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彼は死んだ、ここで殺した
わたしの手で、優しい手で。優しい手で。
鈴木祥子「舟」
ドアを開けた。「告井さん、検診ですよ」。ベッドの横に男のヒトがいた。
彼はお辞儀をした。「ご家族?」「息子です。父がお世話になっています」
「彼」はそう言うとまた頭を下げた。
ここは小淵沢にある老人ホーム。ワタシはここで係りつけの医者として働いている。
告井さんは眠っていた。「スミマセンお任せキリで見舞いにも来ないで」「いえ」
「仕事にかまけてつい」「彼」は父親を見ると溜息をついた。
「親父・・・手がかかって大変でしょう。すぐ怒るし」
確かにそれは事実だった。告井さんは他の入居者にも看護士にも評判が悪かった。
黙りこんだワタシを見て彼は少し笑った。ワタシは頭を下げると部屋を出た。
あのヒト、何故笑ったんだろう?何か見透かしたような笑い方だった。
そう言えば会うのは初めてじゃない。お父さんの入院のとき会った筈だ。
静かで・・温和しくて・・印象が薄い人だった。
夕方になってもう1度、告井さんの部屋の前を通る。ドアが少し開いてた。
声をかけようとして止めた。父親は相変わらず寝てる。
「彼」はじっと父親を見下ろしている。 腕が動いた。少しづつ前に伸びる。
・・・ゆっくりだけど・・迷いのない動きだ。
ワタシはドキドキしていた・・・声を出さなくちゃ・・・でも動けない。
「彼」の手が父親の首に届く。指が首に喰いこむ。そのまま絞めようとしてる。
「彼」は相変わらず父親を見下ろしてる。冷たい・・・蔑むような瞳(め)で。
ワタシはドアをバンと開けた。目が合った。「彼」は深くため息をついた。
「どういうことですか?説明してください!事と次第によっては警察を呼びますよ!」
事務室で彼は座っていた。「自分の父親じゃないですか?それをよくもあんな」。
「父親じゃない」彼は返事した。強く、暗い声だった。
「確かに血は繋がってる。でも、あんなの僕の父じゃない。」「説明してください」
彼は・・・薄く笑った。とても寂しそうな笑い顔だった。見てて心が凍った。
「父は最低の男でした。外づらはイイけどウチに帰ると母と僕を殴ってばかりで。
毎日地獄でした。」
「優しい言葉をかけられた事なんて無い。毎日殴られ、蹴られ・・
しばらくして母が逃げ出した。僕一人をおいて」
「僕も高校卒業と同時に家出。一生懸命働いて出世してそうしたら父親が現れた。」
「また暴力の日々。でもある日事故に合って入院。そして、ここに押し込んだ。
やっと解放された。」「しばらくぶりに様子を見に来て僕を見たら・・・
親父のヤツ・・あんた?誰だ?って・・すっかりボケてた。・・許せなかった。」
「散々酷い目に合わせながら・息子を忘れている事が、気づいたら首を絞めてた。」
彼は一気に話すと、黙った。「酷いですよねぇ・・忘れるなんて」彼は笑った。
「先生・・血って・・・家族って何なんでしょうね」「・・・」
「父は人を愛せる人じゃなかった。家庭を持つべきじゃなかった」
「・・もし僕が隣の家に生まれたら別の人生があったかも知れないのに」
「告井さん、ご結婚は?奥さんやお子さんは?」
「出来ませんよ。僕にも父親の血が流れてるかと思うと怖くて家族なんて持てない」
「憎いのに忘れたいのに・・会わなければ気になって・・会えばまた憎くなって・・」
「いいじゃないんですか。憎めば。そこまで憎めるのは・・親だからでしょ?」
「先生はご両親は?」「死にました。15年前に」「それはどうも」「心中でした」
「高校生の時、父親と母親は心中しました。姉と弟を連れてワタシだけが残りました」
「悲しかった。家族が死んだ事が、じゃありません。ワタシだけ残されたことが。」
「それから荒れて・・大人になるまで何度も自殺未遂をして・・散々でした。」
「だからワタシも家族いません。家族を持つのが怖いんです。」
「また置いていかれると思うと・・フフ馬鹿みたいでしょ?」
彼は急に顔を覆うと泣き出した。ワタシもそれを見て泣いた。二人でオンオン泣いた。
その夜、ワタシは彼と酒を呑み・・話して・・・そして彼はワタシの部屋に泊まった。
翌日、ワタシは車で彼を駅まで送った。駅前で彼は降りた。彼とワタシは握手した。
「ありがとう。また来ますよ。親父じゃなくて先生に会いに」「ハイ、待ってます」
駅に入るところでもう彼は振り向きワタシに笑った。ワタシは手を振った。
彼の姿が見えなくなるとワタシは車をスタートした。なんか涙が出てきた。
これからは・・・一人じゃないかも・・誰かと生きていけるのかも。
車を走らせながら・・・ワタシはひたすら泣いた。
彼は死んだ、ここで殺した
わたしの手で、優しい手で。優しい手で。
鈴木祥子「舟」
ドアを開けた。「告井さん、検診ですよ」。ベッドの横に男のヒトがいた。
彼はお辞儀をした。「ご家族?」「息子です。父がお世話になっています」
「彼」はそう言うとまた頭を下げた。
ここは小淵沢にある老人ホーム。ワタシはここで係りつけの医者として働いている。
告井さんは眠っていた。「スミマセンお任せキリで見舞いにも来ないで」「いえ」
「仕事にかまけてつい」「彼」は父親を見ると溜息をついた。
「親父・・・手がかかって大変でしょう。すぐ怒るし」
確かにそれは事実だった。告井さんは他の入居者にも看護士にも評判が悪かった。
黙りこんだワタシを見て彼は少し笑った。ワタシは頭を下げると部屋を出た。
あのヒト、何故笑ったんだろう?何か見透かしたような笑い方だった。
そう言えば会うのは初めてじゃない。お父さんの入院のとき会った筈だ。
静かで・・温和しくて・・印象が薄い人だった。
夕方になってもう1度、告井さんの部屋の前を通る。ドアが少し開いてた。
声をかけようとして止めた。父親は相変わらず寝てる。
「彼」はじっと父親を見下ろしている。 腕が動いた。少しづつ前に伸びる。
・・・ゆっくりだけど・・迷いのない動きだ。
ワタシはドキドキしていた・・・声を出さなくちゃ・・・でも動けない。
「彼」の手が父親の首に届く。指が首に喰いこむ。そのまま絞めようとしてる。
「彼」は相変わらず父親を見下ろしてる。冷たい・・・蔑むような瞳(め)で。
ワタシはドアをバンと開けた。目が合った。「彼」は深くため息をついた。
「どういうことですか?説明してください!事と次第によっては警察を呼びますよ!」
事務室で彼は座っていた。「自分の父親じゃないですか?それをよくもあんな」。
「父親じゃない」彼は返事した。強く、暗い声だった。
「確かに血は繋がってる。でも、あんなの僕の父じゃない。」「説明してください」
彼は・・・薄く笑った。とても寂しそうな笑い顔だった。見てて心が凍った。
「父は最低の男でした。外づらはイイけどウチに帰ると母と僕を殴ってばかりで。
毎日地獄でした。」
「優しい言葉をかけられた事なんて無い。毎日殴られ、蹴られ・・
しばらくして母が逃げ出した。僕一人をおいて」
「僕も高校卒業と同時に家出。一生懸命働いて出世してそうしたら父親が現れた。」
「また暴力の日々。でもある日事故に合って入院。そして、ここに押し込んだ。
やっと解放された。」「しばらくぶりに様子を見に来て僕を見たら・・・
親父のヤツ・・あんた?誰だ?って・・すっかりボケてた。・・許せなかった。」
「散々酷い目に合わせながら・息子を忘れている事が、気づいたら首を絞めてた。」
彼は一気に話すと、黙った。「酷いですよねぇ・・忘れるなんて」彼は笑った。
「先生・・血って・・・家族って何なんでしょうね」「・・・」
「父は人を愛せる人じゃなかった。家庭を持つべきじゃなかった」
「・・もし僕が隣の家に生まれたら別の人生があったかも知れないのに」
「告井さん、ご結婚は?奥さんやお子さんは?」
「出来ませんよ。僕にも父親の血が流れてるかと思うと怖くて家族なんて持てない」
「憎いのに忘れたいのに・・会わなければ気になって・・会えばまた憎くなって・・」
「いいじゃないんですか。憎めば。そこまで憎めるのは・・親だからでしょ?」
「先生はご両親は?」「死にました。15年前に」「それはどうも」「心中でした」
「高校生の時、父親と母親は心中しました。姉と弟を連れてワタシだけが残りました」
「悲しかった。家族が死んだ事が、じゃありません。ワタシだけ残されたことが。」
「それから荒れて・・大人になるまで何度も自殺未遂をして・・散々でした。」
「だからワタシも家族いません。家族を持つのが怖いんです。」
「また置いていかれると思うと・・フフ馬鹿みたいでしょ?」
彼は急に顔を覆うと泣き出した。ワタシもそれを見て泣いた。二人でオンオン泣いた。
その夜、ワタシは彼と酒を呑み・・話して・・・そして彼はワタシの部屋に泊まった。
翌日、ワタシは車で彼を駅まで送った。駅前で彼は降りた。彼とワタシは握手した。
「ありがとう。また来ますよ。親父じゃなくて先生に会いに」「ハイ、待ってます」
駅に入るところでもう彼は振り向きワタシに笑った。ワタシは手を振った。
彼の姿が見えなくなるとワタシは車をスタートした。なんか涙が出てきた。
これからは・・・一人じゃないかも・・誰かと生きていけるのかも。
車を走らせながら・・・ワタシはひたすら泣いた。