発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

進撃のミニオンズ

2015年07月28日 | 映画
◆7月の映画

 今月の映画は「進撃の巨人」試写会、都久志会館。
 原作のコミックは読んだことがない。実写版映画。強い人食い巨人と人類との戦いの話だけど、CGの人食い巨人、筋肉模型タイプよりも、リアルな人間タイプの方がこわい。水原希子と桜庭ななみがかっこいい。特に桜庭は特筆に値する。ゆうちょ家族の妹役とはえらいギャップがある。
 それから「ミニオンズ」これも試写会、天神東宝。
 いきなりバックにHAPPY TOGETHERが流れる。懐かしいじゃないか。
 バナナに目口がついたようなカワイイ生物「ミニオンズ」は、はるか昔からいて、最強最悪なボスに仕えて幸せにするのが生き甲斐なのだが、ボスがすぐにいなくなってしまうのが悩みである。ドラキュラについたときには日に当ててしまうし。ボスがいなくなると、彼らは無気力になる。そんな彼らが1968年のニューヨーク、そしてロンドンで活躍するお話。モンキーズのテーマなど懐メロもいっぱい。
 「進撃の巨人」のチラシには「戦わなければ勝てない」とある。
  巨人の入ってこない高い外壁に囲まれて100年暮らしてきた人類。巨人のやってくることを憶えている人は全部死んでしまっているだろう。外壁の外の世界を見たいと思っている少年もいたりするわけだが、ある日外壁を超えて人食い巨人が入ってきた。起こる殺戮と大パニック。
 外壁がもっと丈夫だったら、戦わずに、なんとか平和に暮らせたのに、外壁の大事さを忘れちゃってたのねえ。戦わざるを得なくなれば戦うしかないだろうが「戦わなくて済めば負けない」というのはもっと大事で、このことこそ人類の最大の叡智を注ぎ込む価値のあるものではないか。
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はるか宇宙の海往かば、にまつわるエトセトラ

2015年07月21日 | 日記
◆組曲「惑星」

 ホルストの「惑星」は中学校のときにレコードを買った。平原綾香が歌詞をつけて歌ってヒットしたのですっかり有名な「木星」第4主題は、そのころは、テレビの洋画劇場のエンディングに使われていた。また「木星」の冒頭と最後のところは、テレビ「オレたちひょうきん族」のなかの「ひょうきんニュース」で使われていた。
1曲目は「火星 戦争をもたらす者」である。
 この曲は、大編成のオーケストラで演奏される。福岡にきて、アクロス福岡シンフォニーホールで、九州交響楽団の「火星」を、はじめてライブで聞いた。

◆5拍子脳内アレンジャー

 ダダダダンダンダダダン、「火星」冒頭のダダダは1拍3連符で4分の5拍子を刻むこの曲。同じ5拍子でも、ジャズの「テイク・ファイヴ」ツタンタタンツータッとはかなり印象が違うよね。あと5拍子といえば、ラロ・シフリンの「スパイ大作戦」または「ミッション・インポッシブル」のテーマ曲。
 同じ5拍子ということで「火星」第1主題を、「スパイ大作戦」のリズムに乗せると、やっぱりサスペンス調になる。「テイク・ファイヴ」に乗せると、かなり軽快になる。ぜひジャズ演奏していただきたい。で、「テイク・ファイヴ」が「火星」のリズムに乗るかというと、かなり難しそうな感じがする。「スパイ大作戦」は、全然別の曲になってしまう。

◆そして「海往かば」についての素人の勝手な解釈

 成立年代を知らないで聞くと、「火星」の作曲者が「海往かば」の旋律を入れたと思うかも知れないけど、ホルストの「火星」の成立から20年以上を経て「海往かば」の作曲は、1937年。作曲者の信時潔は、ヨーロッパにも行ってるし、レコードも聞いてないわけないから、たぶん意図して「海往かば」に「火星」の旋律をちょっぴり織り込んだに違いないと私は思ってる。
 ちょっぴり織り込んだのである。偶然じゃないと思ってる。
 パクリじゃないよ。
 たとえば「パッヘルベルのカノン」のコード進行が踏襲されている曲はあまたある。スタンダードナンバーと化している長渕剛の「乾杯」1980年は、ロッド・スチュアートの「SAILING」1975年に近い。クイーンの「キラー・クイーン」は、おフランスの香りを織り込むために「オー・シャンゼリゼ」を示唆する旋律が入ってると、アルバムの解説書にも書いてあったことだし。
 1937年、NHKから嘱託されたその曲「海往かば」が、その後どういう扱いをされるのか、信時潔は予測していたのか。それを音楽関係者、音楽愛好家にはわかるように「火星」の旋律を織り込んだのではないか。美しい「海往かば」は「戦争をもたらす者」から派生している、と。
 それから8年間、日本は戦争に明け暮れることとなる。
 
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100回のデモよりも

2015年07月15日 | 日記
1回の選挙。
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エネカンのおもひで

2015年07月03日 | 日記
◆さよなら、九州エネルギー館
 浄水通の九電体育館の隣にあった九州エネルギー館が、閉館一年余りを経て完全に取り壊されていた。

◆エネカンのおもひで
 九州エネルギー館の展示物は、エネルギーの歴史、電気電力の歴史から、さまざまなエネルギー関連の発見、発明、エネルギーのしくみなどが紹介されていて、圧巻は、揚水発電の実演と、加圧水型軽水炉の模型だった。
 ここには、いろいろな実験ができるおもちゃや遊具があり、小さな図書館(貸し出し不可)があり、ほとんど無料で遊べた。
 イベントもいろいろあった。
 ボランティアによる子ども向け科学教室、陶芸教室など、無料か材料費のみで参加できた。
 地元劇団のミュージカルや、声優さんたちの朗読会、腹話術と奇術のショーなどがあったと思う。
 ようするに原子力発電を含めた企業のPR施設と、メセナと、オール電化ショールームを混ぜたようなものだった。 

◆エネカンで映画好きになったんだよ
 ここでは月に2~3回、映画会があり、劇場上映終了したもののDVD発売前の比較的新しい作品から、古典と呼ばれるものまでいろいろ上映していた。
 最初に映画会に行ったときは緊張した。原発のPR映画を前座に見る義務がある施設かと思い込んでいた。そんなことはなかった。
 それで、土曜や日曜に、子どもと歩いてエネ館に行って映画鑑賞する、というスケジュールを入れることにした。家から歩いて軽めの運動とするにちょうどよい距離だったし。
 ここで鑑賞した映画で思い出せたものは以下の通り。順不同。記憶違い(劇場や試写会でみたもの)が少し混じっているかも知れないが、9割以上は合ってると思う。洋画はアニメ実写ともディズニーやドリームワークスのものが多かった。動物系、ネイチャー系も多く、家族で安心して鑑賞できるような映画がほとんどだった。

「ホーンテッドマンション」(エディ・マーフィーね)
「クイール」(原作は盲導犬クイールの一生)
「ジャックと豆の木」(山本リンダの「奇跡の歌」)
「ハッピー・フィート」(ペンギン)
「パイレーツ・オブ・カリビアン」(のうちのどれだったか)
「壬生義士伝」(浅田次郎原作。安心して鑑賞できる映画の多いなか、この映画では冒頭で小さくだが、人の首が斬られてぶっ飛ぶのでびっくりした)
「長靴をはいた猫」(東映アニメーションのロゴマークの猫の絵がこれ)
「太陽の王子ホルスの大冒険」(日本劇場アニメの古典)
「はだしのゲン」(実写版。原発PR施設で原爆の映画をやってたのは、平和利用を広報する施設なのだから矛盾しない。もっとも、投下までのゲンと家族の生活と投下直後が主で、核汚染の影響の話が出て来るより前に物語は終わる)
「ハリーポッター アズカバンの囚人」
「シャーロットのおくりもの」(蜘蛛)
「ステュアート・リトル2」(ネズミ)
「ハイジ」(実写版)
「アイ,ロボット」(ルンバの会社じゃなく2035年シカゴが舞台のSF映画)
「レーシングストライプス」(シマウマ)
「スパイダーマン2」(怪人ドックオク)
「ガーフイールド」(ネコ)
「ウォレスとグルミット」(クレイアニメ)
「アイスエイジ」
「ダンボ」(ディズニー古典!!)
「セロ弾きのゴーシュ」(宮沢賢治!!)
「さよなら、クロ」(松本深志高校に実際にいた犬が主人公)
「カンフー・ハッスル」(爆笑)
「あたしンち」(情熱の赤いバラ)
「名探偵コナン 銀翼の奇術師」(なんで小学生の前で殺人ばかり起きる? なんで小学生に旅客機を操縦させる?)
「シュレック」
「皇帝ペンギン」(ほかにもネイチャー系はあったような)
「マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋」(ダスティン・ホフマン)
「ホーラー・エクスプレス」(オールズバーグの絵本『急行「北極号」』のアニメ)
「ALWAYS 三丁目の夕日」
「チキン・リトル」
「博士の愛した数式」
「101」(実写版)
「コープスブライド」
「ゲゲゲの鬼太郎」(実写版)

 ともかく私のかなりの部分は、正直、エネカンでできてる。子どもをダシにエネカンに行って映画好きになったといっても過言ではないかも知れないのである。
 そのうちに劇場に足を運ぶようになり、試写会にも頻繁に行くようになった。 
 だが、いちばん九電がこの施設の目的としていたところの、原子炉の模型を、子どもたちが目をキラキラさせて見学する、ということが、いろいろな意味で不可能になった時点で、この建物の役割は終了した。映画会どころではなくなった。そして昨年3月、れいの震災から3年で閉館、そして今、更地になった。そのうちにセキスイのマンションとなるのである。
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