草野心平
富士山 作品第肆
半紙
爪楊枝
●
川面(かわづら)に春の光はまぶしく溢れ。そよ風が吹けば光たちの鬼ごっこ葦の葉のささやき。行行子(よしきり)は鳴く。行行子の舌にも春のひかり。
土堤の下のうまごやしの原に。
自分の顔は両掌(りょうて)のなかに。
ふりそそぐ春の光りに却って物憂く。
眺めてゐた。
少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。それをなはにして縄跳びをする。花環が円を描くとそのなかに富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。
耳には行行子。
頬にはひかり。
●
懐かしい詩。草野心平はすごい! この詩は、いまだにぼくの春の心象風景です。
この詩は、たしか、高校の時の教科書に載っていたような気がします。もともと理系志望だったぼくが、「文転」せざるを得なかったとき、高校の国語の時間ほどありがたいものはありませんでした。そのおかげで、辛うじて、ぼくは「国語教師」として生きのびることができたような気がしています。