・人はみな悲しみの器。頭を垂りて心ただよふ 夜の電車に・
「滄浪歌」所収。
岡野弘彦の代表歌である。「大学の学生部の職員として、安保反対を主張する学生達と、連日徹夜で話しあっていた頃の歌。」との自註がある。
僕の出身大学では、こういう職務を「学生担当」という。自分の考え方を横において学生に接しなければいけないので、苦しい職務であると聞いたことがある。
いわば中間管理職であるからだ。「連日徹夜で話しあった」とあるから、作者としては学生の声に誠実に耳を傾けたのであろう。学生たちの主張は、ベトナム戦争・沖縄返還・安保条約改訂の問題などを含んでいたのだろうか。
学生との話しあいのあいまに帰宅する途中の電車の中であろうか。自註は続く。「敗戦の後に俺達が貫いておくべきことを、いま学生たちが苦しんで貫こうとしていると思った。」
重い言葉である。岡野の学生時代には「片面講和か全面講和か」の問題で、東大総長の南原繁が論陣をはったくらいだから、社会が大揺れに揺れていた。
メーデー事件もあった。それを回想しながら「人は悲しみの器」と詠うとき世代をこえた共感が生まれるだろう。
「俺達が貫いておくべきこと」という思いが、のちになって歌集「バグダッド燃ゆ」に続いたのだろう。