夢七雑録

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36.阿佐ヶ谷村神明宮道の記

2009-06-02 20:38:45 | 江戸近郊の旅・嘉陵紀行
 文政九年十月四日(1826年11月3日)。青梅街道を通り、石神井・谷原への道を分けた先で右に入り、阿佐ヶ谷神明(杉並区阿佐谷北1。写真)への道を行く。林の先に田があり、また林の先に田がある。道の東の方に稲荷の小社があったので行って拝礼し、幼子のみやげに松の実を拾っていく。さらに行くと田があり、木立の中に茅葺の長屋門のある軒の高い家があった。相澤喜兵衛という名主の家という。阿佐ケ谷村の神明宮は、この家の後ろにあり、社は茅葺で板張り、鳥居は杉丸太で、左右には杉が植えられていた。その西には実相院という寺もあった。この日は、眺めの良い所もなかったが、それでも、このような鄙びた土地を歩くのは、山林の静けさを好み、飾らぬものに心惹かれる、自分のような者にとって、楽しくないわけではないと、嘉陵は書いている。

 嘉陵の略図を、現在の道に当てはめると、青梅街道から、すずらん通りに入り、パールセンターを通って阿佐ヶ谷神明宮に行く道になるだろう。参拝した稲荷が馬橋稲荷(杉並区阿佐ヶ谷南2)であったとすると、往復1kmほどの寄り道となる。阿佐ヶ谷駅のガードをくぐって右に行けば、相澤家の屋敷跡に出る。神明宮はその裏手にある。相澤家の屋敷森は現存しており、欅屋敷(杉並区阿佐谷北1)の名で都指定の旧跡になっている。

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