旧小机領三十三観音霊場めぐり、第2番札所は三会寺(さんねじ)である。小机駅から新横浜方向へ徒歩で10分。小机駅でおりるのは、第1番札所の泉谷寺を変らないが、方向が逆さまなので、泉谷寺から歩くと、30分ほどかかる。
接待用のテントがあるが、訪れる人は少ない。
観音堂。
本堂。
第1番札所の泉谷寺(せんこくじ)は、JR横浜線の小机駅から行くのだが、当時の私は新横浜に住んでいたので、自転車で訪れた。
境内は広かった。横浜市の北部は住宅地として開発されたところが多く、檀家の寄付も受けやすいと思う。
ローカルな霊場なので、地元の人以外の参拝者は少なかったが、旅行会社のツアーはあった。
境内は手入れされていた。
旧小机領三十三観音霊場は、子年に御開帳である。今年がその子年だった。毎年4月1日からゴールデンウィークの終わりまで御開帳される。
ところが、今年はコロナ禍にぶつかってしまった。当初は、4月30日まで、と短縮された。4月後半にまわろうかと、様子を見に、近くの札所まで行った。
以下の掲示を見る。
4月19日までということで、全部まわる時間がない。諦めた。
次は12年後だが、自分の年齢を考えると、無理である。12年前の2008年に全周したが、それが最初で最後になりそうだ。
この横浜の北部にはローカルな霊場が他にもある。旧小机領三十三観音霊場の他に、酉年に開かれる武相不動尊霊場、武相寅年薬師如来霊場、武南十二薬師霊場が霊場事典に掲載されている。他にも准秩父観音霊場もある。全く知らなかったが、地蔵霊場もあるらしく、旧小机領三十三観音霊場をまわっているときに、同じ寺が二つの霊場の札所になっていて、地元の人が接待していた。
以下、12年前のお参りを記す。
お参りしたのは札所の順番通りではなかったが、札所順に記す。狭い地域だと思っていたら、京急本線から小田急線まで広範囲にわたり、最後は駆け込みで間に合わせた記憶がある。
平成21年1月5日、伊豆天城七福神を巡る。
天城峠の手前、湯ヶ島町にある七福神である。ここは湯ヶ島温泉がある。六つの湯があるので、伊豆天城六湯七福神ともいう。
狭い区域にあるので、車なら七つまわるのに2時間ほどしかかからない。
まず大龍寺を訪れる。寿老尊である。
その次に真正寺。恵比寿尊である。
嶺松院。弁財天である。
明徳寺。大黒天である。
成就院。布袋尊。
弘道寺。福禄寿。
最後は、宝蔵院。毘沙門天である。
横浜七福神めぐり。地下鉄ブルーライン線・新羽駅の西方寺をお参りしたあと、ブルーライン線でセンター北駅まで乗り、地下鉄グリーンライン線に乗換える。高田駅で下り、福禄寿の興禅寺まで歩く。ここは距離がある。20分ほど歩く。
グリーライン線の高田駅に戻り、隣の日吉本町駅で下りる。寿老神の金蔵寺を訪れる。
横浜七福神めぐり、最後は、布袋尊の東照寺だった。金蔵寺から日吉本町駅に戻り、日吉駅で東横線に乗換え、綱島駅で下りた。東照寺は駅に近い。
横浜七福神めぐりは、毎年のように行っていた。地元だからである。いつもは色紙だが、この年は御朱印帳にもらったのだ。
いつもは自転車でお参りしたが、この年は電車を利用した。
まず訪れたのが、菊名池弁財天である。東横線の妙蓮寺駅で下りる。駅前である。
その次にお参りしたのが、蓮勝寺。毘沙門天である。東横線の妙蓮寺駅から菊名駅へ移動した。
菊名駅から横浜線で新横浜駅まで乗る。大黒天の正覚院を訪れる。
新横浜プリンスホテルが近い。
新横浜駅から、今度は地下鉄ブルーライン線に乗り、新羽駅で下りる。恵比寿の西方寺をお参りする。
宝円寺から雲龍寺へ。文殊菩薩は三七日(二十一日)忌の護り本尊である。
文殊堂をお詣りする。
お寺は離れている。霊場紹介によると、文殊堂は無住ということで、雲龍寺は管理寺である。
よく見ると、御朱印にも寺名は書かれていない。
秩父十三仏めぐり、後半は2月24日だった。
この日は、秩父でも奥地になる荒川村、小鹿野町の札所をまわった。
まず荒川村の阿弥陀寺を参詣する。電車なら、秩父鉄道の終点・三峰口駅でおりる。1.3キロの距離である。
秩父でも奥地になる。