4日間に亘る車での故郷訪問は今回これで幕が閉じられた。全て心残りなく会うべき人には会ったし、先祖・恩師のお墓参りも全て終了し、お礼やお願いの祈願も、つい先日の家内と一緒の田舎参りを含めて、心残り無く、全て終えたことである。爽やかで清々しい思いで気持ちが落ち着いている。全て車での往来だったので、本日午後4時12分、無事帰京し帰宅した喜びは大きいものである。借金はもとより、気持ちの上での貸し借りも全く無く、これでサッパリだ!。娘も息子もきっと喜んでくれると思う。6月30日、この日は丁度半年間の大祓の日である。半年の鬱滯した事柄や,罪科汚れなどを綺麗に洗い流して、7月1日から奮起大出発の日である。体力気力で頑張ろうと思う。
昨日の晴天酷暑が一転、一夜明けて、そぼ降る雨の涼しい朝を迎えた。今日は1年の半分大祓の日である。早朝6時50分電話のベルが鳴り何かと思えば、一昨日訪問した恩師の息女の、ご主人早川さんだった。受付ロビーで暫し歓談した。今朝取れ立ての新鮮な野菜を届けて下さったのだ!恐縮で何とも感激だ。記念の写真を一緒に撮った。偶々早川元課長は今日が誕生日だそうである。積もる話を終えて玄関まで送りお分かれした。その時、自分史の一部なりとも、もしか有ったら分与をと言って、懇請された次第である。早朝からの嬉しい有り難いスタートとなった。これから内田家のお墓参りを懇ろに午前中済ませて、その後午後1時高校の宮崎先生のお招きも有って、卒業した高校(旧制中学)へ訪問しようと思う。これまた有り難く貴重なことである。
昨夜の驟雨もすっかり止み今朝は太陽の光が目映く一杯に光り輝き、青空が限りなく広がって暑い日差しが午前6時の窓辺を照りつけている。絶好の行楽日和(金子君との自転車周遊散歩)である。昨夜遅くホテルに高校の先生から是非学校に来校されますようにと、お誘いを受けたが、この月曜の金子君の休日こそは、長年の二人だけの町中隈無く見物し至る所の写真を撮り、時間を掛けての絶好の限定された曜日なのであり、高校訪問は他日でも出来ることなので、日を変更して貰うこととし、朝早く電話でお断りをしたところだ。さて朝食をとって早速カメラの充電を確かめ帽子にタオルを用意して出掛けよう!}
町中に矢鱈に目立つのが空き地だ。空地その侭であったり駐車場になっていたりで、何ともあちこちに家が無い風景が目立ち異常である。好天に恵まれ太陽の降り注ぐ故郷の田園風景を午前中一杯自転車で金子君と二人で散策した。皐月空の晴天は日照りが強いがそよ風が心地よく頬を撫で気分爽快である。正午過ぎ名物うどんを食べて、金子君宅で小憩の後、一人で恩師の墓参に出掛けた。道路が四通八達して分かり難く、迷うこと多かったが、午後4時目指す3先生の墓参を済ませて帰着、気持ちも整理出来て、何とも爽快であった。
町中に矢鱈に目立つのが空き地だ。空地その侭であったり駐車場になっていたりで、何ともあちこちに家が無い風景が目立ち異常である。好天に恵まれ太陽の降り注ぐ故郷の田園風景を午前中一杯自転車で金子君と二人で散策した。皐月空の晴天は日照りが強いがそよ風が心地よく頬を撫で気分爽快である。正午過ぎ名物うどんを食べて、金子君宅で小憩の後、一人で恩師の墓参に出掛けた。道路が四通八達して分かり難く、迷うこと多かったが、午後4時目指す3先生の墓参を済ませて帰着、気持ちも整理出来て、何とも爽快であった。
昨日故郷へ着いて2日目の今日、これから友人廻りを車であちこちしようと思う。日曜日なので商業を営む知人、定年後の知人、診療が休みの友人など、生活形態がそれぞれ違うのでいつ頃何処へ行ったら良いか、順序と道順を思案中で、あと30分もしたら出発しよう。幸い天気は曇り、今日一杯は良さそうだが明日が一寸気がかりである。明日は旧友と自転車散歩の日程が組まれているからである。今朝は幸い曇天であちこちの知己を訪ねるには最高の日和だ!午前10時過ぎに姉の懇意な美容院に姉の近況と、今迄のお礼を述べた。玄関先で失礼と言いつつ、旧友が偶然居合わせていたので、ついつい多くの皆さんと約1時間会話が弾んでしまった。その後午前中は時計店の旧友と歓談の2時間を過ごし、その間好物の手打ちうどんを昼食に摂り、話は懐旧談が走馬灯の画のように続いて楽しいことだらけであった。午後同業の医院を訪ね、これまたゆっくり資料や写真を元に、地元の歴史、知られざる功績顕著な先輩や知人に思いを馳せる談議が楽しく続き、改めて故郷の先人の立派さに感動感激した。その後、車を走らせ7k先の小学校恩師の娘婿さんを訪ねて、加須市開催文化祭の講演のお礼を述べた。帰途道を間違え遅れ、先の友人2人の待つ不動岡へ。丁度あいにくの驟雨の中であったが、友人の車で利根川向こうの立派な料亭で晩餐を楽しんだ次第だ。行く先々で歓待と心からの接遇を受け、感動感謝の極みである。故郷はやはり何とも良いものである。楽しく嬉しい限りだ。今宵は故郷の思い出を夢枕にして、ゆっくり寝もう。。
都内を通過するのに45分かかり、高速ではすいすいと45分で故郷に到着した。さすがに高速道路は名の通りすいすい走り、都合一時間半で故郷の田舎道に入り目指す友人経営のホテルに着く事が出来た。3日前に家内と一緒に親戚やそのお墓参りした足跡が残っていて更に一段と故郷への愛着が勇躍した。ホテル経営の旧制中学同級の友人と、夕食を共にしたが、話が医療、経済、果ては政治や政治家の奉公の実の無さに及び、残念無念のあきらめや憤りにも似た世情にやるせなさを慨嘆する事頻りであった。
それにしても昔は本当に良かったとは異口同音に何度も口から迸る言葉であった。年のせいではなく事実が真相であったのだ。
10時長い夕食を終わり歩いて町並みを見物しながらホテルに帰り、微睡む事が出来た。明日は5軒の知人友人を訪ねたい。
それにしても昔は本当に良かったとは異口同音に何度も口から迸る言葉であった。年のせいではなく事実が真相であったのだ。
10時長い夕食を終わり歩いて町並みを見物しながらホテルに帰り、微睡む事が出来た。明日は5軒の知人友人を訪ねたい。
梅雨の晴間に幸運にも恵まれ、家内と8時半出発して故郷に向かった。途中届け出事項を済ませて、独り住まいの義姉を訪ね、現在までのいろいろお世話になったお礼と、今後、車での仏前お詣りは、少し疎遠になるかも知れませんと、了解とお詫びなどを述べてきたところである。その後に実家の墓参、2軒の親戚の墓参を済ませて、更にお不動様の参拝を済ませて無事帰宅できた。帰り際に、友人のところに立ち寄り、会話を2~3分交わした所、彼氏も運転免許証を返納したそうで,いつもの車庫に車の姿は無かった。矢張りそうかと思い、成る程と合点したところだ!1年先輩のご仁が自爆の交通事故で骨折入院を余儀無くされたのを見て、決断したらしい。
家内も二人で最後の故郷訪問ドライブで、最年長の義姉との会話や親戚夫々の墓参も出来て、気持ちがすっきりしたと言っている。お天気はむしろ暑いくらいの好天気で、本当に良かったと思う。父の50年目の命日でもあり、色々報告とお願いもしてきたと言うわけである。爽やかで清々しいと言うのは、今日のこの気分そのものを指すのであろう。田舎の見渡す限り一面の稲の青田を渡る風も、とても爽やかであった。
家内も二人で最後の故郷訪問ドライブで、最年長の義姉との会話や親戚夫々の墓参も出来て、気持ちがすっきりしたと言っている。お天気はむしろ暑いくらいの好天気で、本当に良かったと思う。父の50年目の命日でもあり、色々報告とお願いもしてきたと言うわけである。爽やかで清々しいと言うのは、今日のこの気分そのものを指すのであろう。田舎の見渡す限り一面の稲の青田を渡る風も、とても爽やかであった。
明日は父の50年目の月命日(正確には4月25日)である。朝早く東京を発ち11時過ぎには久喜に立ち寄りその後亡き兄の3周忌の打ち合わせと仏様と三俣の地蔵院の墓参を兼ねて、暫く車では参れない事の報告をして暫しの暇乞いをしてこようかと思う。家内と一緒だ!久喜の折原家,岡古井の塚田家の墓参もしてこよう。勿論お不動様にも参拝して、諸々の祈願をも行ないたいと思う。
その後今度は一人で、27日から3日間、小学校の友人を訪ねて、故郷の町と田園を散策してこようと約束をしている。ホテルも中学同級の友人の経営だから、これまた便宜を払ってもらえるので、大助かりである。写真もいっぱい撮ってこよう。今からわくわく楽しい。車でないともうそんなにあちこち見て歩けないからである。
その後今度は一人で、27日から3日間、小学校の友人を訪ねて、故郷の町と田園を散策してこようと約束をしている。ホテルも中学同級の友人の経営だから、これまた便宜を払ってもらえるので、大助かりである。写真もいっぱい撮ってこよう。今からわくわく楽しい。車でないともうそんなにあちこち見て歩けないからである。
梅雨の鬱陶しさを、そろそろ防ごうとルームクーラーを点けてみた。電源を入れて30分ぐらいすると、水がぽたぽた落ちこぼれてきた。矢張り昔の古いクーラーでもそうだったので,排水管入口部より機器の集水管の位置が低く傾斜が少ないいことが原因だと思う。素人判断だがと前置きして、工事屋さんに、こちらの意向や考えを述べてみたが、余り耳を貸してもらえなかった。1.5時間ばかり修理の状況を見ていたが、勤務の都合もあり、11時過ぎには、「宜しくお願いします」と言って家を後にした。午後家に電話で確かめたが、答えは矢張り完全に満足するものでは無かったらしいが,も少し様子を見る事とした。われわれ医療者も患者さんに対し、同じ様な対応で、耳を傾けて聴いていないことが、多く有ったのではないかと追憶し、自省頻りである。要は治ってくれさえすれば、良いのだからと今更ながら思う。
梅雨空の夏至、曇り空で時々雨模様、余りパットこないが、昨日が夏至だったようだ!今日気が付いた。季節の移ろいは、いつの間にか進み、浅緑から深緑そして真っ暗な闇夜がこの季節の風物詩としての特長である。今週末田舎に行って、義姉の病気のお見舞いがてら、墓参をして来ようかと思う。昔の3里四方から4里くらいは自転車が主だったが、田舎でも今は皆車である。テレビでは権現堂堤の“あじさい”が見頃であると報じている。大きな県地図を買って、3里四方を車で観察し写真を撮って来ようかと思う。田舎の子供の3大遊びは,何と言っても蛍狩り,トンボ取り、子鮒釣りが挙げられよう。皆懐かしい思い出ばかりである。今そんな小動物は勿論森や林は何処にも見られず、殺風景な公園や水路だけで、昔の豊かな自然な面影は全くない。寂しい限りである。今は何処でも開発宅地化されて、そのようなものであるから仕様がないけれども。
今日も窓辺の空き地の水溜まりにツバメが飛来して、巣造りの土団子を捏ねて飛び立っている。これぞ夏の風物詩である。
今日も窓辺の空き地の水溜まりにツバメが飛来して、巣造りの土団子を捏ねて飛び立っている。これぞ夏の風物詩である。