さほど熱心な拓郎ファンではなかったつもりのワタクシが、生まれて初めて拓郎のライヴに出かけたのが、2006年12月のこと。
神戸国際会館こくさいホールの、ワタクシの周囲の客席に座る身も知らぬオジサン、オバサン達の熱気に惑わされて、休憩なしの後半ステージでは、いつしか皆と一緒に大合唱の輪に入り込んでしまった。
こくさいホールのPAシステムから流れる拓郎本人の歌声と一緒に歌った、あの時の『春だったね』や『洛陽』を思い出すたびに、胸だけでなく、背筋も熱くなってくる。
全国ツアーの途中で、体調が悪化し、ツアー後半がキャンセルとなってしまったのは、その翌年だったろうか?
そして、今年、スケジュールに十分配慮して、万全の体調管理で臨んだはずの最後の全国ツアー(全国をめぐるツアーとしては最後という意味であって、ツアーあるいはライヴ活動が最後だなどとは誰も言っていない)の途中、再び体調が悪化し、7月8日の大阪公演の開園1時間前にキャンセルになったという。
そして、それに続く福岡、広島、神戸の3公演のキャンセルが発表された。
ワタクシは、そのキャンセルになってしまった神戸公演のチケットを握り締めて、ボーゼンとしているのだ。
会場は、ワタクシの初めての拓郎ライヴ同じく神戸国際会館こくさいホール。
当初は神戸に泊まる予定だったが、翌日のスケジュールの関係で、クルマで出かけて、日帰りするつもりだった。
国際会館付近の駐車場はというと、国際会館のすぐ向かいのパーキングビルが一番近いのだが、あそこはちょっと高かった気がして、もう少し海寄りの方へ行くと、もちょっと安い駐車場があったはずだが、近くて高い駐車場と遠くてちょっとだけ安い駐車場のどちらにクルマを置こうかと考えていた矢先だった、、、、、、、、、、
拓郎ファンは、熱くてジェントリーだ。
昔は、かなりやんちゃだった奴が多いだろうと思う。
体調不良のためにコンサートがキャンセルになって、一番ショックなのは拓郎本人だというのは、皆わかっている。
おそらく、
キャンセルになったからといって、大声で不満を口にしたりはしないだろう。
また聞きだが、開演1時間前にキャンセルが発表された7月8日の大阪公演では、すでにホール前にはツアーグッズの販売所も開設されていて、後はホールへの入場を待つばかりとなっていたらしい。
それでも、怒って暴れるような人はいなかったのではないだろうか?
(いたかも知れないが、、、、、、)
5回目くらいの先行販売で、やっと抽選勝ちしたチケット。
そんなに良い席でもないが、そんなに悪い席ではないと思う。
記念に持っておくという選択肢もない訳ではないが、次の機会を信じて、払い戻し手続きをしよう。
払い戻しのためにはチケットぴあへ郵送しなければならなくて、実は、これがちと面倒なのだが。
拓郎とツアー関係者ににお願いしたい。
次のライヴの機会には、今回、キャンセルになってしまった分を取り戻そうなんて考えないでほしい。
場所は、ワタクシが日帰りできる神戸や大阪でなくても良い。
たとえ全国どこのホールでも、きっと抽選勝ちしたチケットを手にして、開場待ちする気力は、まだまだ持ち合わせているから