「無題」 (十五)―⑧

2013-04-29 09:26:47 | 小説「無題」 (十一) ― (十五)



                 「無題」


                 (十五)―⑧


 作業日程をすべて終えて帰る日には避難所で被災者を励ますた

めに校庭でコンサートが催された。放射線被ばくの不安が頭を過ぎ

る県内にわざわざその危険を冒してまで励ましに訪れる名の売れた

ミュージシャンはいなかったが、それでも、県内で活躍するミュー

ジシャンたちが集まってプログラムを埋めた。「3・11」後も被

災地では頻繁に群発地震が発生し、ニュース速報はきまって震源地

を「福島県浜通り」と報じていた。決して地震さえも過ぎ去ったこ

とではなかったし、そしてふたたび原発事故に被害をもたらすので

はないかと悪い予感しか頭に浮かんでこなかった。誰もが予測でき

ない地震の恐怖と目に見えない放射線の恐怖に怯えていたのでコン

サートは思いのほか気分転換になったに違いない。その後には被災

者らによるカラオケ大会まで用意されていた。

 わたしはすべての活動を終えて帰り支度を済ませ世話になった人

や顔なじみになった人々にあいさつをしてから、素人がカラオケで

唄う吉永小百合の「寒い朝」に送られながら避難所を抜け出してカ

バンを背負ってひとり県道で支援団体が手配したバスを待った。と

ころが、予定の時間が過ぎても一向にバスが来ないので事務局へ問

い合わせるとどうやら何かアクシデントが発生したらしい。すでに

予定の時間を30分も過ぎていた。事務局の女性は「もうすぐ、も

うすぐ」と答えるばかりでわたしもその場を離れるわけにいかず仕

方なく佇んでいると、通り過ぎるはずのワゴン車がわたしの前で停

車した。会津ナンバーのその車には3人の男女が乗っていて、運転

していた青年は開いたドアウィンドから顔を覗かせて、

「どこまで行かれるんですか?」

と声を掛けた。彼らはさっきのコンサートで歌を唄っていたグルー

プだった。わたしは、

「会津へ方へ帰るんだけどね」

と言って、それから経緯を説明すると、彼は、

「ぼくらもそっちへ行くので、よかったら送ってあげますよ」

と誘ってくれた。わたしは車の中を窺いながら、

「でも、」

と言うと、後部座席にいた若い女性が身体を起こして、

「どうぞ、どうぞ」

と、快く声を掛けてくれた。女性の隣に座っている男性も微笑んで

いた。わたしは、早速ケイタイで再び事務局にデンワをしてバスを

キャンセルしたいと言うと、今度は「きっとその方がいいみたい」

とあっさり答えた。わたしはドライバーに頭を下げて、

「いいですか?」

と言うと、彼は助手席のロックを外してドアを開けてくれた。話し

を聞けば彼らの行き先はわたしが戻る実家のすぐ近くだった。わた

しが自分の名前を言うとドライバーの男性は、サイドブレーキを外

しながら自己紹介した。

「おれ、みんなからバロックって呼ばれてます、よろしく」


                                (つづく)