ケンのブログ

日々の雑感や日記

あれこれと思うこと

2018年04月28日 | 日記
本格的に春になって夏も近づいている。
気づくと僕がすんでいるs町のガード下には
つばめが巣を作っている。
下に糞が落ちていたので上を見ると
つばめの巣があった。
ほぼ毎年僕がすんでいる町のガードしたには
つばめが巣を作る。
今年も作ったんだなと思う。
同じガードしたでも阪急電鉄の駅の近くに巣を作ったときには
糞の箱も手慣れた感じで作ってある。
それ以外の場所ではあまり手慣れない感じでつくってあるような気がする。
きっとこういうのにも慣れがあるのだろうと思う。
何年か前生協の軒先につばめが巣を作ったことがあって
その時は糞が下に落ちないようにつばめの巣の下に
傘が仕掛けてあった。
人間にとっては糞が下に落ちなくてきれいだろうけど
つばめにとっては糞が巣のすぐしたで匂うことになり
不衛生だろうと思った。
ちょっと記憶が遠くなっているけれど
あのときの巣は巣立ちまでいかなかったような気がする。
途中でつばめがどこかへいってしまったような記憶がある。
ちょっと不確かな記憶だけれど。
隣の町の市民交流センターで催されたアマチュアの方の絵画展に行った。
受付の方が「名前だけでも書いてください」と言われた。
市民交流センターで書いた住所が悪用されるとは思ってないし
会社に勤めていた頃名簿屋から名簿を買いDMを送る部署にいたので
別に住所を書くことは気にならない。
住所と名前を書いた。
受付の名簿を見ると住所を書いていても
番地は書かない人がほとんどだ。
まあ、そういう時代なのかなと思う。
ネットを見ていると検索した事柄に関連のあるような
ニュースが次々と出てくるのできっと検索エンジンの
会社には僕が何を検索したかはわかっているのだろうけれど
そういう状況で個人情報が漏れるのと
特定の誰かに知られるという形で個人情報が漏れるのでは
私たちの受け止め方は違うのかも知れない。
いずれにしても悪用されたら怖いことにはかわりないのだけれど。
できるだけ個人情報がらみの被害に遭わないように気を付けたいとは思う。
こういうのも慣れが必要なのだと思う。
絵画展の受付の方が僕の住所を見て
「S町にもいろいろいいところがありますね。
ここの絵画サークルにもS町の方が何人かいらして
今日、出展されている方もいます。oさんはS町の駅前の方です」とおっしゃった。
「そうですか。駅前ですか。駅前のどのあたりですかねえ」と僕は言った。
「まあ、駅前です」と受付の方は言った。
「そうですか」と僕は言った。
「S町にもいいところはいっぱいありますね」と受付の方は言った。
「そうですね。田舎ですからね」と僕は言った。
「いえそんなことはありません。開けてます」と受付の方は言った。
「そうですね。駅近くは開けてますけど、駅から離れると
田んぼや畑、山がいっぱいありますね」と僕は言った。
「そうですね。私の娘もS町です」と受付の方はおっしゃった。
「そうですか。お名前なんとおっしゃるんですか」と僕は言った。
「いえ、娘ですから」と受付の方は言った。
「そうですか」と僕は言った。
なんか微妙に会話がすれ違っている感じがする。
僕のすんでいる辺りではこんな風に会話が流れることが
時々ある。
きっと僕が田舎者の感覚で話してしまうことが原因の多くを占めていると思うけれど、、、。
僕が今読んでいる本に今後アナログの電気の検針メーターがスマートメーターに
代わるとスマートメーターはそれを管理する人に電気が
具体的にどの部屋でどの程度使われたかを伝えることができる。
テレビのどのチャンネルを見ているかまでも管理者は把握が可能。
こういうデータを蓄積するといまその人が寝ているか起きているかまで
わかる。こういうシステムはすてに福祉関係などでは
実用化されていて、どの部屋の被介護者がどのような行動をしているかが
把握可能である。その結果必要なときだけ
行って脈をとったり。
こうして人と人とが手をふれあう機会が減っていく。
というような趣旨のことが書かれていた。
たぶんかかれていることが本当なんだろうと思う。
こういう話に接すると私たちは何に用心するべきなのか
また何が安全なのか実態をつかむことが困難になってくるような気がする。
用心深くなくてもいいところで用心深くなってしまったり
用心しなければいけないところで大胆になってしまったり、、、。
僕としてはしかるべきところでしかるべき判断力が
働きますようにと願ってやまない。