のこころに問いかけている。

 ぼくと彼女は他人になっている。いま、自分自身で言ってしまった。口にしたことには責任が生じる。つい、という軽薄さをともなっていたとしても。

 反対にまったくの絶望もなかった。死のために、あの時代のあの場所で隔離されたユダヤ人のひとりも希望についての書をのこしているのだ。ぼくはそれに感銘を受ける。同じ境遇に置かれることなど絶対に否定したい気持ちをもちながら。

 ぼくの絶望も、ぼくの隔離も、囚人服の着用がないために周りには理解されないでいる。数字のタトゥーも腕やその他の場所に存在しない。自由に近い感覚がある。拘束はひとりの女性が作った。ずっとその拘束内にいることもまた望んでいた。

 だが、Tシャツの襟周りは伸び、ベルトもひび割れたり、穴もダメになったりする。永久というのもどこにもない。天国や地獄という観念は永久なのだろうか。ぼくはこの場をどうにかしなければいけないくせに、どうでもよいことを考えていた。

 挫折、失敗、絶望、焦り。月夜。マイナスに導く言葉を並べ上げる。

 成功、希望、承認、未来、明滅。太陽。普段の若者はこれらの具体的な現象を信じているのではないのだろうか。希望は常に正しい側にいる。失恋というのは、では正しくないのか。不当なことなのか。深い穴に放り込めば済む話なのか。ぼくは、やはり、これも正しい状態だと思っている。そう思わなければ、このぼくの存在は無になった。無でもかまわないが、ぼくには、もう少しやることがありそうだった。

 やること? やるべきこと? 真っ先に浮かぶのは、彼女を取り戻すこと。でも、ぼくはそれに通じる道を知らない。いや、やろうとしていない。急にホームランが打てるわけではない。地道な素振りが必須なのだ。それを怠っている。結果、空振りする。さらに分析してこころの奥をたどれば、空振りする機会さえ与えようともしていないのが事実だった。立ち止まることも不可能で、不得手な若者たち。

 絶望は鼻につかないのか? そんなこともないだろう。否定的な言葉ばかりを口に出せば疎んじられる。どんな行為も報酬を、プラスともマイナスとも変更させる融通性のあるものを報いとして得る必要がある。ぼくはそれを事前に、自身に害が及ばないように防御する。ぼくは滑稽さの鎧と仮面を手にしているのだ。誰をもこころの奥に入らせないため、冗談をカーテンの役目にする。ある種の皮肉屋になり、何事も真正面から受け止めなくなった。斜めや裏側から世界を見れば、ぼくを傷つけるほど力が有りそうなものは何一つなかったのだ。めでたし。

 こういう状態でぼくは友人たちと遊んでいる。新しい恋人をすすめるような類いは皆無だった。みな、どれほどの真剣さで相手を求めているのかがぼくにはもう分からなかった。周囲は欲求だけで、成り立っているようだったし、若者には、欲求もある程度は善の側にいた。修道院にいる女性を愛そうとしている訳でもなかった。

 ぼくは隔離されている。不本意ながら、見えない修道院のようなものに住まいを変えている。出入りを許されたのはある種の本や映画だった。ぼくはページを開く。自分がどれほどの紙をめくり、どれだけの数の印刷された文字を読んだかを夢想する。そして、ぼくはいまこうして加害者の側に立つことになった。欲求の亜流を希求したわけでもなかったのに。

 本は善だった。失敗も失恋もその世界では充分に存在意義があり、許されていた。成功体験と努力(自慢に陥る傾向が常にある)の有意義性はあるときまでビジネス書だけに留まっていたが、そのうちに、本屋の陳列台の中心にまで居場所を広げることになった。物語は、もっとやぶれかぶれでいいのだ。血と汗と涙がまぎれても、滲んでもいいのだ。

 絶望を肯定する。失敗に衣装を着せる。耐えられる程度の失敗のストックは、ぼくのこの日には財産に化けてしまっている。やはり、損害ばかりではないのだ。失敗の土壌ですら高貴な希望の芽が含まれているのだ。

 そう思っても物事を斜にとらえることは完全にぼくの一部になってしまった。賢さを皮肉のフィルターを通さないことにはレンズも有効にならなかった。そこにも希望がある。絶望はとなりの畑の養分にでもなるため流れ出てしまった。絶望からも唄がうまれる。ブルースもいつか、希望の歌に聞こえ出す。泣いたカラスも笑う。壁のなかに閉じ込めた抑圧者の権力も崩れる。だが、傷も傷でそれなりに機能する。
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