田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『上海から来た女』

2015-11-10 09:00:09 | 映画いろいろ



 オーソン・ウエルズが当時の妻リタ・ヘイワースに、運命の女=ファム・ファタールを演じさせたミステリー映画。日本初公開は製作から30年を経た1977年で、こちらもその時以来の再見となった。

 映画全体から見ると、セントラルパーク→船旅→カリブ→法廷→サンフランシスコと目まぐるしく変化する舞台、奇妙な人間関係、単純なはずなのに妙に分かりにくいストーリー、凝り過ぎたカメラワーク…と、問題が多い。

 これらは、公開前に大幅にカットされたせいもあるのだろうが、ウエルズは本当に天才なのかそれとも二流の監督なのかと判断に苦しむような印象を受ける。

 ところが細部に目を移すと、リタの妖艶な美しさ、不思議な空間としての水族館、雑然としたチャイナタウン、そしてラストに登場する遊園地のミラーハウス…など、見るべきシーンや不思議な魅力が多いから困る。とにかく妙な映画なのだ。

 都筑道夫が『サタデイ・ナイト・ムービー』の中で「細部に凝ったウエルズ」として印象を書いている。

 「ウエルズは早どり安あがりの映画にするつもりだったらしい。だが、当時ウエルズ夫人だったリタ・ヘイワースを主役につかう、という条件を出資者が出してきたので、方針をかえなければならなくなった。

 オーソン・ウェルズは、はたから口を出されて、気がすすまなくなると、部分部分にやたら凝って、全体をなおざりにする癖がある。このときも、リタの大写しがひとつもない映画をつくって、出資者をあわてさせた。けっきょくウエルズが折れて、クローズアップを取りたしたものを、ヴェテラン編集者がどうやら筋がわかるようにして、公開した」

 妙な映画という印象を受けるのはそうした裏事情のせいなのだろうか。

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『リトル・ダンサー』『パレードへようこそ』

2015-11-09 08:32:05 | 映画いろいろ

 

 毎年受講している文京学院大学の「映像で読み解く現代社会」
https://www.ext.u-bunkyo.ac.jp/cgi-bin/lecture/lecture2.cgi?c=literature&mode=detail&no=A11

 その下準備として1984年、サッチャー政権下の英ウェールズを舞台に、炭鉱の閉鎖を迫られた労働者が起こしたストライキを背景にした『リトル・ダンサー』(00)と『パレードへようこそ』(14)を見てみた。

 ウェールズの炭鉱を舞台にした映画と言えば、古くはジョン・フォードの『わが谷は緑なりき』(41)を思い出す。あの映画にも炭鉱のストライキが描かれていたが、この2作はどちらかと言えば変化球的な異色作だと言えよう。

 片や男の子がバレエダンサーを目指す! こなた同性愛者が炭鉱労働者を助成する! という逆説的で意外性のある、まるでギャグのような話を語りながら、80年代のイギリスが直面していた問題を浮き彫りにしている。

 そこには性差、性趣向、少数派、差別、労働、階級差、組合、人情、閉塞的な状況の打破、あるいはマッチョイムズへのアンチテーゼといったさまざまなテーマが盛り込まれている。

 84年当時、日本ではウェールズの炭鉱問題はあまり報道されなかったように思う。映画を通じてこうした問題を知るということも大切なのだ。

 「マーガレット・“ファッキング”・サッチャー!」と叫ぶ労働者の声が印象に残った。

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『シネマの天使』

2015-11-08 09:00:37 | 新作映画を見てみた



 1892年に芝居小屋としてスタートし、以来122年にわたって地元の人々から愛されながら、2014年に閉館した広島県福山市の大黒座。そこにまつわるさまざまな人々の思いを、ドキュメンタリー的な要素を加えながら描いている。

 自主映画や自治体広報映画のようにも見える稚拙な部分もあり、気恥ずかしさを感じさせられるのは否めないが、舞台が閉館間近の映画館ということで、映画好きの琴線に触れるのだ。

 ミッキー・カーチスが、高松琴平電鉄100年記念映画『百年の時計』(12)での老画家役に続き、今回は閉館する映画館に現れる謎の老人役(映画館に住む天使?)を演じて印象に残る。

 劇中に『素晴らしき哉、人生!』(46)、『ローマの休日』(53)の挿入もあり、ラスト近くの数々のスターの名前が挙げられるシーンにも感慨深いものがあった。

 だが、映画館が立ち行かなくなった現実が描かれたこの映画を見ていると、昔ながらの映画館に対するわれわれの思いはもはやノスタルジーに過ぎないのか、こうした映画館はその役割を終えたということなのか…という気もしてくる。

 けれども、そうは思いながらも、エンドクレジットに、たくさんの映画を見たり、取材をしたりもした、銀座テアトルシネマ、浅草中映、銀座シネパトス、吉祥寺バウスシアター、みゆき座…と、今はなき映画館の写真が次々に現れると、まるで墓碑銘のようだと感じて、思わず涙している自分がいた。

 今や墓碑銘のようになってしまった「違いのわかる映画館」はこちら↓
http://goo.gl/LODlkq

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【ほぼ週刊映画コラム】『起終点駅 ターミナル』

2015-11-07 18:51:48 | ほぼ週刊映画コラム
TV fan Webに連載中の
『ほぼ週刊映画コラム』

今週は

食べることは生きることなのだと思わされる
『起終点駅 ターミナル』



詳細はこちら↓

http://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1023401
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『PAN ~ネバーランド夢のはじまり~』

2015-11-03 14:13:06 | 新作映画を見てみた



 原作のエッセンスから新たな物語を抽出し、ピーターパンの前日談を創造。一人の少年がどのようにしてピーターパンになったのかを描く。スティーブン・スピルバーグが大人になったピーターパン(ロビン・ウィリアムズ)を描いた『フック』(91)とは逆のパターンということになる。

 前半の孤児院のシーンは薄暗く陰気で、チャールズ・ディケンズの『オリヴァー・ツイスト』『大いなる遺産』をほうふつとさせるが、何とネバーランドに舞台を移しても雰囲気は暗いまま。これには少々面食らった。

 VFXによる3D映像(『アバター』を思わせる空中シーン)に加えて、フック船長、タイガーリリーら、おなじみのキャラクターが意外な姿で登場するのが見どころ。特に若き日のフックは『スター・ウォーズ』のハン・ソロのようでこれはかなり笑える。ヒュー・ジャックマンが楽しそうに悪役の黒ひげを演じており、スターになってもこういう役を嬉々として演じるあたりに好感が持てる。

 とは言え、これも今はやりの“序章映画”の一つ。これ一作だけではどうにも評価のしように困る。

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