日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

拍手

2007年09月30日 | 生活・ニュース


少し遅れてゴールした1人に待っていた先生が手を差し出した。児童席から拍手が起こった。遠くからではっきりしなかったが、身体の不自由な子供が完走したように見えた。印象に残った場面だった。

「運動会はやるよ~」。朝6時、近くの小学校から合図の花火が上がった。夜来の雨は夜明け近くに止んだ。いつもの登校時間、運動着姿で駆けていく子どもは天気の心配など無いようだった。

遊戯の音楽や競技紹介のアナウンスに誘われ運動会に足を運んだ。開会式のころは肌寒かったのではと思ったが、予報より早く、昼前には待望の日差しが子どもたちの元気な姿にさしはじめた。

どの競技も子供らの真剣な姿を感じた。遅れてゴールした仲間への拍手、自チームを応援する大きな声、2学期になっての練習と準備を思いっきり出し切っているように感じた。世間が心配している学校と子供たちの問題は少しも感じなかった。

運動会を終えて帰る子らの声には、疲れよりも楽しかった運動会が感じられた。

(写真:煙硝のピストル音で走り出す)
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温度差

2007年09月29日 | 生活・ニュース


いつもの朝ウォークへと床から出る。この秋初めて肌寒いと感じた。予報は雨だったので窓を開けた。静かな雨足の音と一緒に冷たい風を感じた。昨日に比べ2、3度気温は低そうに感じた。もう一度床に入った。1時間後には雨は止んでいたが、新聞はポリ袋に入っていた。

今日、外出には長袖を着用した。当地の最低気温は19.8度と報じられたが、気温を敏感に感じる年齢に達したようだ。近くの小学校の運動場では運動会の練習、上級生の団体競技が最後の仕上げをしていた。子どもたちは運動着で元気そう。

ある新聞社のイベントが近くで催された。興味ある企画があったので会場へ行った。驚いたことに多くの人が早くから参加されており、ニュースで見たことのある「ここが最後尾」のプラカードを若いスッタフが差し上げていた。入場まで20分ほど要した。

興味あるコーナーにも多くの人が席に着き、スッタフの説明を聞き、沢山の質問も出ていた。どのコーナーも混み合っていた。これが購読者増に連なったかどうかはわからない。

夕方、会社時代の後輩が立ち寄った。仕事の四方山話を聞かせてくれた。退職してまもなく7年になる。最近まで勤めていたのにと時にはこんな思いもするが、職場は確実に遠くなっていた。ここにも過去との温度差を感じながら角を曲がる後輩の車を見送った。

(写真:自宅付近の今日のピンポイント天気)
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身体検査

2007年09月28日 | 生活・ニュース


小学生のころの記憶。身体検査がある前日は風呂も少し長めに入りよく洗った。その日の朝は下着も小奇麗なものに着替えて学校へ行く。こころ踊ることではないが、母親として気にするところがあったのだろう。
通知表を見ると身長・体重・胸囲・視力など記録されている。当時は親としても貴重な子どもの健康を知るデータだった。

社会人になると健康診断と呼称が変わった。基本的な測定のほかに成人病関連など各種の検査・検診などが加わった。企業は貴重な人的資本の状況を、個人は自己の健康管理の把握に有効であった。この健康診断は直接の個人負担が無いことが良かった。

退職後の健康は全くの自己管理に変わった。誕生月検診として1部個人負担で各種検査が受けれるが、受診の判断は個人しだい。気になる検診は受けている。

毎日の健康管理は起床と就寝前の血圧測定、1時間ほどのウォーキング、それに体重と体脂肪の測定だ。血圧が正常値になったほかは大きな変化ない生活している。三度の食事を欠かさない、これが1番の健康チェック項目だ。

年が明け、政治と金にまつわる問題として「身体検査」という言葉が巷に広まった。

ここでいう身体検査は「政治活動に伴う金の使い方が、法に照らして適不適・異状や不正の有無をしらべる」事を指している。出るわ出るわで政治不信に連なった。議員たるもの襟を正してから議論の場へ出てほしい。

発足した直後の内閣にも「処理ミス」が発生しているが、政治にまつわるお金の検査・検診はしっかりやって知らせて欲しい。

車の半年点検を受けた。オイルの交換など規定のチェックは異常なしと説明を受けた。これは無料。車を替えて燃費が大幅に向上した。廃ガス削減で自然の健康に少しは寄与しているか。

(写真:体重と体脂肪を何年も教えてくれる優れもの)

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新米

2007年09月27日 | 生活・ニュース


収穫までに88の手間がかかることから「米」という字が生まれたそうだが、多くの田は稲刈りが終り、田んぼは一休みしている。今年の収穫量はどんな値を示したのだろうか。

新米とは「収穫直後のお米」の表現だと考えるのだが、「今年収穫したお米」や「今年産米」をいうのが正しいらしい。秋に収穫されたお米を年末に新米です、といわれても「エッ」と一息いるのだろう。

長い時間と手間のかかった新米を今年は3軒のお家から頂いた。ありがたいことだ。妻は仏壇にお供えした。田畑のない我家では米を初め収穫する農作物はない。プランタンのねぎはよく育っているが収穫の表現は使えない。

新米を頂いた3軒のお家は専業農家ではない。実家で共同でと農に接しておられる方だ。喜びに弾む収穫の様子は皆さんブログで紹介されている。そして数日したら「新米です」と届いた。物ほしそうなコメントは書いていないのだが。

銀飯や白飯、子どものころの憧れの1つだった。その憧れはいつの間にか普通のこととなった。最近は銀飯に多種類の穀物を混ぜ「健康食」と呼ぶ。我家も時々その健康食が食卓に出る。好ましい味ではない。やはり銀飯が1番だ。

いつまでも「米の飯」がいただける農政を発足したばかりの内閣にお願いしたい。

(写真:収穫直後天日干しされた米、知人のブログから拝借)
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秋の訪れ

2007年09月26日 | 生活・ニュース


昨夜は中秋。各地の観月の催しが画面で見られた。我家も灯りを消し少しばかり風流を味わった。朝ウォークで家を出るとき、雲ひとつない西方の空に名残月が山の端に隠れるところだった。これも風流。満月は27日、もう1度楽しめる。

酷暑、激暑など感じるがままに挨拶していたこの夏の暑さ、少しばかり遠のいた感じだ。近所の柿は色づき始めたようだし、銀杏を拾う姿も見かけるようになった。栗もたわわに実っていた。何よりも空の青さが秋らしくなってきた。

その空の下、近くの小学校では運動会の練習が1日続く。次の日曜日あたりか。熱中症を避けるためだろうか、テントが幾張りも準備されていた。通りがかりに見た練習、子らは本番さながらに熱心に踊っていた。いい運動会になるだろう。

暑い暑いと言っているうちに日暮れは早く夜明けは遅くなった。地球温暖化に関係なく忍ぶように変化してきた。葉を殆んど散らした桜の木には少し寂しさを感じるが、次の芽吹きの準備期に入ったことを教えてくれる。

まもなく朝ウォークも衣更えになる。

(写真:色づき始めた柿)
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組合せ

2007年09月25日 | 生活・ニュース
 

気づかなかった。何年も歩いた歩道のタイルにあるものが刻まれていることを。

雨上がりの朝ウォーク。アスファルト道路のくぼみには水たまりがあった。歩道のタイルは乾き始めていた。が、所々に刻まれた何かの形があることに気づいた。雨上がりのため刻まれた部分はまだ黒っぽく濡れ、その部分だけが際立っていた。

立ち止まって見た。向きを変えて観察した。それは「川の瀬にはねる鮎」の姿ということに気づいた。

この歩道に「鵜飼舟と錦帯橋」をあつかったマンホールが設置されていることは知っていたが「鵜飼舟と錦帯橋と鮎」が組合されているたことを初めて知った。よく見ると、鮎のタイルは3枚1組がV字に数メートル間隔で配置、マンホールも程よい間隔で設置されていた。

この歩道は錦帯橋に近い。同橋の鵜飼は300年余の歴史を有し、夏の観光シンボンルのひとつになっている。歩道が整備されたのは何十年も前だ。当時は鵜飼見物の人は今より多く、担当者の苦心から出たであろう洒落を嬉しく思った。

この歩道、生活道路の1部としては人通りは多いが、岩国学校の側に通じているものの観光で訪れた人は足を運ばない。しゃれた歩道を見て欲しい。場所は岩国小学校と中央公民館側の歩道です。

周りを観察しながら歩けば、まだ新しい気づきがあるようだ。朝ウォークの楽しみが増した。
(写真:タイルに刻まれた川の瀬にはねる鮎)
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彼岸花のころ

2007年09月24日 | エッセイサロン


エッセイサロンに入会したのは1年前。初めて出席した例会で「新聞への投稿」もエッセイ上達の1つの方法と教えられた。

恐れもなく「彼岸花のころ」と題して初めて投稿した。数日後、サロン代表のOさんから「おめでとう。今朝の紙面に載っている」と電話を頂いた。年甲斐もなく喜んだことを今も記憶している。

いまも投稿を続けている。採用掲載されるのは、没になった投稿の何分の1かではあるが、紙面で自分の投稿を見たときの感じはなんとも言えない。

「彼岸花のころ」は、高卒の採用試験の不合格者についてその訳を説明するため学校訪問をしたときの心痛を思い出して書いた255字だった。毎年訪問の時期は、短い間だが燃えるように咲く赤い彼岸花の時期だった。

今、畦や山すそには彼岸花が盛りと咲いている。今年はその花を見ても、重苦しいかったあの気持ちが懐かしいように感じた。書いたことによって気持の何かが取れたのか、区切りがつけられたのかそれは解らない。

今、心の重い学校訪問をしているだろう後任者の姿を思い出しす。彼も車窓から彼岸花を見ながら次の学校を訪れる。
(写真:今を謳歌する彼岸花)
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自然な想い

2007年09月23日 | 生活・ニュース


ふたつの観光スポットをつなぐ道そばに私たちは立っている。

この季節、前の道は上り下りとも沢山の行楽の車が行きかいとても賑やか、いや騒々しいなと思うことが多い。時には、ひやりとするすれ違い、最近は多くなった。この付近、民家も消え歩く人のいないのが幸いだ。

時おり私たちの側に車が止まる。それは家族連れや親しい仲間のようだ。

「すごい」「秋たけなわ」と私たちの感想を話してくれる。頭をなぜ、柔らかくて気持ちいいと言いながら抜き取り、頬をなぜ、気持ちよさそうにしている。若い人に抜き取られた仲間は嬉しそうだ。必ず「撮って」と私たちの前でポーズを取りカシャッと音を残して、挨拶なしに去って行く。

今、私たちが立っているのは誰も世話してくれなくなった休耕田。こんなになって何年になるだろう。こんなになる前のこの季節は、収穫の終わった田が一休みしていた。私たちが訪れるすきなどなかった。

いつのころだったか、風に吹かれてこの田に住むようになった。仲間はどんどん増えた。近所の田も次々長期休暇に入り、近隣といえるほどの域が仲間の住みかになった。

本当はここに住みたくない。田は田として活かして欲しかった。蘇らせるならいつでも私たちは去っていく。と向かいの彼岸花さんと毎秋話している。彼岸花さんも真っ赤な顔で頷いてくれる。

「お月見にピッタリ」の声と共に鋭いハサミの音がした。この時期になるとこうして仲間が少しだけ切り取られていく。ススキの冥利と残った仲間は見送る。秋もあと少し、冷たい風に見送られながら私たちの季節はまもなく消えていく。
(写真:美しく見えるが悩んでいるススキ)
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有用植物

2007年09月22日 | 生活・ニュース


まだ30度を越える真夏日が続いている。天気予報によると明日は少し低めの気温のようだ。この暑さ対策・健康維持には皆さん苦心されたようですが、結果は如何でしたか。

仲間に、年間を通じての健康対策としてアロエを食する者が1人いる。彼の家の玄関横には年間を通じて食するに足るアロエが育っているという。目にしたことはないが、仲間の話では奥さんの手で薬用として育っているようだ。

アロエは医者いらず、医者泣かせと年寄りから聞かされたいた。多肉性植物で南アフリカが原産地と説明がある。また、昔から有用植物として知られていたともいう。日本では江戸時代の初期から薬草として実際に使われたようだ。

先の彼は毎日数センチ食するという。その効果か、60歳を越えた今も黒々ふさふさの髪が自慢だ。我家でも野菜ジュースに一時混ぜたことがあるが長続きしなかった。アロエが持続しなかった。味は思い出せない。昨年からはゴーヤジュースに代わった。これもブームになっているとか。

擦り傷や虫刺されにはアロエを今でも使っている。ムカデや蜂に刺された時に「効いた」と思ったことは何度か経験している。みずみずしいあの緑は元気をくれそうだが、棘は硬く刺さると傷がつく。

ほかに身近なところでは、独特の臭いのある「どくだみ草」がある。夏に採り軒下に乾していた。煎じて消化器系によしとして飲んだ。火で炙り練った物をおできなど腫物に貼った。懐かしい記憶が残っている。

西洋医学万能の様に感じるが「自然はホスピタル」というCM通り身近には多くの有用な植物があることを知りたい。

午後、ある方の来訪を受けた。取材めいたことも含め多方面の話をした。年寄り2人の生活には薬用効果のあった来訪だった。
(写真:我家のキダチアロエ)
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千の風に乗って

2007年09月21日 | 生活・ニュース


お彼岸。どのお家の墓も生花がいきいきとしていた。父の祥月命日とあわせ今月2回目の墓参りをした。

墓石の周りを掃除しているとき、大きなクロアゲハ蝶が1羽飛んでいた。先日庭で見たのと同じように大きな蝶だった。特に気にもしないで掃除を済ませ、花なども入替え手を合わせた。火の気のないことを確認、帰ろうと立ち上がり振り返った。

2羽のクロアゲハ蝶が仲良く舞っているのが目に入った。幾百回墓参りはしているが初めて目にした。ふと、千の風に誘われ両親が舞っている様に思えた。真青な秋の空を背に舞う2匹の蝶、黄泉の世界でも仲良くやっているので安心してくれ、と語りかけているように感じた。

その舞は、入院する以前の元気な様子を彷彿するようだった。
しばらく見ていた。やがて千の風に押し流されるるように飛び去り立ち木の向こう側で見えなくなった。その時吹いた風、一瞬だがさわやかな心地よい風に感じた。

額の汗を拭ったとき、本当に残暑厳しい日の墓参りだったと我に返った。
(写真:抜けるように蒼い空と色づきはじめた柿木)
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