硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 18

2021-03-30 20:27:01 | 日記
「川島。」
「なに? 」
「さっきの話なんだが。」
「さっきの話? 」
「悩んでいると言っていただろう。」
「ああっ、進路の事? 」
「・・・嘘だろう。」
「疑り深い奴だなぁ。」
「遠慮するな。」
「だから違うって。」
「色恋の相が出ているのだ。」
「いい加減な事を言うなぁ。」
「いやいや、いい加減ではないのだよ。悩んでいるなら俺が相談に乗ると言っているのだよ。」
「彼女もいないのにか? 」
「・・・。残念だったな。」
「残念だった? 」

「ホトケ」の残念だった。という予想だにしなかった発言に動揺していると、車内にアナウンスが流れ、電車はゆっくりとホームに停車した。

「さぁ駅に着いたぞ。話はここまでだ。」

勝者の笑みを浮かべながら松嶋が足早に電車から降りた。僕も松嶋の後に続く。
僕たちは喧騒の中、沢山の人の波にのまれながら、改札口に続く通路を歩いてゆく。

「さっきの話なんだけど、本当なの? 」
「何の話だ? 」
「彼女がいるって話だよ。」
「まさか俺が、と、思っただろう。川島のそういった所が駄目なのだよ。」

痛い所を突かれた。返す言葉も見つからない。

「返す言葉がないと思っているだろう。ふっふっふっ。」

鋭い。

「その通りだよ。松嶋にはかなわないな。」

改札を抜けると、バスの停留所に移動しバスに乗る。この面倒臭さを感じるのも僅かと思うと、少し心も軽い。しかし、この退屈な通学時間に「ホトケ」事、松嶋弘人が唐突に話しだす驚きや、スマホで落語を愛聴して、時々クスッって笑う様子を見れなくなるのはちょっと寂しい気がする。
そう思えるのは、「ホトケ」が、唯一、心から気を使わなくていいと思える人だったからだと思う。