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あの場所には戻らない どこにもかえらない
鈴木祥子「どこにもかえらない」
ドアが開き、ホームに降りた。
何処からか土の香りがする。駅の裏にある山の匂いだろう。
5年ぶりの帰省。妹は「ひさしぶり」と少し怒った顔で出迎えた。
「ずいぶんなご無沙汰ね。」「忙しかった」「でも正月くらいは」「まあな」
妹の言うとおりだ。
これまでも、何度か帰って来いと親や兄弟から誘いはあったのだが
何か帰る気になれなかった。その気になれなかった。・・・どうしてだろう。
窓の外に景色が流れている。ここも随分変わった。
何だか・・・知らない街に来たようだ。たった5年なのに・・・。
いや・・もう5年も経っているのか・・・。
家に着くと、両親、近くに住んでいる兄、妹のダンナが出迎えてくれた。
久しぶりに口にする母親の手料理も美味い。色々と話して笑った。
翌日、街を歩いてみた。何だかこの街が小さく道が狭く感じた。
地元の友人と会ってみた。飲んで楽しかった。仕事の話、家庭の話。
を聞いて「みんな頑張ってるんだな」と嬉しかったし励まされた。
だけど。。少し違和感を感じた。友人の話にどこかで入り込めない自分がいた。
それから家でゴロゴロしたり街を歩いたり最初はよかった。楽だった。心地よかった。
しかし・・・そのうちイライラし出した。ウチにいるのが・・苦痛になってきた。
「5年」は長かった。「ここ」でのボクの過ごした時間は5年前に終っている。
でも、家族も友人の「ここ」での時間は5年分進んでいる。
僕と彼らの「生活」には「5年間」という「壁」が出来てしまった。
違う場所で過ごした時間、共有の時間はもはや無い。
その壁は・・空き間は・・きっと埋められない、埋らない。
家族は暖かい・・でもそれは短期間一緒に過ごしているから。
ホンの数日だから・・・穏やかに仲良く過ごせるのだ。
一緒に住みだしたら・・以前の様な諍いや口論が耐えないだろう。
数日過ごしているうちに段々この街にいるのが苦しくなってきた。
早く東京に「戻りたい」という気になって来た。
どうやら、5年という月日は僕から「故郷」を奪ってしまったようだ。
ずっと「帰りたい」と思ってた。でも、それは勘違いだったようだ。
いや、そんなことはずっと前から分かっていたのだ。
ここは、最早「帰るところじゃない」って・・。
ここには自分の居場所は「もうない」・・って。分かっていた筈なのに。
なのに・・・。
ここに「帰ったら」何かイイことがあるように思ってた。
でもそんなことある訳がなかった。
ここではもう僕は「よそ者」なのだ。
自分の「生活」は今は「東京」にあるのだ。
東京に「戻っても」別に楽しい事が待ってる訳じゃない。
恋人や友人がいる訳じゃない。
相変わらず退屈な日常があるだけだ。
独りアパートの部屋でうずくまってる夜があるだけだ。
あの部屋が、僕の「帰る場所」って訳じゃない。
だけど・・そうやって10年間頑張って来たのだ。独りで、何とかやってきたのだ。
あそこが好きな訳じゃない。あそこに幸福(しあわせ)や夢がある訳じゃない。
でも・・じゃあ何処に行けばイイというのだ?
ここに戻っても一緒だ。何処に行ったって同じだ。
1週間過ぎて、東京に戻った。「家」を出るとき母親は「またおいでね」と
寂しそうだった。少し申し訳ない気持ちだった。
もう、ここには「帰って来る」ことはないだろう。ここは僕の「帰る場所」じゃない。
楽しくなくても、苦しくても、あそこでやっていくしかない。
電車の窓を流れる景色を見てて・・・思った。
「30過ぎて・・家出したんだな」。何だか笑ってしまった。
東京に着き、部屋に「戻って」じっと座り込んでた。
どういう訳か故郷の「家」にいるより、「此処」にいる方が落着く。
もう「休暇」は終わったのだ・・・・・。
明日から・・また・・いつもの「生活(くらし)」が始まる・・・。
あの場所には戻らない どこにもかえらない
鈴木祥子「どこにもかえらない」
ドアが開き、ホームに降りた。
何処からか土の香りがする。駅の裏にある山の匂いだろう。
5年ぶりの帰省。妹は「ひさしぶり」と少し怒った顔で出迎えた。
「ずいぶんなご無沙汰ね。」「忙しかった」「でも正月くらいは」「まあな」
妹の言うとおりだ。
これまでも、何度か帰って来いと親や兄弟から誘いはあったのだが
何か帰る気になれなかった。その気になれなかった。・・・どうしてだろう。
窓の外に景色が流れている。ここも随分変わった。
何だか・・・知らない街に来たようだ。たった5年なのに・・・。
いや・・もう5年も経っているのか・・・。
家に着くと、両親、近くに住んでいる兄、妹のダンナが出迎えてくれた。
久しぶりに口にする母親の手料理も美味い。色々と話して笑った。
翌日、街を歩いてみた。何だかこの街が小さく道が狭く感じた。
地元の友人と会ってみた。飲んで楽しかった。仕事の話、家庭の話。
を聞いて「みんな頑張ってるんだな」と嬉しかったし励まされた。
だけど。。少し違和感を感じた。友人の話にどこかで入り込めない自分がいた。
それから家でゴロゴロしたり街を歩いたり最初はよかった。楽だった。心地よかった。
しかし・・・そのうちイライラし出した。ウチにいるのが・・苦痛になってきた。
「5年」は長かった。「ここ」でのボクの過ごした時間は5年前に終っている。
でも、家族も友人の「ここ」での時間は5年分進んでいる。
僕と彼らの「生活」には「5年間」という「壁」が出来てしまった。
違う場所で過ごした時間、共有の時間はもはや無い。
その壁は・・空き間は・・きっと埋められない、埋らない。
家族は暖かい・・でもそれは短期間一緒に過ごしているから。
ホンの数日だから・・・穏やかに仲良く過ごせるのだ。
一緒に住みだしたら・・以前の様な諍いや口論が耐えないだろう。
数日過ごしているうちに段々この街にいるのが苦しくなってきた。
早く東京に「戻りたい」という気になって来た。
どうやら、5年という月日は僕から「故郷」を奪ってしまったようだ。
ずっと「帰りたい」と思ってた。でも、それは勘違いだったようだ。
いや、そんなことはずっと前から分かっていたのだ。
ここは、最早「帰るところじゃない」って・・。
ここには自分の居場所は「もうない」・・って。分かっていた筈なのに。
なのに・・・。
ここに「帰ったら」何かイイことがあるように思ってた。
でもそんなことある訳がなかった。
ここではもう僕は「よそ者」なのだ。
自分の「生活」は今は「東京」にあるのだ。
東京に「戻っても」別に楽しい事が待ってる訳じゃない。
恋人や友人がいる訳じゃない。
相変わらず退屈な日常があるだけだ。
独りアパートの部屋でうずくまってる夜があるだけだ。
あの部屋が、僕の「帰る場所」って訳じゃない。
だけど・・そうやって10年間頑張って来たのだ。独りで、何とかやってきたのだ。
あそこが好きな訳じゃない。あそこに幸福(しあわせ)や夢がある訳じゃない。
でも・・じゃあ何処に行けばイイというのだ?
ここに戻っても一緒だ。何処に行ったって同じだ。
1週間過ぎて、東京に戻った。「家」を出るとき母親は「またおいでね」と
寂しそうだった。少し申し訳ない気持ちだった。
もう、ここには「帰って来る」ことはないだろう。ここは僕の「帰る場所」じゃない。
楽しくなくても、苦しくても、あそこでやっていくしかない。
電車の窓を流れる景色を見てて・・・思った。
「30過ぎて・・家出したんだな」。何だか笑ってしまった。
東京に着き、部屋に「戻って」じっと座り込んでた。
どういう訳か故郷の「家」にいるより、「此処」にいる方が落着く。
もう「休暇」は終わったのだ・・・・・。
明日から・・また・・いつもの「生活(くらし)」が始まる・・・。