発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

コロナにまつわるエトセトラ。  この春はミラノに行けなくなったわ……行く予定もなかったけど(爆)

2020年03月26日 | 日記

◆しばらくの間は「新型コロナ」という文字列を見るたびに前世紀のトヨタ車を連想していた。トヨタの工場で新型コロナ感染者が出たなどと読むとまた混乱する。

◆東日本震災原発事故のときは人類が滅亡してもおかしくないと思っていたから全く九州にいてバカみたいだと思うかもしれないが私ともあろう者が毎日怯えていた。NAGS(Nuclear Accident Gennari Syndrome 原発事故ゲンナリ症候群、私が命名、私だけ使っているし、いまだに引きずっている)である。よもやコロナで人類終了はあるまい。そういう確信があったものだから震災のときよりもずっと私は落ち着いていると思う。

◆しかし震災の時よりもひどい経済恐慌がひきおこされつつあるようだ。ずっと続いていた未曾有の生産過剰あるいは供給過剰状態が終わるのは戦争でも起きた時だろうと思っていたのだが、それがエイリアンとの戦いだったとは。原発事故の時と同じ言葉を私はつぶやく。「きてしまった悪い未来」と。それでも原油は入っているようなので、最悪の状態ではない。

◆コロナ騒ぎが起きてから私がずっと祈っていたのは「地震来ないで」ということだった。この時期に強い地震が来たらどうなるというのだ。福岡でも震度2〜3の揺れがあって肝を冷やした。

◆マスクは感染防止にはあまり役に立たないというが「私はコロナ検査はしていないので感染しているかどうかなんてわかりませんが、仮に感染していたとしても、くしゃみや咳をしてあなたにウイルスをうつしたりすることはありません」という意思表示となり、経済のすくみを緩和する効果はある。だからマスクが行き渡る必要がある。使い捨てマスクって、ドラッグストアの初売りに行くと箱でもらえていた記憶がある。携帯電話会社も一枚パッケージを街頭配布していた。トイレットペーパーはコロナのせいで使う量が増えるものでもないからそのうちにスーパーの棚は平常通りに戻るだろうが、マスクについては普段使ってなかった人もマスクをするようになったので当然足りなくなっている。

◆で、毎日出て来る統計をどう読むのか。これから数日で国内患者の数字はかなり増えるだろうが、オリンピック中止で検査數に忖度がなくなるせいがどこからどこまでで、先日強行の埼玉格闘技イベントのせいがどこからどこまでなのか、イタリアやスペインのような流行が日本でも発生するようなことはあるのか。

◆先週大学病院を3つまわったときには、とくに変わったところはなかった。マスクをしていない人も結構いた。私がいる間は、救急車輛も偶々だろうが来なかった。院内図書室のあるところはそれが閉鎖されていたくらいで。奇妙なのはまったく患者さんが出ていない県や市町村があるのに、全員が影響を受けていることだ。未知のウイルスの怖さである。これは佐賀の商店街。ひなまつりイベントが中止となったけど、レッドカーペットが敷かれている。

◆色々なことがキャンセルになった。先月末には毎年行くコンサートが中止になってへこんでいたがそれどころではない。ほかのコンサートも軒並み中止である。まるで2011年のようであるが、違うのは、2011年は、九州で中止になったのは海外アーティストのコンサートだけだったし、それも全部ではなかった。来てくれた人もいたから。いま、歌手の知人は自宅スタジオライヴをYouTube配信している。遠方なので私としては楽しいのだが、集客ライヴができないのだ。私は、毎年この時期は遠出する仕事があるのだが、鹿児島行きと大分行きがなくなった。JRの減収も実感である。スケート場が開いていない。設備はすでに老朽化していると聞いているので、そのまま廃止になってしまうのを危惧している。2月中旬に見に行ったサーカスはコロナのせいで早じまいして次の町に行ったものの、公演できないでいるらしい。

◆私の仕事自体はまったくのドメスティック産業(ごくまれに海外の研究機関からの注文があるくらいで)なのだが、経済が悪くなることが売り上げに影響しないわけがない。目の前の仕事を着実にこなし、手を洗って睡眠と栄養に気をつけて、できることを探すしかない。

 

 

 

 

 

       

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