on-ice off-ice

氷上のスポーツ、カーリングをやっています!カーリング以外のことも書くのでon-ice off-iceです!

東京都選手権・・氷の外で大失敗(^_^;)

2024-06-01 19:32:18 | 日記・エッセイ・コラム
 軽井沢で年間通してカーリングが出来るようになったのは2012年からで、それ以前は秋から春にかけてがシーズンでした。つまり、軽井沢が賑わう時期にカーリングで軽井沢に行くことはなかったのです。

 コロナ騒動が5類に落ち着き、円安も進んで、インバウンドマーケティングが拡大されて外国人観光客が押し寄せる中、2024年5月に軽井沢アイスパークで開催されたカーリング東京都選手権は、軽井沢でのハーフマラソン開催とも重なって、宿泊先の確保が難しい状態に陥りました。
 軽井沢は元より隣接する佐久や小諸でも宿泊施設が取りづらい状況の中、「東京都の区の施設は余裕があるらしい、その区に住んでいなくても泊まれる」という話が流れてきました。
 ネットで検索すると、まず宿泊施設のページ、なかなかよさそうです。予約をしようとすると別のページに飛びます。確認すると、1つ目の施設は満室ですした。次に表示されている「武石本館」をクリックすると空室があったので、予約してひと安心。

 当日、1回戦に敗れて午後の試合がなくなったので、他の試合を見たりして過ごしていました。公営の宿泊施設で事前に宿泊者名簿を記入しておく必要があったので、みんなに名前等を書いてもらおうと取り出したとき、予約番号の記入が必要だったので確認しようとして予約メールをあらためて見て、「あれ?これもしかしたら軽井沢ではない?!」あらためて、その施設のWebを見ると長野県上田市になっているではないか!!
 上田市は軽井沢と長野の間にあって、確か新幹線でも軽井沢から2駅だったはず、車で1時間も走れば行けるはずと、メンバーにことの経緯を説明してお詫びして、地図情報を調べると現在地から50キロメートル、1.5時間もかかるようです。それでも、今から行けば、日が落ちる前に着けそうで、翌日の試合も遅めなので普通に朝食食べて出れば充分間に合うことはわかりました。

 いざ出発すると、道は渋滞しています。長野から軽井沢観光に来た人たちが帰るタイミングとぶつかったようです。国道を外れ、林や畑の中にたまにレストランが現れる県道を進み、ある程度行くと街があるような景色の繰り返し、ナビの示す目的地までの距離がなかなか減ってくれません。残り10キロを切る頃、県道からも外れて人家もまばらになった農道のような道になり、その先にダートになった道が見えてきた頃、「目的地です」とナビがいう。「いや、何もないんですけど。」辺りを見回しても人家がぽつりぽつりあるだけで、間違っても大きな宿泊施設があるとは思えないようなところなんです。地図を少し縮小して施設名を発見すると、目的地を再設定。農道から丘の方に向かって進路を取ります。いきなり数台の車とすれ違い、道を譲ったり譲られたり、そうこうしているうちに丘の中腹に造られた宿泊施設に到着しました。

 チェックインを済ませて部屋に入る。のんびりした温泉旅館の雰囲気である。数時間前にカーリングの試合をガチで行っていたことが夢のようである。でも、みんなには「すんません。こんなところまで来させちゃって。」と、謝るしかない。。
 少年サッカーチームの合宿で来ている子供たちが多少賑わっていますが、全体的には空室が目立ち、静かである。とにかく、これで今夜の宿泊は確保できたので、ゆっくり休みます!

 こんな風に、ある意味大きな影響はなかったとはいえ、これが試合終了が19時だったり、もっと遠い場所だったりしたら、当日キャンセルして高崎あたりに泊まったりしなければならなかったかも知れなかったと思うと、ぞっとします。
 あらためて、Webを見ると確かに軽井沢の施設から予約のページに行くと、その区の宿泊施設を一括した予約のページになっています。軽井沢はメジャーな地名ですが、他の施設はマイナーな地名だったので、その地区の字か何かで同じ敷地にある施設だろうと勝手に思い込んで予約してしまったのが間違いだったとわかります。

 飛行機も新幹線も宿泊もWeb予約の時代、旅行会社の窓口のように相槌を打って確認してくれる店員さんはいません。

 気を付けます!!

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奥伊勢にて・・・

2024-05-25 15:32:20 | 日記・エッセイ・コラム
 2024年の大型連休は、ハイキング仲間と一緒に、メンバーが定年後に住んでいる実家がある三重県奥伊勢に行きました。伊勢神宮の南、宮川という大きな川が緩やかに流れる景色のよいところです。

 道の駅と列車の駅が一緒になったところに集合し、川沿いの緩やかな上りになった道を行くこと数分、ゆるい傾斜地に田畑が広がる集落の一角に実家はありました。

 周囲を散歩すると、田植えがすんだばかりで新緑の山々を水面に映した田んぼ、耕作前で草花が植えられている畑など、私にとっては目新しい景色が次々と入ってきます。田畑はどこも周りにソーラー電源を使った電気柵があります。案山子や目玉風船は見当たりません。イノシシによる被害が多いそうです。それにしても、こんなところを集団で歩いているのは珍しいのでしょう。畑の脇に車を停めて作業している方が挨拶してくれて、採れたてのいちごをくれました。その場で頂きましたが、とっても甘くて今までに食べたいちごの中でもトップクラスの美味しさでした。元は農家だった実家が田畑を貸している近所の農家さんで、放置するよりも無償で貸して手を入れてもらった方がよいようです。ごちそうさまでした。




 夜は庭でバーベキュー、松阪牛の産地が近いだけに柔らかくてとっても美味しく、私がリクエストしたホタテとイカも美味でした。


 翌日は、宮川沿いの公園に寄ってから、宮川の支流をさかのぼるコースを散歩しました。家が数十メートルおきにある集落で、畑のほかに観賞用の花を咲かした花壇のある家もあって、活気を感じました。集落を抜けると川は道路のはるか下に見えました。ちょっと登っただけなのに川は違った表情を見せてくれます。美しい渓流の景色ですが、降りて行くのは容易ではなさそうなので、上から楽しみました。



 4月に入って忙しい日々が続いていたので、のんびりしたよい休日を過ごさせて頂きました。秋には栗拾いもできるそうで、また秋に来たくなりました。
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星降る里から富士見台高原へ

2023-10-07 17:33:29 | 日記・エッセイ・コラム
 中央自動車道は名古屋から木曽谷を通り途中から伊那谷に沿って諏訪方面へ向かいます。木曽谷と伊那谷との間は日本アルプスが横たわっているので、その下を恵那山トンネルが通っています。その恵那山トンネルの長野県側に位置するのが昼神温泉で、ここから富士見台高原まで登るのが今回の目的です。

 今回のメンバーは7人、名古屋駅に集合し、高速バスに乗っておよそ2時間で山合にある昼神温泉に到着しました。昼神温泉は開湯1973年の比較的新しい温泉で、近年は星空がきれいな温泉としても知られ、道の両側には燈篭、朝市広場、私設の天文台、星空の描かれた郵便ポストなど、明るいイメージの温泉です。




 宿泊先は「尾張あさひ苑」。愛知県の尾張旭市の保養施設ですが、尾張旭市民でなくても宿泊することができます。温泉は無色透明で浸かると肌がすべすべしました。食事も種類が多く、なかなかのものでした。






 翌朝、目が覚めると空気がひんやりしています。夜のうちに秋の空気に入れ替わったようです。空は曇っていますが、青空が広がりつつあります。バスでヘブンス園原スキー場まで送って頂き、そこからゴンドラとリフトでヘブンス園原展望台まで上がります。当初は、ゴンドラを降りたところから歩く予定でしたが、富士見台高原まで往復5時間かかりゴンドラやバスの送迎時間を考えるとタイトなので、展望台まで文明の利器のお世話になることにしました。




 展望台を出ると、いきなり急登できつそうと思ったのは束の間で、そこからは連絡バスも通る舗道で緩い下り坂になります。展望台よりも富士見台高原の標高が高いので下った分以上に登らないといけないので、下るほどに不安になります。途中でバスに追い越されましたがほとんど人が乗っておらず、「大丈夫か、このバスの採算」などと余計なことを考えてしまいます。大きな道との合流点から恵那山への分岐がありますが、途中に崖崩れが発生した箇所があるようです。バス道が終わるとログハウス風の山小屋がありますが、富士見台高原までは1時間弱で登れるので、恵那山を目指す登山者用に建てられたもののようです。立派な炊事場もあって、泊まってみたくなるような山小屋でした。
 そこを出ると富士見台高原への上りになりますが、綺麗に舗装された遊歩道のような舗道が暫く続きます。やがて、土の道になりましたが、坂は緩やかで登りやすいです。両側は熊笹に覆われていて高木がないので見晴らしはよいです。途中に神坂小屋という避難小屋がありますが、おそらく雷対策であろうと思われます。石を積み上げたケルンを右に見ながら進むと程なくして富士見台高原に着きました。









 富士山が見えたらという願いから富士見台高原と名付けられたとのことで、富士山は見えませんが、先月登った木曾駒ケ岳、数年前に登った焼岳が見えることを案内板で確認しました。そう、雲が微妙にかかっていて見えなかったのです。それでも、緑濃い手前の山々は手に取るように見え、風も涼しくて爽快でした。

 下山した夜、星空ウオッチングツアーに出かけましたが、夏の大三角にカシオペア座など明るい☆だけは見ることができましたが、薄雲がかかっていて星が降るような夜空を眺めることは出来ず、また一つ課題を残したハイキングになりました。
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御在所岳とお伊勢さん詣り

2022-10-01 15:30:00 | 日記・エッセイ・コラム
 台風が過ぎ去った24日、御在所岳に行きました。行く前から台風の心配がありましたが、前日麓の湯の山温泉入りするのに立ち寄った四日市では、駅前のバス停からコンビニまでの僅か2メートルをダッシュしただけで濡れてしまうほどのどしゃ降りで、宿泊先の湯の山温泉を流れる川は茶色く濁った水が凄まじい音を立てていました。それでも、翌日は雨が上がって晴れるという天気予報を信じて心の準備をしていました。





 あくる朝、雨が上がって日差しもちらほら見えたものの吹く風が強い。予定では裏登山道から山頂へ登って帰りはロープウェイで降りてくるのですが、様々な状況を考えて逆にロープウェイで上がって歩いて降りて来る案も考えました。ところが、この風ではロープウェイが動くかわからないのです。とりあえず、宿の車でロープウェイ駅に連れてってもらいましたが、動くかどうかは微妙な感じ。ロープウェイの職員さんの「今の状況では動かせるかわからないです。動かして午後から風が強くなって止めますというわけにもいかないので。」と、ごもっともな説明にも納得がいきます。



 少しして、ロープウェイが動くことになり、当初の予定通り徒歩で登って、ロープウェイで下りることになりました。「いざ、出発!」と歩き始めたら、ひとりの女性が「裏登山道は七の橋が落ちていて、沢を渡って行けなくもないけど危なそうだったので引き返してきました。でも、途中までもよかったですよ。」と、親切に教えてくれました。「仕方ない、行けるところまで行ったら下りて、ロープウェイで上がりましょう。」ということになり、あらためて歩き始めました。石段を下りて車も通れる広い道を少し進むと、「裏登山道1合目」の看板がありました。難なく10分の1が終わったような感じでしたが、ここからが、やや急な石段を登ってゆく本格的な登山道です。ロープウェイの下をくぐり、閉店してしまって朽ちはじめたお店の前を通ります。




やがて沢沿いに出ましたが、この辺りから道が幾すじかに分かれていたり、行き止まりになっていたりしており、先頭の者が先の様子を見て、引き返したり進んだりするようになりました。ルートを考えながら進むのはそれで面白味もあるのですが、今回は同じ道を引き返してくるので、進むときは登れる段差も帰るときは危険なく降りられるかを考えながら進まなければなりません。「小さな砂防ダムの前を横切るときは、上から勢いよく落下する水から遠ざかると崖、近いと濡れるという感じで、「落ちるより濡れた方がマシ」と、落下する水の前を通り過ぎました。やがて、道もわかりにくくなってきたのを潮に引き返すことにしました。すると、下から家族連れが登って来ました。我々が躊躇した辺りも難なく登って来ていたのですが、我々が「七の橋が落ちて進めない」と言うと、あっさり引き返していきました。帰る足も速く、瞬く間に姿が見えなくなりました。




ロープウェイ乗り場まで戻り、ロープウェイに乗り込み、山頂駅を目指します。先ほど歩いて上った道をかすめ、ぐんぐん上昇して行きます。支柱の高さが日本一というだけあって、かなりの高さを進んで行きます。こういうところから見るとかなり急峻な傾斜に見え、こんなところを歩いて登ろうとしていたのかと思ってしまいます。山頂駅が見えてきた頃から、谷間を通る風に煽られてゴンドラが揺れはじめましたが、幸い止まることなく山頂駅に到着しました。


ここから山頂まではリフトもありますが、ハイキング目的で来たのに機械文明のお世話になりっ放しというわけにはいかないので歩きます。



 スキー場を横目に整備された道を進み、石段を上るともう山頂に到着です。なんとなく掛かっていた雲も風に流されていき、周囲の山々もよく見えました。ここは三重県と滋賀県の県境になっています。考えてみると、県境の尾根を登ったことはありましたが、山頂が県境の山は初めてでした。




琵琶湖が見えるという望湖台は岩場の迫力満点



ふだんから風が強いらしく、木がこんな感じに


天候が良ければ富士山が見える富士見岩

帰りのロープウェイから見た富士見岩

朝に登った石段

麓の湯の山温泉駅前の大道芸人わくわくブーブさん
県民割で潤った方々が投げ銭を奮発❕


翌日は伊勢神宮へ行きました。三連休の最終日なので人でごった返していました。

外宮

式年遷宮の儀式を行った場所はパワースポットに

ハートの石

内宮

五十鈴川で身を清めて(川には入りませんが…)

締めは近鉄特急の「しまかぜ」



 コロナ騒動で夏はどこにも行かなかったので、久し振りのお出掛けが楽しかったです。
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六花亭のお菓子と襟裳岬

2022-08-14 16:22:34 | 日記・エッセイ・コラム
都内から出ずに終わりそうな8月、とりあえず北海道のお菓子をスーパーで買ってきました(*^_^*)


 花の包装紙で北海道のお土産の定番にもなっている六花亭ですが、本店は帯広にあります。学生時代、卒業寸前に春先の北海道を一周、就職先の仕事始めが早かった私は、釧路で友人たちと分かれて帯広へ寄り六花亭本店に行き、直営店限定の「シーフォームケーキ」を買いました。翌日は襟裳岬を回って静内の近く、新冠に泊まる予定でした。

 翌朝、帯広は土埃が舞う強風で、街角の飲み物の自販機の取り出し口のふたがバタバタと音を立てています。道東と違って雪はほとんど残っていません。帯広駅前のバス停からバスに乗り込み、まずは帯広と襟裳岬の中間にある広尾へ向かいます。北海道の都市に多い碁盤の目のように整備された帯広の市街地を過ぎ、のどかな景色の中を進みます。途中の大きなバス停で運転手さんに「広尾で襟裳方面に向かわれる方いますか?」と尋ねられました。私が答えると「遅れているので、乗り継ぎのバスに待っててもらいますので。」と言われました。順調に走っているように感じていましたが、遅れていたようです。
 広尾で、そそくさと急かされるように待ち構えていたバスに乗り、あとは乗り換えなしで襟裳岬へ行くことができます。海岸線に出ると、天候は悪くないのに海は荒れていました。もともと襟裳岬は風が強いと聞いていたし、ふだんからこんな感じなのであろうと、構わず進むバスに頼もしさを感じていました。ところが、左は海、右は断崖という険しい地形の中で風に煽られたバスの車体がセンターラインを大きく越えて反対車線に流されたあたりで、これは普通ではないのでは?!と思い始めました。道路の上の電光板には「黄金道路 強風注意」の表示が見えます。黄金道路とは昔ゴールドラッシュで賑わった道というわけではなく、地形の険しさ故に黄金を敷き詰めるほどの建設費が掛かったという痛烈な皮肉のこもったネーミングなのです。帯広から広尾への途中にあった幸福町も入植者が苦労ばかりするので捨て鉢になって名付けたともいわれています。ほかにも船で100人が遭難したという百人浜など、住む人にとっては辛い土地であることを地名が物語っています。

 強風に吹かれながらも、バスはどうにか襟裳岬にたどり着きました。しかし、バスを降りるといきなり強風が襲い掛かります。もう強風から身を守ってくれるバスはいません。私のほかに黒ジャンパーを着た旅人らしきの男性が一人バスを降りました。襟裳岬を目指すというので、いっしょに岬へ向かって歩きます。というより、強い追い風に押されて歩かされるように灯台のある岬まで進みました。そこで写真を撮ると、黒ジャンパー氏は「帰りのバスがあるので」と、小走りに元のバス停に戻って行きました。岬で写真を撮るためだけに何時間もバスに乗ってきたのでしょうか。私が乗るのは、今来た方向とは逆の様似へ向かうバスで、時間に余裕があるので岬で海を眺めていました。岬の先は波で岩礁が見え隠れしており、沖の方まで白波が立っていて、見方によっては数日前に眺めた流氷のように真っ白な海見えました。鴎も風に煽られて飛んでいるのか飛ばされているのか、わからない状態でした。
 いざ、バス停に戻ろうとすると、今度は向かい風で思うように進めません。たまたま通りかかった乗用車が見かねて止まってくれました。とにかく乗ってと言われ、乗り込みました。「こんな風の中、どこへ行くの?」と尋ねられ、「様似です。バス停がすぐそこにあるのでそこでいいです。」と私は答え、車なら1分とかからないバス停でお礼を言って降りました。様似なら1時間以上かかるので、仮にこの車が様似に行くとしても遠慮する距離です。バス停は大きめの小屋で、扉も閉まるので風を凌ぐことができてありがたかったです。中には私と同年代のカップルと同年代の男性ひとりがバスを待っていました。バスの時間まで余裕があったので、近くの商店でパンを買ってバス停で食べました。

 ところが、時間になってバスは来ません。風で遅れているのだろうと思いながら、待っていたのですが、既に予定の時間を30分を過ぎています。さすがにこれはおかしいということで、カップルのふたりがバス会社に電話を掛けにいくことになりました。間もなく、戻ってきて女性の方が「風速30メートルを超えたのでバスは動いていないそうです。」と、言いました。
 で、どうするか。とりあえずヒッチハイクして様似方向を目指すということになりましたが、ふつうに考えて4人を乗せてくれるような車が都合よく通ってくれるとは思えないので、カップルと男性2人に分かれることになりました。
 車は思ったよりも通るのですが、手を振ったところでなかなか止まってはくれません。手を振る我々を見てスピードを上げる車もいます。やがて、通り過ぎた車窓から先ほどのカップルが手を振っているではありませんか!乗せてくれる車もあると認識し、再び来る車ごとに手をふり続けました。

 何台やり過ごしたか、ようやく1台の車が止まってくれました。子供を一人乗せたママさんで、「様似の方へ行きたいのですが、バスが風で止まってしまっているので途中まででもいいので乗せていただけませんか」というと、「様似は無理だけど、途中までなら」と乗せてもらえることになりました。子供さんも「様似まで遠いよ」と言っていました。恐縮しながら車に乗り込み、襟裳岬をあとにしました。

 30分ほど走ったところにある襟裳町バスターミナルで「ここからならバスが動いているはずなので」と降ろしてもらいました。「ありがとう。助かりました。これ食べてください。」と六花亭の包を渡すと、「なんも、なんも」と遠慮しながらも、「自分でつまみ食い用に買ったものですから」と、受け取ってもらいました。降りたあと、車を見送るとバスターミナルのロータリーを回り、今来た方向へ走り去って行きました。わざわざ我々を送ってくれていたのです。お礼しておいてよかった~。
 あれから襟裳岬に行く機会はありませんが、今でもそのお菓子を見ると襟裳岬でのハプニングとありがたい出逢いを思い出します。
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