発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

何件か

2011年07月29日 | 日記
◆米朝首脳が、とか、米朝協議が、とかいう言葉が出て来ると、桂米朝師匠の顔が脳内大写しになります。

◆五十嵐五十郎さんが気になって仕方ありません。
http://www.seiyu.co.jp/summergift/profile/
とくに政見放送を見たあたりで。もちろん架空の人物ですが、
本当に選挙のようなキャンペーンを行ったみたいです。
http://www.seiyu.co.jp/summergift/report/

ちなみに、この方の出身校(?)、スタンフォード大学のフーパー研究所に、弊社街道シリーズをお買い上げいただいたことがあります(本当)。

◆コクリコ坂の罰当たりの家
「嫌いになったのならはっきりそう言って」 
男の子が写真を見せる。女の子の死んだ父が写っている。
「俺の本当の親父」
「えっ?」
「まるで、大映テレビの赤いシリーズだ」
「どういうこと?」
「俺たちは、きょうだいってことだ」
「どうすればいいの?」
「何を?」
「相続に決まってるじゃん。
 全然話が違ってくるのよ!!」
コメント (1)
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小松左京

2011年07月28日 | 本について
 小松左京。
 といえば、『日本沈没』である。生まれて初めて、カッパノベルスとはいえ上下巻を通して読んだ本である。高度成長が続き、オイルショックも起きない世界での日本。たしか、主人公の、リニアモーターカー計画のために測量していた友人が死ぬ知らせから始まったと覚えている。で、日本は沈み、日本人は大勢の難民となる。
 そのころ考えていた40年くらいあとの日本。
 そのうちに、そして、オイルショック、エナジークライシスがやってきて。
 当時は、原発のことを「原子力の平和利用」という言い方をしていたなあ。開発を進めているからには、当時からの課題であった、燃料たる放射性物質や放射性廃棄物の完全コントロールは、さすがに30~40年後には、できるようになってるだろう、と、思っていたものだ。
 そうはならなかった。
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ちゅうがくいちねんせいの夜

2011年07月26日 | 漫画など
 「ちゅうがくいちねんせいの夜」という漫画を思い出した。若槻久美子という人が、学生時代に、大学の漫画雑誌に載せたもので、今、その人はプロの漫画家らしい。今から3年前の夏に、その大学の大きなコンサートが福岡であって、そのときに貰って帰ってきた漫画雑誌に載っていた。左側の青い本。http://page12.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/p167420591
 眠れなかったら、人の数だけ夜があって、何が起きているのか想像してみたらいい。どうでもよくなって眠れるよ、みたいなことを眠れなくて遅刻した親友に話している。
 彼女たちは中1の女の子で、季節は、たぶんGW後、梅雨前。
 部活のない放課後は、住んでいる地方都市の、ひと駅向こうのスーパーだかショッピングセンターだかをふたりで徘徊して、夜遅く、といっても、せいぜい9時台だろうが、帰宅する生活を続けている。いまのところ不良ではない。男の子にも関心はない。前月に離婚と死別でそれぞれ父親を失い、母親たちは働きに出るようになって帰りが遅い。それで女の子ふたり、ひとりきりの家に帰りたくなくて、寄り添うように徘徊しているのだ。
 その日、列車でひとつ隣の、いつものショッピングセンターは休みだった。不慣れな田舎道をほかのスーパーに向かって歩く。弁当を買ってベンチで食べようとすると、へんな男にナンパされそうになり、無視したが、それを見ていた他の買い物客に「ゴハンは家に帰って食べなさい」と、注意されてしまう。
 その家に帰りたくないから、スーパーのベンチで弁当を食べていたのに。
 たぶん配偶者をなくした母親も、生活のことや自分のことでめいっぱいで、娘のことが気がかりではあっても、徘徊を止めさせることなどできない。せいぜい夕飯代と防犯スプレーを渡すくらいで。
 行き場をなくした彼女たちは、薄暗いバス停の裏手で、おしゃべりしながら弁当を食べる。そのうちに夜になり、そう遅くはない時間だが、地方ローカル線の列車はもうない。夜道を歩いて帰宅する。友人を家に送ったあと、ひとりきりの帰路。中1にして底知れぬ孤独だとか、自分の力ではどうにもならないこととかを知ってしまった。 眠れなかったら関係ない他のもののことを考えればいい。でも、ほかのもののことなんてどうだっていい。
 自分の孤独が重くて背負いきれないまま、彼女は夜の町を歩くのだ。
 屈託なく談笑する可愛い女の子たちが抱えている眠れない夜について。しかも漫画の中の。
 地球上のある一日の物語 LIFE IN A DAYの映画をみた帰りのバスの中で、なぜだかこの話を思い出した。
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地球上のある一日の物語 

2011年07月24日 | 映画
地球上のある一日の物語 LIFE IN A DAY http://www.unitedcinemas.jp/lifeinaday/試写会。ユナイテッドシネマ福岡。

 2010年7月24日午前零時からの24時間の中からの動画を世界中から集めて編集した1時間35分の映画。いまだかつてない低予算映画と思われる。
 名もなく見知らぬ人々のこまぎれの普通の日常がスクリーンに映し出される。全部はとても書けない。時系列に沿って(地球だから同時ではないにせよ)映画は進んでいく。
 とくにストーリーなどないから、映画を見ようとしてる人が、以下のことを読んでもあまり問題は起きないと思うのだけど。

 夜のベンチで、音楽を聞きながら飲んだ暮れてる男に聞けば幸せだと答える。
 未明のエレベーター。駐車場。市場。
 朝が来ると、いきなり映画は騒がしくなる。世界中の寝床で目覚ましが鳴る。谷川俊太郎の「朝のリレー」を彷彿とさせる壮大さで、人々の生活がはじまる。
 そして朝食。割られる卵。焼けたパンを跳ね上げるトースター。ベーコン、コーヒー、シリアル。
 15歳の少年の、はじめてのひげそり。自転車で世界を旅する男。
 シングルファーザーの朝。ソファで寝る小さな息子を起こして着替えさせ、若い母親の遺影に手を合わせれば、子供はまたソファに戻って寝てる。
 結婚式が、愛の告白が、手ひどくフラれた青年が、ゲイであることを身内に知らせる男が。金婚式が、小さな息子に、再発した自分のがんの治療について話さなければならない母親が。その日生まれた赤ん坊が、ジラフが。その日屠畜場で牛が死ぬ瞬間が。
 靴磨きの少年の顧客は、彼にコインと、それからキャンデーを手渡している。
 世界のどこかでは、まわしていたカメラのまさにその前で惨事が起こったりする。それもまた普通の一日。すべてが同時進行で、それもすべてノイズではない。一人ひとりの人生、一つひとつの生命にとってかけがえのない一日が過ぎていったのだ。エンドロールで、MIND YOUR OWN BUSINESSと書かれた薄く細い紙を、カタツムリが食べていく。
 自分以外の知らないこの地球に住むだれかに一瞬思いをはせてみる。奥深い世界が無限に広がる。自分の知らない場所での生活、喜怒哀楽、底知れぬ愛だとか絶望だとか希望だとか夢だとか小さな幸せだとか。そういう映画でした。
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こち亀THE MOVIE 勝どき橋を封鎖せよ

2011年07月23日 | 映画
 こち亀THE MOVIE 勝どき橋を封鎖せよhttp://www.kochikame-movie.jp/index.html 試写会。
明治安田生命ホール。

 実写版「こち亀」。少年ジャンプとアニメの両津勘吉巡査長しか見たことがないので、香取慎吾=長身の両さんというのは、いまいちピンと来ないけど、まあ、固い事は言いっこ無しという種類の映画だ。
 「ダイ・ハード4.0」の後半、F3.5戦闘機と、ブルース・ウィリスのトラックの死闘を、ほとんど「こち亀」の世界だぁ、と思って見ていた私としては、実写版のご予算の限界を感じつつも、楽しく鑑賞した。東京の水辺の景色は美しい。勝どき橋は、CGで開いたみたいだしね。
 交番の脇に止めてあるパトカーが、コスモスポーツだったりする。
 深田恭子が美しい。劇中劇の女ねずみ小僧など、瞠目である。メナードが効くのだろうか。

 美しくなることや、若く見せることについて、あからさまにがんばるとイタくなるのはどういうわけだ。他の分野のどの努力よりも水面下の努力が必要とされる分野だと思う。美魔女などといって素人さんがテレビに出た時点で、水面下の努力ではなくなり、ネタ化されてしまう。「いや、あれは年相応」などと言われてたりして。美人女優さんたちは、たぶんほぼ全員、水面下の努力ってやつだろうなあ。

 こち亀実写版がヒットするかどうかわからないが、ヒットすれば、フーテンの寅さんのように、毎回マドンナを変えてシリーズ化するんだろうな、松竹、と思った。
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海の日

2011年07月18日 | 物見遊山
 愛車・快速マダム号は今日も絶好調。海の日なので海に行く。博多埠頭には、グレーに塗られた自衛隊の艦が来ていて、人が群がっている。
 見学会となれば、工場であろうが鉱山であろうが迷わず行く。

 来ていたのは、護衛艦「じんつう」。多くの方が、たぶん何か違った漢字に変換されるのではないかと思うが、神通川の「じんつう」だそうだ。
 自衛隊所属の艦といえば、先代の南極行き砕氷船「しらせ」(文部科学省じゃなくて防衛省)の見学に行ったことがある。何せ私たちは、南極探検家白瀬矗(しらせのぶ)から、のぶ工房の名前をつけたくらいである。ウソだけど。
 パンフレットをもらって、乗り込んで艦橋に向かう。「しらせ」の艦橋には信号ラッパが装備してあったが、この艦には見当たらない。それともしまってあるのか。今でも自衛隊はラッパの合図で行動するが、アコースティックではなく録音をスピーカー経由でということらしい。ラッパといえば戦前の修身教科書に載ったことで有名な木口小平ラッパ兵の銅像を島根県浜田市の護国神社で見たことがあるが、浜田生まれの人というわけではなく浜田にあった21歩兵連隊の人だったらしい。
 ごつい手持ち双眼鏡がたくさん置いてある。双眼鏡のストラップには、同色の薄いおざぶとんのような四角い布がぶらさがっている。たいがいは青だが、司令用のおざぶとんは赤くて、波状のテープが縫いつけてある。機能的なものなのだろうが、手芸のかほりが漂いなにげに可愛い。
 キョロキョロと甲板を歩く。
 機関砲は、海洋保安庁の巡視船にも乗っているが、ファイヤーウエポンの装備は、巡視船の比ではない。だって自衛隊だもの。マニアさん必見なのだがあいにくマニアさんではない。
 それでも艦対艦ミサイル、ハープーンの名前くらいは聞いたことある。かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」にも出てきた。電信柱みたいである。ダグラス社製。
 懐かしの1980年代テクノポップ、P-MODELのアルバム「ランドセル」収録の「ミサイル」という歌が頭をよぎる。昔はきれいめの女の子が踊りながら歌うものではなかったよ。テクノ。
 ハープーンのお値段は為替相場にもよるでしょうけど、調べると一発8700万円という数字が出て来た。
 チャフロケット(敵のミサイルのレーダーを騙すための、アルミ蒸着紙吹雪を発射する装置)もあった。
 いずれにせよ、こういうウエポンは、日の目を見るチャンスがない方がいいのだ。
 ベイサイドプレイスに戻ると、土曜日のコンサートの佐世保音楽隊が、ちょうど軍艦行進曲を演奏しているところだった。
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ちょんまげ天国

2011年07月16日 | 日記
 段ボールにまみれたここ数日。
 久しぶりに天神に出る。

 指定券の引き換えをしてから、川端のアートリエまで歩く。映像資料を購入して、会場に戻る。あまり暑くなく歩きやすかった。
 アクロス福岡シンフォニーホール。佐世保音楽隊のコンサートにも、ピコット氏が登場した。もちろん海自バージョンのコスチュームである。再会できて嬉しい私である。
 君が代でなく、東日本震災犠牲者の追悼の曲が演奏され、コンサートは始まった。左右のスクリーンには、おもに震災救援活動で活躍する海上自衛隊の映像が。あと、クラシック系とか、吹奏楽系外国曲の演奏はなかった。つまり、東日本震災の慰問コンサートで好評だった曲を中心に、ということらしかった。髪型のせいだろうか、何人か荒川良々(カロリーメイトの黄色いジャージの人)がバンドに紛れ込んでいる気がした。水戸黄門、銭形平次、大岡越前、暴れん坊将軍などのテーマ曲のメドレーのあと、アンコール一曲めは「ふるさと」。で、二曲め、軍艦行進曲でコンサートは終わり、会場をあとにした。
 時代劇テーマ曲をビッグバンドで聞いたせいで、脳内はすっかり、ちょんまげ天国。つくづく銭形平次のテーマは名曲であると思う。
 

 
 
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笑える本がいいかな、次は

2011年07月10日 | 本について
◆「コクリコ坂から」について
 このアニメは、原作つき漫画がもとであるとのこと。少し検索してみるが、1980年ころ「なかよし」は読んでない。当時は、ほとんどターゲットを講談社「なかよし」と同じくする集英社「りぼん」の「おとめちっく路線」全盛期ではなかったか。陸奥A子とか、篠崎まこととか。
 しかし講談社と知って少し思うのは、元の漫画は知らないけど、この話は、映画と同じ1963年の時代考証でいくなら、ぜひ、里中満智子あたりの作画で読んでみたい。

◆楽しい本
 『長州維新の道』下巻プリンティングなう、というか、製本なう状態で、使った資料を片付けているとこである。
 次の本は、思い切り楽しいのを作りたいと思ってる、と、あれこれ考えている。図録撰書にはならないけど、たぶんムック本。歴史ですね。笑える本がいいかな。これまでにない切り口で。
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コクリコ坂から

2011年07月07日 | 映画
◆ヨコハマ三丁目の赤いシリーズ
 コクリコ坂からhttp://kokurikozaka.jp/試写会、都久志会館。
 女の子が起きておさんどんする様子がいい。ご飯は羽釜で炊く。三人きょうだいとおばあさんと下宿人を含めた大家族が朝夕の食卓に揃う。
 
 1960年代前半の横浜の様子が素敵。港のあたりの雰囲気は、熊本三角を都会にした感じ(そういえばNHKのドラマ「坂の上の雲」では、三角西港が撮影に使われていた)かと。
 この時代の高校生は、自分のころよりも大人びている。
 制服のスカートを寝押し、ワンドアの小さな冷蔵庫、ローラー式絞り器のついた洗濯機、オート三輪。五十年近く前のライフスタイルと、港の景色や建築などの細部を楽しむ映画だと思いました。「三丁目の夕日」的な。
 ストーリーは、ひとことでいえば「赤いシリーズ(←わからない人はお母さんに聞いてね)ジブリ版」である。
 悲惨な初恋になるのかどうかは、本編をご覧くださいませ。

 どうなんだろうな。大人向けのノスタルジー映画かなあ。今の小中学生からしたら、主役の女の子は、お祖父さんお祖母さんくらいの年代になるし。

 信号旗については、↓こちらを。
http://shimada.cside.com/NotesDocs/C_IF_Shingoki.html

◆船とわたくし
 保育園でお昼寝をしていたら、母が迎えに来て、港に行った。停泊している大きな貨物船に艀で向かった。その船の船長が祖父の弟、母の叔父、私からは大叔父で、近くまで来たので母に会いに来るように連絡があり、私を連れて行ったということらしい。
 私が覚えているのは、何だかきれいな船室で、レモンティーと桃をごちそうになったことと、ちゃんと一人前のお客さまとして接して貰えた(ガキ扱いされなかったほとんど最初の記憶である)のがうれしかったことくらいである。まあ、あんまり長い時間のことじゃなかっただろうから、私自身お行儀があまり悪くなることもなかったんだと思うし。
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長州維新の道 萩往還

2011年07月06日 | 本について
 さるさる日記が終了して、こちらに変更したものの、公式ホームページを更新していないもので、リンクもまだ貼り直していない。とりあえず、ブリンティングなうの、画像を貼りましょう。


 歩ける地図と写真を満載。

 ちなみにこのシリーズ一巻目はこちら
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