「無題」 (十七)―②

2013-10-08 12:13:45 | 小説「無題」 (十六) ― (二十)



         「無題」


         (十七)―②


 毎日の関心がもっぱら放射能汚染に向けられていたので話しは自

ずから原発事故のことになった。わたしは、ガカが持ってきてくれ

た缶ビールのプルタブを開けながら、

「もう原発はムリでしょ?」

とつぶやくと、バロックの義理の父である「ゆーさん」が、

「どうせまた喉元過ぎればだよ」

と言って、一気にビールを喉に流し込んだ。

「プッファーッ!やっぱりビールは風呂上りに限るなあ」

すると、バロックが、

「せやけど、ゆーさん、放射能は喉元過ぎても熱いまんまやで」

「たしかに、ウンコになっても放射能をまき散らす」

わたしは缶から口を放して、

「じゃダメじゃないですか!」

「まあ、それが自然な考え方やけど」

「自然じゃダメですか?」

「だって科学文明というのは自然に逆らって成り立っているんやか

ら」

「ま、そうですけど」

「そもそも機械文明はエネルギーがなければ何の役にも立たない」

「ええ」

「それじゃあ、原発に反対する者は文明社会を捨てることができる

のか」

「なんでそんな極端な話になるんですか」

「確かに極端やけど、原発反対を訴える者はそこまで覚悟してない」

「もちろんそうですよ」

「しかしな、電気代を上げると言うと挙って猛反対するんじゃそも

そも脱原発なんて実現するはずがない」

「値上げを認めろと言うのですか?」

「もちろん!いまの倍になっても仕方がない」

「そんなことになったら、日本はメチャクチャになりますよ」

「そうなんや、ほんとはメチャクチャになるはずなんや。ところが、

何もなかったようにこれまで通り暮らそうとする」

「つまり、原発に依存しながら原発に反対するのはおかしいと言う

のでしょ」

「反対するのならこれまで通りの生活、つまり経済優先を改めない

限り脱原発なんてまた喉元だけの話で終わってしまうよ、きっと」

「だけど、経済だって大事でしょ」

「じゃあ、お金と命とどっちが大事なんや?」

「そりゃぁもちろん命ですよ」

するとバロックが、

「生存は経済に先行するやな」

と、口を挟んだがゆーさんは続けた。

「そもそも原発の是非を議論するときに経済問題を持ち出すのは間

違ってると思う。脱原発が経済リスクであることは判り切ったこと

やないか」

「原発リスクと経済リスクは同列に語れないと言うのですか?」

「だって、経済リスクは原発リスクまでもたらさないが、原発リス

クは経済リスクさえももたらす。それどころか、再び事故が起こ

れば経済どころか国家存亡のリスクまでもたらすやないか」

すると、またバロックが、

「つまり、原発リスクは経済リスクに先行するってことやろ、ゆー

さん」

ゆーさんは、バロックのことばに頷いてから、缶を逆さにして残っ

たビールを喉元に流し込んだ。

                         (つづく)