ぶらり町めぐり&御朱印

町を歩くのが好きだ。特に御朱印集めに熱中した。年齢を重ね、段々と体力が落ちてきたが、もう少し頑張りたい。

安倍内閣改造

2017年08月03日 10時04分29秒 | 雑感
内閣改造しても支持率が上がる気がしない。支持率が急落して亀裂が入ってしまった。こういう下がり方は、回復するとしても時間がかかる。(その時間もないだろう。)

名簿を見ると、河野太郎が外相だ。親父さんの河野洋平は、例の「河野談話」で従軍慰安婦問題に火をつけた男である。その息子を外務大臣に起用する。

どういうことなのか? 安部さんの意図が分からない。読売から朝日に鞍替えしたのかね。

保守派から激しい攻撃を受けるぞ。

外相就任の記者会見に注目しよう。

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コバケン「真夏のシンフォニー」

2017年08月03日 09時51分04秒 | 雑感
8月2日。東京文化会館で、小林研一郎=東京都交響楽団の演奏会を聴く。最後の挨拶を聞くと、小林研一郎と都響の演奏会は久しぶりだったのだそうだ。

ベートーヴェンの「エグモント」序曲から始まったが、テンポの遅い、大柄な演奏で、往年の大指揮者時代の演奏を聴く思いがした。最後は、やはり、アクセルをかけて盛り上げていた。

次がベートーヴェンの「運命」。今では滅多に聴けそうもない演奏だった。演奏法もどんどん変わってきている。僕らは古参だから、今時の原典に忠実な演奏と言われても、やはり、抵抗感がある。昔の指揮者の演奏をCDで聴く方が安心する。これはもう育った時代の影響が大きい。

コバケンの演奏スタイルだと、貧弱なオケだと音が保たない。それが、都響は、骨太、豪快な音でコバケンをサポートした。

休憩後は、ドヴォルザークの第8交響曲で、ロマンの香りたっぷり。最後はハチャメチャに盛り上げていた。アンコールは、この最後の部分だけを再度演奏した。ドンチャン騒ぎで終わった感がある。

久しぶりにオーケストラのコンサートを聴いたという満足感があった。

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二期会「ばらの騎士」

2017年08月02日 14時50分29秒 | 雑感
7月30日に、上野の文化会館で二期会の「ばらの騎士」をみた。

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

オケ:読売日本交響楽団

元帥夫人:森谷真理

オックス男爵:大塚博章

オクタヴィアン:澤村翔子

ゾフィー:山口清子


リヒャルト・シュトラウスの傑作オペラで、普通に演奏すれば、感動すること間違いなし。特に、最後の三重唱は。(今回もその通りだった。)

今回の上演は、音楽的には問題ない。しかし、視覚的にはかなり抵抗を感じるものになった。

グライドバーン音楽祭の演出をそのまま持ってきたようである。演出は、リチャード・ジョーンズである。

舞台に”華”がない。典雅な雰囲気が欲しかった。宝塚の演出家に依頼した方が良かったのではないか、と思うぐらいだ。

衣装もイギリスのものをそのまま持ってきたのだろうが、やはり、スタイルが違う。顔が違う。前列席で見たので違和感が大きかった。最後列で見た方がよかったのか…………

欧州の演出をそのまま持ってくるのは考えものだ。今の欧州の演出は歌の流れを損ねるものが多い。頭でっかちで血の巡りが悪い。

魅力的な歌唱を聴きたくて劇場へ行くのに。

指揮とオケは素晴らしかった。歌手は、元帥夫人が図抜けていた。

(追記)

日経にこの公演の批評が掲載されたが、ベタ褒めだった。日経の音楽会批評はベタ褒め傾向が強い。批判している箇所もあるが、よくよく注意して読まないと分からないようになっている。

”業界”で生きていくのは大変だ。言い方にも処世術が必要だ。

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四国霊場 円明寺・太山寺

2017年08月01日 10時11分31秒 | 旅行
四国霊場巡り。松山市の奥座敷、道後温泉に近い第51番札所の石手寺から、松山市の北部にある第53番札所の円明寺へ。

夕方であるし、朝方、難所の岩屋寺、大宝寺を歩いたあとである。このあたりになると、疲労がまして、はやいところ宿入りしたい気持ちが強まる。

第53番札所の円明寺を参拝する。ここは町中にあり、バスは一般道路に駐車し、歩いてお参りする。規模は小さい。

境内の真ん中に楼門があるのが珍しい。



本堂。



大師堂。



ここで妙なことになった。先達の師匠という人が現れたのである。茶髪でパーマをかけている。一見すると、美容院のママさんといったところだ。年配だが若作り、若い女性が5人、連れていた。

一緒に”お勤め”した。

先達の師匠は、次の第52番札所・太山寺にも同行した。太山寺は駐車場から坂道を上がり、階段を上る。この日の最後のお参りで、結構身体に応える。

太山寺の本堂は国宝である。



大師堂は階段を上がったところにある。



境内の風景。



駐車場に戻り、お師匠さんに同行した若い女性に接待を受ける。遠くから眺めていた人がいたので、これはどういうことなんでしょうかね、と話し合う。

疑問だったが、先月、四国霊場巡りの好きな人がいて、この女性のことを訊いた。

あの人はね、参拝マナーに厳しすぎて、ツアー客に嫌われて、旅行会社から切られてしまったんです。

先達は厳しすぎてもいけない。男性よりも女性の先達の方がマナーに厳しい。窮屈な思いをする。

この日の最後のお参りを終えて、宿泊地の道後温泉に行く。四国最大の歓楽地である。客引きが多かった。






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供養は必要か?

2017年08月01日 09時29分37秒 | 雑感
四国霊場第51番札所・石手寺で、供養の意義についての立て看板を見る。

遺族の供養が死者の成仏に貢献すると言うのだ。

供養する遺族の気持ちはそのようなものだろう。私も、初めて四国八十八カ所霊場を巡ったのは、父の死のあとだったからだ。

しかし、純粋に理論的に考えると、冷たいようだが、これはおかしい。

<人が死んだらどうなるか?>

来世があるかどうか? 

①来世がないとする。この場合は死んでしまえば死者は無に帰するから、供養しても無駄である。

②来世があるとする。死者は、極楽か地獄へいく。どちらへ行くかは、死者本人の現世での行い・信仰心によってである。

 当たり前のことだが、極楽か、地獄か、遺族が介入する余地はない。供養しようがしまいが、死んだ者の生前の行いによって裁かれる。

こう考えると、供養というのは不思議な慣習である。

江戸時代以前には、寺院は死者には関わらなかった。葬式もやらなかったし、供養もしなかった。葬式も供養も、江戸時代に檀家制度ができてから行うようになった。それが今では、葬式仏教と言われるぐらいに変貌した。

●一応、理論的には上のような結論だが、日本人に供養が意義を見いだすのは、こう考えるからだろう。

人が死ぬと、魂が肉体から分離し、肉体の周りをさまよう。いわゆる、神道で言うところの「荒魂」である。荒魂を鎮めるために供養する。荒魂に祟られたくないからである。

この考え方は日本人の素朴な宗教感情に合致する。

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