ケンのブログ

日々の雑感や日記

ズービン メータ指揮 バイエルン放送交響楽団 兵庫公演 2018年11月23日

2018年11月24日 | 音楽
昨日は兵庫芸術文化センターに
ズービン メータ指揮 バイエルン放送交響楽団演奏会を聴きに行った。
当初、マリス ヤンソンスさんが指揮の予定だったけれど
健康上の理由で来日不可能ということになり
指揮がズービンメータさんに変わった。
それに伴って演奏曲目が
マーラーの交響曲第7番から
モーツァルト 交響曲第41番 ハ長調 K.551 ジュピター
マーラー 交響曲第1番 ニ長調 巨人
に変更になった。

ホールに到着すると楽屋の方から
マーラー巨人の第三楽章の冒頭の部分をコントラバスの奏者が
練習する音が聞こえた来た。
なんかドライな音だなと思った。

指揮台の客席から見て左側にスロープが作ってあり
指揮台の上にも腰掛けが用意されていた。
メータさんも足の具合がよくないのかなと思った。

最初に演奏されたのはモーツァルト 交響曲第41番 ハ長調 K.551
ジュピター
メータさんは男性に付き添われて杖をついて登場した。

オーケストラは客席から見て左から
ファーストバイオリン、チェロ、ビオラ、セカンドバイオリンの
対向配置。

第一楽章
演奏が始まったとき深くなめらかな音、と思った。
抑えぎみに演奏が進むけれど
深い世界が醸し出されていて素晴らしいと思う。
提示部を反復したけれど
二回目に提示部が演奏されたとき
そこには一回目にはない勢いがあって
演奏が進むにつれて演奏のスピリットが高まっていく
様子がわかって興味深かった。

第二楽章
チェロ、コントラバスの低音がふくよかに出ている。
静かに音楽が展開する。
演奏は独特の沈んだ世界を醸し出している。
こういう雰囲気の演奏って聴いたことないなと思う。
なんか向こうの世界の音楽を聴いているようにも思えた。

第三楽章
メヌエットのメロディラインが抑えぎみに出てくるけれど
それで物足りないとは思わない。
とても深い世界が演奏にはあるように思える。
第一楽章とこの楽章は後半になると
音楽がナチュラルに盛り上がっていったように思える。

第四楽章
遅めのテンポで抑えぎみに演奏が進むけれど
一つ一つの音を奏者がとても丁寧に
奏でていることが伝わってくる。
抑えぎみではあるもののリズムが
しっかりと刻まれているのもすごいなと思う。
なんかちょっと言葉では表せない
味わいが出ていた。

全曲を通じてこれだけ抑えぎみに演奏が進んで
それでいて深い味わいを醸し出すことが
ちょっと考えられないことのように僕には思えた。

普通だったらモーツァルトを抑えぎみにやったら
ただ単に勢いがないだけの演奏になってしまいがちなので、、、。

よほどオーケストラと指揮者が
音楽に熟練しているのだろうなと思った。

とても素晴らしい演奏だと思った。

感動して興奮状態になるというよりも
なんかしみじみと心に染み入るような演奏だった。

今までにこういうタイプの演奏を聴いたことないなと思った。

20分の休憩をはさんで次に演奏されたのが
マーラーの交響曲第1番 ニ長調 巨人

第一楽章
キーンという感じで音が出てくる。
混沌とした世界が広がる。
マーラーの曲の作り方が混沌としているのだと思うけれど
冒頭でここまで混沌とした世界を表した演奏って
ちょっと聴いたことないなと思う。
やがてこの楽章の主要な歌曲風のテーマが出てくる。
とても慎重にゆっくりとそのメロディが奏でられる。
ちょっとこれはかなり美しいなと思った。
第一楽章全体を通して
演奏の幅が広くそのなかに歌曲風のメロディが
次々と出てくるという展開だった。
どのメロディもとても美しく奏でられていて
夢をみているような気持ちになった。
木管楽器郡の音は本当に鳥がさえずっているように聴こえた。
こんな演奏はめったに聴けないなと思った。

第二楽章 花の章
第一楽章に続いて花の章も演奏された。
これを聴くのは生演奏、録音を通して
僕は初めてだったのでよい体験になった。

第三楽章
ゆっくりとやや余力をもってリズムが刻まれる感じで
演奏が進む。
中間部ではマーラーの音楽特有のうねるような音も動きも
よく表現されていた。

第四楽章
コントラバスが独特の音色でメロディを奏でる。
ここを楽屋で練習しておられたのかと思い出した。
ゆったりと音楽が進んでいく。
楽章の後半で東洋風のメロディが出てきて
そこから特に演奏が美しく展開したように思った。
 
第五楽章
この楽章の冒頭はブラスのファンファーレの耳をつんざくような
音を予想して聴いてしまうけれど
実際に出てきた音は意外とマイルドだった。
マイルドで物足りないということではなく
それなりに大きい音を出してそれがマイルドに聴こえるところが
奥ゆかしいというか素晴らしいと思った。
この楽章は歌曲風の美しいメロディも出てくるけれど
急に第一楽章を回想したり
コーダかと思うとまた音楽が弛緩して続きがあったりと
僕はこの曲のこの楽章を聴いていると
しばしばちょっと退屈してしまう。
昨日も例外ではなかった。
演奏がどうこうと言うよりマーラーの曲の作りが
そうなっているのだと思う。
しかし、全体を通してみればマイルドな味わいのなかに
様々な美しい要素が表現されたいたなと思う。
さすがにコーダになるとブラスは大きく鳴ったけれど
ブラスにあわせて鳴らされるシンバルは
慎重に抑えぎみに鳴らされていた。
あの最後のシンバルの演奏の仕方が昨日の演奏全体を
象徴しているようにも思えた。
ちょっと聴いたことのないタイプの演奏で
かなり満足できた。

演奏が終わったあと会場からブラボーの声が飛んだ。
通常ブラボーの声は特定の方が出すという感じに
なる場合が多いけれど
昨日はかなり大勢の方がいっせいにブラボーと
叫んだ感じだった。
それが昨日のお客さんの満足度を表していたように思う。

オーケストラのメンバーが引っ込んだあとに
メータさんは車イスにのってステージに出てこられて
拍手に答えられた。

ヤンソンスさんからメータさんに
指揮が変わったときどうしようかと思ったけれど
昨日はコンサートに行って本当によかったと思った。








勤労感謝の日

2018年11月23日 | 日記
勤労感謝の日かと思う。
お宮に通う習慣の人は勤労感謝の日は新嘗祭の日という
イメージが強いと思う。
新嘗祭が収穫の祝いや感謝の祭りだから
その日を勤労感謝の日に当てるのはいいことだと思う。
こういう祝日というのはよく考えられているなと思う。

昨日は日が落ちてから急に寒くなった。
僕の体感としては昨日の夜がこの冬一番寒かった。
ブルゾンを着たいという衝動にかられたのは今年
初めてだった。
とうとう今年もブルゾンの季節になったかと思う。
昨日はブルゾンを着たくても持っていなかったから
ネックウォーマーの上にマフラーをしてお茶を濁した。
今日はブルゾンをもって出た。
ただ、まだ昼間だから日が落ちてからブルゾンを
着たくなるかどうかそれはわからない。
ただ、町をあるいているとさすがに今日は
昨日よりも厚着をして人が多いように思える。
やはり、みんな考えることは同じなのかなと思う。
僕も今日からクルーネックのセーターから
とっくりのセーターに変えた。

朝ラジオを聴いていたら、映画の話題が出ていた。
リスナーからお便りが来ていて
「愛と青春の旅立ち 懐かしい映画です
初めてのデートのとき見に行きました
ドキドキしていてストーリーが頭に入らなくて
あとでビデオを見直しました」という内容だった。
いい話だなと思う。
その時のときめきが一生続けば
どの夫婦もずっとラブラブでいられるのにと思う。
さだまさしさんがライブのトークで
僕は若い頃は女性に清純さを求めていたけれど
年を重ねて女性はだんだん象のようにでかくなってくるものだと
知りました。
というようなことをおっしゃっていた。
それでできたのが関白失脚の歌詞ということらしい。

一部を抜粋するとこんな歌詞だ

俺より先に寝てもいいから
晩飯くらい残しておいて
いつもポチと二人
夕べのカレーチンして食べる
それじゃああんまりわびしいのよ

とうさんみたいになっちゃだめよと
おまえこっそり子供にいうが
飯を食らっちゃ寝 起きてワイドショー見ちゃ寝
井戸端会議しちゃ寝 よく夜寝られるな

無駄なダイエット 無駄な体重計
そんなにやせたきゃあんなに食べなきゃいいのに
それからあれだぞ
テレフォンショッピング
買い物くらい体動かせ

僕くらいの歳になると
関白宣言の歌詞よりもこの関白失脚の歌詞の方が
本当に身につまされて共感できてしまうのだけれど。

それにしても愛と青春の旅立ちの主題歌はいい歌だなと思う。

霜月の風景

2018年11月22日 | 日記
もう十一月も下旬で本当に早いなと思う。
急に寒くなったせいか、町を歩くとくしゃみをしている人が多い。
僕も朝はちょっとくしゃみが出た。
エスカレーターに乗っていたら はっくしょん と声がしたので
見たら70才くらいのおばちゃんだった。
そのくらいの年齢になると女性もおじさんと
変わらないくしゃみの仕方になってしまうのかもと思った。
そう思いながら歩いていると控えめにくしゃみをしていいる女性がいて
見ると40代くらいの感じだった。
まだ、そのくらいの年齢まではおおきなくしゃみを
することに抵抗があるのかもしれない。
裏道を歩いていると急に「いやーん」という声がした。
みるとおばちゃんの前を十円玉が転がっている。
十円玉はどぶ板の手前で止まった。
自転車屋の店員の男性が
「おばちゃん、セーフやったやん」と言って
その十円玉をおばちゃんにひろってあげた。
本当にどぶ板のしたに十円が落ちなくてよかったと思った。

悪いときには悪いように

2018年11月21日 | 日記
二三日前にカルロスゴーンさんが
逮捕されたというニュースがタブレットのポップ画面に
出ていてその時は急いでいたのでなにげに
表示しないのアイコンをクリックした。
なんしか、逮捕されたんやなとだけ思っていた。
そしてここ三日くらいは新聞の一面も
カルロスゴーンさんの写真が載っている。
僕は詳しいことはよくわからないのだけれど
自分の報酬を過小に報告したという容疑で
逮捕されたということであるようだ。
八王源先生が
「人はいいときにはいいように
悪いときには悪いように言うの」とよくおっしゃっていた。
そんな先生の言葉を思い出しながら
新聞の写真を見ると新聞もわざわざ表情の
悪い写真を選んで載せているのではないのかと思えるほど
ゴーンさんの悪い顔の写真ばかりが載っている。
田中角栄さんのように生前に逮捕されても
死後にまた評価が改まるということもあるから
なんとも言えないのかもしれないけれど
やはり逮捕されるというのはイメージがよくないなと思う。
まだ容疑の段階だけれどきっとそういう過小報告のような
ことをやっておられたんだろうなと思ってしまう。
ひょっとしたら、ゴーンさんもう一線の経営者には
返り咲けないかもしれないとも思う。
ただ、人間、ひがみ根性というものは時々
首を持ち上げるもので
たとえ、逮捕されようともゴーンさん
あれだけ栄華を極めたんだからいいじゃないか
逮捕されたくらいと思ってしまったりする。
今回の逮捕でゴーンさんが世界有数の自動車メーカーの
トップに上り詰めたという事実までなくなるわけではないし、、、。
それに引き換え僕と来たら
会社ではずっと一般職員のまま終わってしまった。
やはり上まで上り詰めた人はいいなと時々思ってしまう。
56年の人生を振り返ってみていったい僕に
なんの業績があるというのだろう。
ふっとそんなことを考えるとなんだかむなしくなってくる。
このまま年を取って死んでいくのかなと思ったり、、、。
普通で考えたら56才と言えば生まれてから今日までの時間よりも
今日から死ぬまでの時間の方が短い。
ほんとうにあっという間だなこれまで何をやっていたんだろう
と思ってしまったりする。
誰にでもそういうことを考えてしまう心の隙間って
あるような気がする。
そんなふうに考えていると気分が下がってくるので
どこかで考えないようにしないと と思う。
お念仏を唱えると唱えている間は他のことは考えられない。
考えても仕方のないことを考えそうになったときには
お念仏を唱えていこうと思う。


クリスマス 年末

2018年11月20日 | 日記
昨日からちょっと寒さのランクが上がったなと思う。
今日はこの冬はじめてマフラーをした。
まだブルゾンは着ていないけどそうなるのも時間の問題かなと思う。
昨日隣の町の青少年センターのフロアーにクリスマスツリーが
設置された。
ちょうと寒さがランクアップしたタイミングで
よかったなと思う。
ハロウィンが終わってまもなくクリスマスという感じだけれど
クリスマスツリーを見るとハロウィンよりはるかにムードが
あるなと思う。
ハロウィンの場合、ハロウィンソングとかあまり聴かないけれど
クリスマスの場合はクリスマスソングも込みで雰囲気が
なりたっているところがいいと思う。
町にだんだんクリスマスのムードが高まってくると
年末だな早いなと思う。
大学受験のシーズンもだんだん近づいて
本当につい先日夏休みだったような気がするのに
受験生の方には残りの時間を有効に活用してほしいなと思う。