感情について (メモ00-03)
《表現は受けとめる人がいて、
はじめて表現になる》
数年後、ひとりの女の子と出会った。
なにも見えていません
なにも聞こえていません
なんの反応もありません、といわれ、
当然、なんの表現もないとみられる子ども。
母親は病院をいくつも訪ね歩いた。
全国の療育施設や訓練施設を探し歩いた。
少しでも子どもの回復を願って。
わずかでも治る可能性を信じて。
それが、どうして私たちの集まりを訪れたのか。
出会って二年後、地域の小学校へ入学。
お母さんがバギーを押して、歩いて通える学校。
その隣に寄り添い歩く友だちの姿。
みんなと一緒に生活し、学び、遊んだ一年。
さいごの病室で彼女が耳にしたのは、
クラスメートの歌声。
きこえないといわれた子どもが、
みんなのこえに耳をかたむける。
みえないといわれた子どもが、
みんなのすがたをさがして首をまわす。
聞きたい声が聞こえるように
子どもの耳はできているらしい。
みんなの声に首をかたむけ、
よびかけてくれるみんなのすがたが
彼女には見えていたらしい。
さいごのお別れに、
彼女の家の前に並んだクラスの子どもたち
その姿と声が、いまも私のなかで繰り返し再生されるたび
彼女がその気配の静けさとともに伝えた数々の表現は
子どもたちに受けとめられていたとわかる。
あの子たちは誰ひとり
彼女がなにも分からなかったなどとゆめゆめ思わない。
彼女が何も感じず、何も表現しなかったなどと一生思わない。
子どものみている世界。
きいている世界。
感じている世界。
子どもの表現を受けとめる母親の佇まいが、
あまりに似ていることを、いま思い出して驚いている。
赤ん坊の寝息のようにかすかに表われる表現を、
受けとること、聴き取ることには、
同じ作法があるようにおもう。
(つづく)
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