都市と楽しみ

都市計画と経済学を京都で考えています。論文や講演も。楽しみは食べ歩き、テニス、庭園、絵画作成・鑑賞、オーディオと自転車

経済とエコ

2008-06-29 10:16:17 | インポート

景観のモデルは今考えています。結構面倒ですね。

さて、最近の経済を考えて見ましょう。サブプライムが問題で挙げられていますが、2点あると思います。一つは消費側で含み益(住宅の値上がり)で剰余資金ができたら消費に回したこと。これは信用担保による借入金を消費に回したので、住宅が値下がりしたら信用担保が減り借金の返済に迫られ消費が減るのは当たり前である。つまり、消費の原因は「お金が手元にあること」であった。グリーンスパンの末期にかけてアメリカは低いインフレと低い失業率を成し遂げた。これは長期フィリップス曲線におけるインフレと雇用のトレードオフの関係を越えた画期的な状況であった。その原因が、なんと金利低下による住宅値上がりとそれによる(借金での)消費拡大とは。この消費は、実生産(給与の値上がり)がないのに購買だけ上がり、結果借金が膨らむ(あとの世代に付けがまわる)という仕組みである。アメリカは双子の赤字として財政赤字(将来の世代への借金のつけまわし)と貿易赤字(他の国への借金のつけまわし)が歴史的に恒常化している。ただ、ドルが安定していたため、借金国家としてでも「信用」があった。しかし、最近はユーロ圏の伸長もあり、ドルの基軸通貨としての位置付けが落ち始めている。

次に問題は、サブプライムの証券化である。住宅ローンの証券化のメザニン部分がトリプルAというのは信じがたい。(それならアメリカ国債と同じだ)、それをさらにややこしく担保証券などにも変えて商品化したのは目くらましではないのか。株のゲーム理論にオプション理論が入ってきて、合理的予測(Racial Expectation)がますます分からない。

分かるのは、「信用」をもとにした経済は当然破綻すること、低金利の資金のだぶつきは行き先をもとめ、シナリオに走ること、エンロンをはじめ、会社も株の仕組みも新しい落とし穴があることであろうか。

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その反対の経済の動向として、先進国でのエコは仕事を増やす。永く大事に使おうとすると高くつく。良い物を買わないと持たない。

例えば、洗濯機を修理に出そうとすると、新しいものが買えるくらいの修理費である。更に修理の間代替も必要となる。エコは人手(手間)がかかる。逆に、このビジネス(お手軽修理)はこれからの成長産業であろう。街の鋳掛、包丁研、電気修理、自転車修理などである。古いものにはなかなか温かみがある。但し発展途上国は大量消費の方向に向かうだろう。環境負荷への南北問題の乖離は大きい。

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本の紹介

2008-06-22 08:47:12 | 都市計画

「縁側」の思想 アメリカ人建築家の京町屋への挑戦 ジェフリー・ムーサス著を読みました。若手でMIT出身の建築家で京都の町屋再生に取り組んでいらっしゃいます。視点が面白く、街づくり、景観、日本の文化への知見があります。つらつら書きますと、初めに、インターンシップに竹中工務店に来ていたとき「ワンデーエクササイズ(一日で設計を仕上げる社内コンペ)」について「アメリカなら全員が徹夜しただろう」というのがありました。これはアメリカの仕事の流儀で決して競争には負けないという姿勢を感じます。コンサルや金融も同じですが。この流儀が最近の日本の一部に顕著で、そのかわりフリーターも多くなりました。

次に、知恵の連続としての町屋への指摘、「さび」は時間を表すもので、使われている歴史の「痕跡」があることとは興味深い。歴史が街並みを生むというのを実感し、知恵の連続として建物機能を考えています。また、私も20年来の自転車を数台持っていますが多少見場が悪くて、古くても、なんかいとおしさを感じるようになってきました。また、MITHarvard建築学生が「陰翳礼讃」が必読書とあったのには驚きました。そういえば1989年くらいにHarvard GSDで安藤忠雄氏の講演があり、たいそう(日本語の冗談を含め)評判になったのを思い出します。

さらに、日本は「和」を尊ぶが、創造性と論理性のトレードオフがあり、街並みに表れていること、具体的には規制の下さまざまな形状のビルが並でいる。これなら個別に建物審査(例えば地区計画やそのもとになったドイツのBプラン、委員会などか)の方が良いのではないかという指摘は賛同致します。

個人的にはMITHarvardの建築学科の違いが面白く感じました。また本書の著者と神田駿さん(留学時代を初め色々つながりがあります)のご縁も神田さんのお人柄から、そうだろうなと感じました。

結構、色々な国際的なつながりを京都で感じます。ただ、京都で町屋を保存することがすべて良いかというと、街並みとコミュニティ(居住者)などで区分される地区によるでしょう。京都でひとくくりにはなかなかならないなあというのが最近の実感です。ただ、北山通りのように建物のショーケースみたいな感じにはなって欲しくはありません。須く、通からの景観の発想が欲しいと感じます。私は、どうも建築家は「敷地」に何が建つかを考えますが、通りがどうなるかは考えないと思い、都市計画を目指しました。(しかし、その後、なかなか上手く行かないものだという実感があります)

あわせて、都市論として都市計画の世界史    日端康雄著をお奨めします。入門書ですが良くまとまっています。特にメトロポリスの中心性というマグネット、集積の利益そして求心・遠心力などについてJ・ゴッドマンの知見を拝見しました。

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写真は切り取りか雰囲気か

2008-06-15 09:00:25 | インポート

最近、ブログで美しい写真が多いが、例として手前に花が写り後ろがぼやけて立体感を出したものが多い。中望遠レンズで絞り開放に近いとり方である。これは風景を「切り取る」写真である。風景の中から面白いという対象に限り詳しく描写している。

私はその反対に「雰囲気」を再現した、広角レンズでの写真が好きだ。例えば街並みの片隅で子供たちが集まっているような情景や、朝の市場での喧騒を写したようなものである。

時代がどうも「切り取り」に向かい、詳細で緻密な管理に向かっているのと連動しているような気がする。

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エコのありかた

2008-06-15 08:58:37 | 都市生活

公共財とエコについて考える。車は最近売れ行きが悪い。ガソリンも上がっている。むしろそれならば車を不便にしてはどうだろう。小道に車が速度を出せないように路面に出っ張り(ハンプやダンプ)を設けてはどうだろうか。道に細工をするのにお金がかかるのならタイヤの空気圧を上げて抵抗を少なくし、乗り心地を悪くするのも手である。この場合、空気圧の低く太い乗り心地の良いタイヤには「贅沢税」をかければよい。エコとは「我慢で地味」である。我慢の反対の快適さや豪奢さには負担を願おう。

エコについてであるが、例えば「スポーツ」というのもエコの反対である。無駄にエネルギーを使っている。しかし「メタボ」もお金がかかるので防止したい。そのためには運動だということになる。エコがすべてでもない。芸術や趣味に関することは大体エコに反している。しかし、心や体の満足や生きていく喜びがある。本当に無駄なものは節約すればよい。節約のための人生は順序を再考する必要があろう。

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景観の価値分析

2008-06-15 08:57:38 | 都市計画

景観とは「公共財」なのか「私有財産の連坦」なのかが明確ではない。ここで景観が良い場合、経済的価値としては①「住む」住人の生活環境、②「訪れる」来訪者の誘致、③「認知」景観都市としての産業育成 が挙げられる。

評価として、①の住むはアンケートと統計から「賃料の上昇」、「地価の上昇」、「転入人口の増加」で資産的価値や地域GNPとして分析ができる。

②の来訪者の増加もアンケートによる「何が目的で来訪しましたか」というのと「消費単価」で分析できる。

③は面倒である。他の都市との比較で景観からの優位性分析であるが、日経の地域情報などの分析が必要かもしれない。警官の持つ認知性(Attractiveness)を明らかにする必要がある。

なお、リターンは上記のモデルで分析できるが、次回以降、手法と時間(中期・長期など)を考えてみたい。

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メタボ対策

2008-06-08 12:47:47 | インポート

ダイエット。最近、体重が増加している。どうもお米が美味しいので食べてしまう。そのわりに体脂肪率は変わらない。しかしこのままいくとメタボ認定が間違いない。

ここで登場するのがとあるお店である。いつも若布そばと野菜の天ぷらを食べる。大変財布に優しい価格であるが、口には寂しいお味である。このなんとも、へたったそば、どうも業務用のようなお出し、なぜか太葱(東京葱、白葱のこと、分葱ではない)、衣がくにゃくにゃしてだまがある天ぷら。これを食べるとなかなかダイエットのため辛抱している感じがして良い。但し、これを続けると、時々猛然と美味しいお昼(特に肉)が食べたくなってしまう。この値段に百円玉数枚の追加でそれは楽しめるお値打ちのお昼がオフィスの周りにあるのが困りものである。

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資産価値と景観

2008-06-08 12:43:17 | 都市計画

街の資産価値はいままで、新駅・新線の開通や道路整備などで高まってきたケースが多い。これらは、利益のみの享受で「ただ乗り」(Free Rider)であろう。または、総論は賛成だが、自分のところでは何もしたくはない。(NMBYNot In My Backyard)しかし、景観のケースでは利益が相反や利害の不一致がある。おのおのの権益(Stakes)の分析・方策・調整が必要となる。

先日、住んでいるマンションの総会があった。色々な要望が出されたが、基本的には「管理費を払っているのだから、(ただで)どうにかしてくれ」というものであった。受益者負担や修繕積立金の効率的利用という観点があまりないこと、より資産価値を上げる方策の検討がないこと、お互いの利益の調整がないことなど、権益調整のミニ・モデルのような感じがあった。

景観とは大きなスケールで長い時間がかかる。その権益とリターン享受のモデルを考えてみたい

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景観を守る価値観

2008-06-01 11:58:15 | 都市計画

景観の効用について引き続き考えている。まず、そこに住むコミュニティから考えよう。景観の統一は制限と追加投資がともなう。つまりは費用が発生する。これに対してリターンは将来的な景観が優れていくという価値の予測である。となると(景観破壊が大きな損失となる懸念がない限り)これはリスクの多い投資と同じような位置付けにある。進めるには、やらねば損失があるということか、やれば見返り(リターン)があるというのとであろう。これは説明する実態や数値化が行いにくい。好きか嫌いか、街にどれくらい住むか、街の単位はどれほどか、何のためにと色々考えられる。

ただ、言えることは殆どの街で「景観を守っていく・作っていく」という取組みの少ない中、前向きな行動ではあろう。費用と将来的リターンのトレード・オフについて今住んでいる街の好きなところの効用(例えば落ち着いて歩ける街並み)と自分が好きだと思えれば賛同があろう。

これとは別に最初から街づくりのあった田園調布や麓六荘、建築協定のある街並み(桂坂など)は、それを好む方が作った景観ともいえる。

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