
菩提寺までは我が家から徒歩2分。寺の開基は大内義孝の次男、大内薩長(法名:瑞雲)といわれる。故あって横山の永興寺和尚の弟子となるも悩みが去らず、和尚の紹介で浄土真宗の僧徒となる。その後恩師の看病しながら1565年に草庵を建てた。これが菩提寺創設の年となっている。その後、数十年近く経った頃、初代岩国領主となる吉川広家が住居地下見のため岩国を訪れたとき瑞雲の草庵で雨宿りされた。
瑞雲は一行に驚きながら深く礼を尽くし接待した。吉川公はこれを快く思い瑞雲の身の上を訊ねた。大内家出身ながら流浪した瑞雲に同情し、着任後、瑞雲の寺院建立を快く許可し、材木を寄付され本堂が建立された(安政6「1859」年開基談参照)。現在の本堂は1900年ころに火災により焼失し1903年に再建された。しかし寺の入り口にある山門は焼失を免れた。
その山門はおよそ300年前に安条地区のご門徒から木材の提供があり作られたと伝わっている。歴史を感じさせる山門、それを支える柱の台座が経年劣化で傷みが目立ち危険な状態となり、先日、台座交換の修復工事が行われた。工事は山門全体をジャッキアップし石製の台座に交換された。
300年近く耐えていた木製台座は腐敗が進み、中心はボロボロ状態だったという。「町中にあっても山門とはこれ如何に」といいたいところだが、寺の山門は、世俗の世界と仏道の世界の境にある大切な門」と聞いている。新しい台座に乗っかった山門、これから幾百年も世俗との境界を守るだろう。