快晴で春麗の今朝、丁度58年前の午前4 時54分、父の脈の拍動が浅小になって遂に途絶えたのであった。私の右手人差し指と中指が上腕動脈を、それに親指が父の前腕下端を支えていた時であった。歯科医師となって10年目、医師となって2年目の晩春であった。母が盛んに“お父さん”と叫んでいたが、その声も脈の停止と共に事切れとなって行った。寂しい空白が頭の中と胸郭を、ひた走りに通り過ぎていった。齢は行年73歳であった。奮闘努力壮烈な死であった。一応同僚のN医師に診断書を書いて貰い、家内や実姉と共に、その後の手続きを進めたのであった。今にして憶えば何でもっと孝養を尽くさ無かったのか、大事にして上げれなかったのか、大いに悔いが残っている昨今である。半世紀余を過ぎてしまった今日、転た感慨無量である。就床時寝れない時には、父母の行動の軌跡を歩み想起する時、安らかな眠りに着く事が出来るのである。有り難い事である。今日の健康そして3度の現職に着けたのも父母のお蔭であった。涙無くしては語れない由来の有り難い父母からの贈り物であった。それがこの体と精神である。感謝の心は年ごとに増大して、止まないのである。写真は、見事な京都の上加茂神社の藤棚である。