誰かのインクで、書くのはやめてね。明日からせめて責任をもってね。
鈴木祥子「paingiver」
事務所のドアを開けた。やっぱり「カミサマ」はいた。資料を作ってた。
ワタシに気付くと、いつもの笑顔を向けた。
「カミサマ」-神明(ジンアキラ)さんは北斗銀行羅王支店総務課長だ。
事務を一人で切り回してる。前は本社の人事部長だったけど、リストラで
この店に来たとの噂だ。優しくソフトな語り口に女性社員は皆「カミサマ」と
呼んで慕ってる。ただし、男性社員にウケは悪い様だ。
面倒な仕事ばかり押し付ける。本社指示で辞めさせようとしてるらしい。
その週、カミサマは3日位支店にいなかった。本社に呼び出されたらしい。
仕事は大きく滞った。事務処理はミスだらけクレームも多かった。
4日目カミサマはやっと出社し席に付くとトラブルを次から次へと処理した。
1ヶ月後、本社から内部調査室が抜き打ちで来て監査が始まった。
支店長や副支店長が何度も呼び出され、真っ青になってた。
監査が終って直ぐ、支店長が解雇された。新支店長が説明してくれた。
本社の営業本部長の指示でウチの支店長が不正をしていたこと。
お客様のお金を不正に使い政治家やヤクザと癒着してた事。
内部告発があって、その事実が発覚した事。
不正はいろんな店であって多くの幹部が解雇されたと。
ワタシ等はワケ分からず、お客様にお詫びの挨拶訪問を続けた。
事の発端がカミサマにあった事を知ったのは、すぐだった。
内部告発したのはカミサマだったらしい。
カミサマが営業マンに問い詰められたり殴られたりしてるのを見た。
とめたかったが怖くて出来なかった。
それからのカミサマへの嫌がらせは酷い物だった。それはイジメだった。
でも、カミサマは毎日出てきた。誰もカミサマに話しかけようとしなかった。
カミサマはただ目の前の仕事を淡々とこなしていた。
しばらくして・・・カミサマが会社を辞めた。
退職の日、カミサマは挨拶回りしたが、誰もが無視してた。
ワタシの席にも挨拶に来てくれた。何か言いかけたワタシを制し、
カミサマは笑って手を振った。
1ヶ月後カミサマからメールが来た。会いたいと言う。
指定のお店に行った。聞きたい事がイッパイあった。
カミサマは静かに話出した。
本社で人事部長してた頃500人の社員のクビ切りをした事。
でも、それは営業本部長が対抗する派閥をつぶすため仕組んだこと。
それを知ってカミサマが怒ったこと。
「気付いたら営業本部長を殴ってた。そして支店に飛ばされた。」
「支店で酷い目にあった。それは自分に対する罰と思った。
知らないとは言え、あんな事したんだ。罰せられて当然だ。
だが営業本部長だけは許せなかった。罰すべきと思った。」
「調べたら彼も彼の配下の支店も不正だらけ。必死に証拠を集めた。」
「そして内部告発。ようやくアイツを追い出せた。」
このヒト誰だろう?ワタシは・・・誰と話しているんだろう。
このヒトはワタシが知ってるカミサマじゃない。まるっきり別のヒトだ。
「課長のお怒りは分ります。でも皆家族や生活があります。
キレイ事じゃ済まない事ってあるんじゃないですか?そこまでしなくても」
カミサマはワタシを真っ直ぐと見た。怖いくらい真っ直ぐとした目だった。
「そうは行かない。彼らは悪いことをしたんだ、多くのヒトを苦しめた。
罰を受けるべきだ。適当に済ませてイイワケがない」
「何々ですか?貴方何様ですか?貴方にヒトを裁く権利があるんですか?」カミサマは可笑しそうに笑った。
「キミたちは僕のことカミサマって呼んでたんだってね」ワタシは慌てた。
「僕はカミサマなんかじゃない。カミサマの様に誰でも許せはしないよ」
ワタシは黙り込んだ。
店を出た。カミサマはワタシに向かって手を出した。
「ここでお別れだ。握手してくれるかな?」ワタシはその手を握り返した。
「実はあの店で働くのキツくてね。何度も辞めようかと思ってた。」
「でも最後まで頑張れたのはキミがいたからだと思う」ドキッとした。
「キミには僕の本当の姿を知って欲しかった。だからもう1度逢いたかった」
「ワタシも・・」と言いかけたのに声が出なかった。
「もう逢うことはないだろう。元気でね。ホントにありがとう。」
カミサマはそう言って歩き出した。
ワタシは・・・カミサマの後姿をずっと見送ってた。
カミサマの姿はやがて小さくなって見えなくなった。
それでも、ワタシはいつまでもカミサマがいた所をボンヤリ見てた。