前日の上野博覧会見物などのお疲れもあってか、お母様とイサさんは京橋の宿でゆっくり過ごされますが、お客様も入れ替わりでおいでになり・・・。
※ 京橋の宿屋へは5月2日から滞在中↓
『 「5月2日 新橋松元屋から 京橋区加賀町へ宿替え 麻布永坂島津氏お染様の所へ」 』
『都見物日記』(五)‥‥ ⑤
五・九 久々続き今日も天気よし。六時起き茶のみ程なく飯たべ候。今日は博覧会みかた、轟殿計り也。御母上様少々御くたびれ遊ばし 御やすみの事也。久々に天気よく候得共 私は御母様とるす致居(イタシオリ)候。昼飯は両人とも内にて一時ごろにたべ候也。
二時之頃、御母様は風呂に入らせられ 私一人留守いたし居候処に、佐原芳どの来り 二人にて何かと話いたし居り候得ば、御母様、轟殿帰り 四人にて茶のみいたし 色々の話の事也。
五時頃に山井於時樣お出で久々に皆々御目にかかりお互いにうれ敷、玉子箱入 一箱御土産として御持ちこし也。これ亦 何か積もる話にてゆるゆると成され、皆々より紺絣一反買入候て 差上候事。お時様は先達て出産、男子出来ましたとの事。ようよう四十日ぐらいの日数ゆえ、何も何も御馳走もできず御菓子などいろいろ差上候。(中略)
芳どのはお時さんより後 はなしいたし 八時過に帰り申候。永岩直次郎さん、七時過にお出で、精一殿の手紙もち参られ、私へも早く帰れと申来たり居るとの事承り候。十時過まではなしてお帰りの事。十一時過には いね候。
(中略)は医者通いの話など(若)
今日初めて登場したのは「山井於時様」。文面から同等の家系か身分の高い方かと思われます。出産されて40日ほどとのことですので若い方でしょうか。
永岩直次郎さんは5月4日に登場しました。→ 「5月4日 京橋の涯 松田屋と申所へ」
精一殿はイサさんの次男で、イサさんが記したこの『都見物日記』を整理された方です。
☆ 以前に紹介した記事 → 【第4話】紹介者は、寺師若法師さん 「4月17日 鹿児島を出帆」
さてさて、明日はどこへ行くのかな?