大阪で最もディープな地域の一つにあるカラオケの喫茶でかれこれ一ヶ月くらい前に水原弘の「君こそわが命」という歌を僕は歌った。
僕が歌い終わって自分のシートに着席した瞬間に、傍らのシートに座っていた、元プロ野球の城島選手のような顔つきのおじさんが
「熱唱やなあ。あんた、水原弘よりええ声してるわ」と言った。
僕はその言葉を聞いて気風のいいおじさんだなと思った。
熱唱やなあ。と言って、歌に心を込めたことも褒めてくれているし、声の質も褒めてくれている。
声の質というまあ言えば生まれ持ったものと、心を込めるという努力の部分の両方を飾らない言葉で褒めてくださるので、とても嬉しい。
しかも、歌い終わって着席した瞬間に言ってくださるので、ああ、これは、とっさに言ってくださったので本当に僕の声がよくて気持ちがこもっていると思ってくださったんだなあと思い、それも、また嬉しい。
そのおじさんが、先日また、そのカラオケ喫茶にやってきた。
ママが「マイクにこのカバーしてよ」とそのおじさんの歌の順番が回ってきたときに言った。
今はコロナなのでマイクにカバーをして歌わなければならない。
そのマイクのカバーにはミッフィー(うさこちゃん)のプリントがほどこされていた。
そのカバーを見た瞬間に、そのおじさんは「うわ、これは、また、えらいかわいいカバーですやん」と言った。
それを言われたらミッフィーのカバーを用意したママはきっと嬉しいと思う。
もう、この、おじさんのような人って、きっと、とっさに人を褒めるのがくせになってしまっているんだなと思う。
どうせ、くせを身につけるのなら、こういういいくせを身につけたいものだなと思う。
ママからミッフィーのカバーを渡されたおじさんは、菅原洋一の「忘れな草をあなたに」をソフトな声で歌っておられたので、野球選手のようないかつい風貌でも心はやさしいのだろうと思う。
しばらくするとお店に、あらかじめ酔っ払ったお客さんが入ってきた。
酒癖の悪い人のようで、あたりかまわず、人のことをいじったり、からんだりする人だった。
その城島選手のような風貌のおじさんは、5分くらい、その酔っぱらいに口先をうまくあわせていたけれど、タイミングを見はからって、さっさと勘定をすませて店を黙って出ていってしまった。
そういうところもスマートだなと思う。