都市と楽しみ

都市計画と経済学を京都で考えています。論文や講演も。楽しみは食べ歩き、テニス、庭園、絵画作成・鑑賞、オーディオと自転車

御室川の夕日橋の北にある柿を描きました:おばあさんから柿を貰った

2020-10-31 02:29:55 | 趣味

 朝7時から電ちゃん(買物用電動アシスト 20inch )で御室川の清滝の南を目指す。2年前は北側の柿を南側から描いた( http://www.eonet.ne.jp/~n7ohshima/drawing7.html )が、今回は、その南の柿を北から描く。

 逆光であり、立体感や色がつかみにくい。御室川の風に耐えた柿で枝が折れ、別の枝が分かれたり、伸びたりしている。しかも、湿度が高いためか根元に蔦が絡み、川に近い幹には苔が生え、その周りには、ノキシノブ( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%8E%E3%83%96 )が生えている。幹が、手前に奥に、上下に重なる。幸い柿の実が多く、葉も少なく絵になる。空も蒼い。

 先に見える夕日橋の先は、住宅など入込んでいま一つのため、木に描き替えた。このあたりは写真と違い応用が利く。

 7時40分から、12時過ぎまで4時間半程、朝は冷えたが昼に近づき温かい陽射し。通りかかりの方々から声援や質問を頂くが、線を引くなど集中しているときは嫌だな。また、通り抜けの道となっているのか飛ばす通行が多く、しかも道が狭いため間際を通過するためひやひやする。

 11時ごろ、水彩色鉛筆で仕上げていると、再度通りかかったおばあさんから「まだ描いとるの、柿こうてきたからあげるわ」とビニールを破って富有柿1つ頂いた。永く柿を描いているが柿をもらったのは初めてだ。感謝して頂く。

 帰りは、電動アシストの利点を生かし坂道繰り返しのすずかけの道を東へ、歩道の自転車道の起伏が危ない北大路をとおり、行列の はせがわ で食事。賀茂川を下り、帰洛で大体25kmは走った。

 シャワーと道具の手入れ、乾燥。そして一杯、眠い、絵はこちら( http://www.eonet.ne.jp/~n7ohshima/drawing8.htm )柿の絵は14作目、殆どが水と柿の組合せ、柿の枝の描き方と構図が決まってきて、早くなってきた。あくまで、秋の蒼い空を背景につややかな柿の実の灯色が示す色の対比と豊穣、そこに水の安らぎ

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グリル葵(京都 室町松原):11時開店になり、恒例のカキフライは冬の使者

2020-10-30 02:23:03 | 食べ歩き

 最近、禁煙になって11時開店になったようだ。カキフライ1,200円の黒板につられて久々に入店、口開け。息子が色々改革しているようだ。10月中旬なのに冬のように寒い。

 小ぶりの牡蠣が6個で衣は薄め、なにも言わなくても醤油が来る。ガルニはキャベツ、牡蠣の下にはレタスで水分遮断、水菜繊切と櫛形トマト。タルタル・ソースは玉子が粗めで黄身がたくさん、ありがたい。横には、茹でキャベツのカレー味に魚肉ソーセージで懐かしい。今回、レモンは無し。

 牡蠣はおつゆたっぷりで、衣が軽やか、油が新しいからでもある。油切れは重め、醤油を多めでタルタル・ソースを合わせると粒立ちの良いご飯に良い。

 味噌汁は白菜で出汁がしっかり。昔はこれで大盛ご飯だったのが、今や普通で充分。20年の歳月を感じる。

 ご主人の煙草の煙が内部に入ってくるのが難点、禁煙の意味がない

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京のまちなみ史(丸山俊明):論文を分かり易く図と写真で解説、読み応えがある

2020-10-29 02:27:38 | 京都

 邪馬台国からの歴史は分かり易い、遷都や副都などよく分かる。都市としての京都のマクロから町家や火消し、木戸門などのマイクロも理解できる。惜しむらくは産業の変遷や上下水のインフラが少ないが、そこまで筆者に求めるのは酷だ。知見は:

・ヤマト王権:「大王の宮がある場所=処」が宮処(みやこ)、「日本書紀」では中国での首都の代名詞の京都・京・京師をあてる

・藤原宮:単郭(築地塀)、重郭(さらに板塀)

・幢幡(樹烏(からす):中央、日像・青龍・朱雀:左、月像・玄武・白虎:右)

・平城京の条坊制:分割地割方式(街区から道幅の半分の宅地を削る:藤原京も同じ)、坊1,500大尺(35.6cm→534m)、16分の1の町は千鳥式で番号を振る

・天武系から天智系の光仁天皇、息子の桓武天皇が弟の早良親王を追放するが怨霊信仰(御霊信仰)でに「崇道天皇」と追号→天皇支配と不安定性と怨霊信仰のため、有職故実を守るのが公家で「貧福」など守る。暗く不安な世の中で、ヨーロッパの中世と同じく王政は不安定だ。

・長岡京は桂川・淀川・小畑川の水運、畿内や七道の陸路の「水陸の便」に着目、後期難波宮廃都と平城京の建物を解体し利用。集積地割(街区の宅地規模が同じ)小尺(29.6cm)で400尺(118m)×350尺(104m)→平安京はどちらも400尺

・長岡京廃都は、水害と腐敗、虫の大量発生、

・山城の歴史:5C後半鴨氏が上賀茂・下鴨神社を鎮守に、泰氏は葛野大堰、伏見稲荷大社、松尾大社、広隆寺(聖徳太子を支えた)、

・四神相応(山川道澤(さんせんどうたく))は平安京遷都の詔にない:宅地の条件であり平家物語の創作か

・平安京の暮らしは寝殿造(間面記法:母屋の長辺柱間数と庇の面数)、妻戸・蔀戸。町は四行八門制で32分割し、下級役人や百姓に(畑もつくる)、条坊制の住所表記

・10C右京は幽虚、街区も売買や小規模開発で棟割長屋(店子は在家)、通り名(面や頬(つら))で住所表記

・商業は市座(座って商売)、在家が棚を作り「世の人に商品を見せる」、「見世棚」、「店」に変化、町尻小路(新町)を軸に修理職(すりしき)、木工寮(建築)や三条、四条、七条は栄える

・福原遷都:平清盛が安徳天皇の出生とともに福原陪都を計画するが清盛死亡、翌年養和の大飢饉(1182年 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%8A%E5%92%8C%E3%81%AE%E9%A3%A2%E9%A5%89 )

・寝殿造も左右非対称、小型化、用途区分化と貴族の困窮

・南北朝と町人(在家商人)が散在里商人の取締りを要請、酒麹座にも町人身分の記載

・室町時代:街区詩集に棟割長屋、内側に会所(井戸、便所→鎌倉時代以降は汲取りのリサイクルがあったはず、その出入口がどこかに必要)、住居表示も洛中、上ル、下ル、東入ル、西入ル

・足利義政は「天下は破れよ」で応仁の乱、東山殿の東求堂と同仁斎→「侘び・寂び」と書院造を残す→前年の長禄・寛正の飢饉( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%A6%84%E3%83%BB%E5%AF%9B%E6%AD%A3%E3%81%AE%E9%A3%A2%E9%A5%89 )の大災害にも無頓着

・応仁の乱:上京と下京、土倉酒屋が酒造と金貸し、荘園では惣村(地下請(ぢげうけ)をするが検断権を持つ)、両側町の発生、交差点に番屋(土塀と釘貫の木戸門で自営)月行事(がちぎょうじ)・町式目・町儀定も規定、町人の町家(まちや、ちょうか)

・戦国時代:上京(立売室町の辻)、下京(四条町の辻(新町))に別れ自衛、焼跡には法華寺院で延暦寺や興福寺が攻撃、数寄屋でわび茶が流行

・垂木がない棟割長屋と桁がない町家、保頭川水運(筏)の木材寸法からの町家の規格化、14尺の丈間、2階は娼楼の恐れもあり厨子で物置に、軒柱は17尺で18尺をネソ穴切り、軒は12尺(掘立柱)

・織田信長:本2階建て、礎石や土台の出現

・豊臣秀吉:お土居と天正突抜(御幸町、富小路、堺町、間之町、車屋町、両替町、衣棚、釜座、小川、醒ヶ井、葭屋町、黒門)で東西二分、裏側水路(背割り下水)、短冊形敷地の成立(各戸が井戸と便所、裏庭の活用)→ただし汲取りのため通り庭が必須

・突抜で4町と2町の四辻と釘貫(木戸門)

・江戸時代:石置板葺から杮葺きとウダツに変化、瓦葺の出現、銅製の雨樋も現れる(奈良時代から寺社にはあり、町家では19Cの瓦の普及で一般化)、町家も軒柱が丈五と丈四(じょうし)で街並みが統一、瓦規制解除(1716)でならべ瓦(1674)利用、その後うたつは不要に

・明治時代:軒役は間口3間が多いが、町家の売買か沽券改めなど、間口で課税したのは天明6年(1786)の特例のみ、京都では1軒いくらの軒役が基本、木戸門の廃止(1872町の治安義務消滅のため)、京都市の地税の測量に京間(6尺5寸(1,870mm)から6尺(1,818mm))に変更、当時は軒下を伝い濡れずに歩けた(道の両側の葛石から3尺2寸5部に戸口、それが駒避け、鉄柵をつけた)

・現在:京町家、民家ブーム(くずやおろしで萱葺きが一般屋根の2階屋に)、水洗便所の普及→通り庭の消滅と「東京台所」など台所と住居部分の一体化

 本著作は知識が豊富で読んで楽しい。おすすめだ。それはそうとして感じるのは:

 日本史では、天皇の位置付け、役割、内紛、(近親)結婚と、呼応する武士の政権が対立・協調と変化した。不安定な政治構造と支配だ。しかも、生産は成長が無く飢饉(食料の量と変動)、都市と住居のインフラ(生活の質)が改革されず疫病が流行したが医学がなく祈祷だ。祭があったのも祈祷の一種だ(祇園祭など)、民衆はそれならと仏教に救いを求めたのが良く分かる。旧世代と新世代の仏教の間で争いがあり、さらに内紛もあった。

 ヨーロッパではペストが原因となりルネッサンスが起こったが、我が国はなかった。明治以前は、王政に近いため、ひたすら権力者の様子を伺い、繁文縟礼と有職故実を志向する形式文化であったと気がついた。

世界的にも民主制と都市・住宅インフラが整ったのは1940年代以降( https://blog.goo.ne.jp/n7yohshima/e/d407f650d35bd5bfeffa1c2d54a53cb4 )とあり現代は幸せだ。犯罪や戦争も少ない( https://blog.goo.ne.jp/n7yohshima/e/0a0470b08fea4ec903991c0cd52138e3 )

 歴史をありがたがるのも良いが、町家でも現在は不要(例えば、自動車はあるが馬はいない)なものを解説しても知識としては面白いが実学ではないと思う。敷地割りを生かした、現代の町家(木造以外)でも良いと思う。庭なども三尊石や鶴亀石、須弥山などの様式がある。日本とは様式の国だと思った。

 本著では、どうして街並みが変化したのかを、政治・工法・部材供給・町の組織(治安・消防・土地取引・税金など)多面的にとらえているのが頼もしい。

 どなたか、産業史と上下水の利水と治水の歴史、河川の変遷をまとめてくれるとありがたい

 

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開花(京都 太秦):ワンタンメンとミニ中華丼のセットは上品

2020-10-28 02:21:57 | 食べ歩き

 清潔な店で、観光地の映画村や広隆寺に近いためか、弁当・ペット・ボトル持込禁止の注意書きがある。11時で口開け。夫婦で寡黙にお仕事。

 カウンターから見える厨房も、清潔で、ワンタンメンとミニ中華丼(合計950円)にする。

 ワンタンは衣が厚く餡が少ないタイプが5個程、葱に、小さな脂身のないあっさりチャーシューがお供。麺は、しなやかで細い、但し絡まっていたのがご愛敬。スープはあっさりで脂もなく鶏と思う。ちょっと酢と胡椒で変化がつく。

 中華丼はしゃきしゃきキャベツと椎茸ともやし、生姜味が特徴。これもあっさり志向で、学生には物足りないかもしれない。

 

 あっさりだが、うまいという感じではなかった、量も少な目だ

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自営業は結構楽しい、「洛中思考」は玉手箱

2020-10-27 02:25:07 | 京都

 人生、余生を楽しむ境地になってきた。体が動きテニスもできるが、アレルギーで寝込んで読書三昧になったりもする。

 働くのと遊ぶのが自由だ、なにもない訳ではない、時間が足りないくらいだ。洛中棲息( https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480021830/ )程スノッブではないが、「洛中思考」で、自転車で走り興味や画題を見つけ、それを書籍で探求するのも楽しみだ。未だ見ていない庭も多い。

 もちろん、コミュニティの知り合い、ご近所やテニス、自転車クラブなども楽しい。時々の宴会もある。

 京都は歴史と都市開発が色々面白い。特に、水脈(給水・下水)などは、神社の設立、平安京の治水と衛生、仏閣の火災防衛など多岐にわたる。

 それにしても、コロナで暇だ、経済が止まっている。時期としてゆったりの時期だ、ちょっと本でも書くまとめでも

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金ちゃんヌードルを食べる

2020-10-26 02:21:09 | 食べ歩き

友人からもらった、徳島製粉のカップは、二重になっていて蓋がある。薬味と粉スープをいれてからお湯を入れる。カップ麺は20年ぶりくらい。

 醤油味でさっぱりめ、油も少ない。具の海老と椎茸の香りがする。麺はしっかり、量は少な目。

 お昼が少なかったため、おやつ代わりに、やはりちょっともたれる

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美味しい進化(ジョナサン・シルバータウン):動植物の野性から食物への変化、人体の酵素の変化、調理などをとりまとめ

2020-10-25 02:30:19 | マクロ経済

 面白く読んだ。最後はちょっと繰り返しが多いが、内容は充実している。

 

 知見は:

・進化を逆戻りしたライ麦

・麦とα‐アミラーゼの増加、牛乳も同じく

・うまみと日本人の発見、相互作用で旨味が増す:うま味受容体のT1R1とT1R3( https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%91%B3%E8%A6%9A%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93 )が形成→動物の好みの変化

・羊、山羊、牛、豚は肥沃な三角地帯から広がる

・園芸は進化:トマトの種は高価だった

・「禹(う)の三角形(トライアングル)」アブラナ属のゲノム関係:http://itpoweron.cocolog-nifty.com/npo/2013/02/post-eec8.html

https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/75/column1.html

・遺伝子組み換え(第二次の緑の革命)→賛同できない、モンサントとともに

 

 楽しめる

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本家 尾張屋 本店(京都 烏丸御池):きつねそばは葱とお揚げがうまく、塩っぱめ

2020-10-24 02:25:44 | 食べ歩き

 テニスの帰り、堂々たる老舗でかけそばを食べることにする。2階に案内され、きつね蕎麦(990円)にする。

 七味はコロナのためか七味屋本舗の袋入り、黒七味に似たお味。蕎麦は細目で腰がなく香りもあまりない、量もすくない。たっぷりの葱と甘きつねを半寸ほどの幅で6枚ほど。これはおいしい。

 しかし、つゆは塩っぱめで鰹の香りなどしない。お茶であたたまる。サーヴィスはとてもよく、町家の雰囲気に和める。

 観光地の値段かな

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ばあさんをどうにかしてくれ!

2020-10-23 02:29:07 | 世情

久々のハラタチ日記。アラカンは日常生活では、やはり鈍くなり動作が遅い、その上の世代はもっとそうだ

 上の世代のばあさんがレジで、まずはレジを通した品物確認、次に財布をさがし、札を出しで小銭があると言い、その中の小銭を探し、ようやく無いと分かるかか出すかでお勘定で、次にやっと、店舗のカードなど出す。次の客のことなど思ってもいない。普通なら並んでいる時に事前に用意する。我が道を行き頓着はない。どうにかしてくれと思う。荊妻に聞くと「ばあさんはしょうがない!」で終わる。

 しかし、ばあさんは、最近デパートの地下でもお買い物カートを売り場の角で同じばあさんと渋滞をおこしている。ばあさん同士の突っつきあいはなかなか見ものである。

 阪急では、しっかり歩けるばあさんの電車待ち割り込みもある。その割にシルバーシートに座り、じいさんがたしなめていた。頑張れ、じいさん!

 また、ばあさん予備軍のおばさんの自転車も困りものだ。堂々と右側を逆走し、しかも3人乗りで速度が速い。我が道をどんどんといく迷惑だ。なお、洛中には親切に自転車の走行(左側)の矢印もあるが目に入っていないのだろうか。しかも、後ろの子供の自転車を引き連れている。

 同じ種類が増えると、競争により淘汰されるという原則を確認できるかと思う、世の中の制度に順応するばあさんが生き延びるのか

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松原キムラ本店(京都):PayPayが使える、やはりキムチ、ポテサラ、おからは不動のうまさ

2020-10-22 02:24:50 | 食べ歩き

 近くのたこ焼き竹も廃業、さびしくなった松原商店街。久々に、キムラで、キムチ(大)、ポテト・サラダ、おからに、すき焼き煮(500円程)を買い込む。

 PayPayで快適に支払う。

 荊妻と久々の、すきやき煮に昔の味を感じ、キムチに和風の独自なお味を楽しむ、ほっこりする

 永く、やって欲しい店だ、時々の煙草の臭いはなくなったようだ

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秋の柿を探しに走る

2020-10-21 02:27:37 | 趣味

 久々にPresta(ロード 26C)で8時から、まずは詩仙堂近くの柿の色づきを確認する。まだまだだった。下鴨東町での疎水と泉川の平面交叉( http://pensiero.seesaa.net/article/392656965.html )など見てゆったり。北山せせらぎ通りの大黒天入口近くにたわわに実る大きな柿の木があった。但し、身は真っ青で12月頃色づくのか。富有柿の形であまり面白くはないが見事だ。

 それから、南下し、一乗寺をぶらぶらしてから、北大路を西へ大徳寺前を過ぎる。高低差がありつかれる。この北大路、西大路、東大路、九条は土地区画整理事業でできた道で曳家なども多い。きぬかけの道に入り、龍安寺から北に入り柿を探す。このあたりの街の風情はとても良い。双ヶ岡まで下りてしまい、仁和寺まで上がり奥の御室八十八ヶ所霊場入口まで登る。さて、御室川ももう一度と今度は下ると嵐電で行き止まりもありなかなか進まない。前描いた、柿の南にもう1本あり、今度は南向きに描くと良い枝ぶりで実も多い。来週描こう。

 ついでに嵯峨野に。曼珠沙華が終わり、コスモスが咲き乱れる。例年の案山子展示もなかった。帰りは、太秦で京都中華を食べる。一休みして、太秦天神川から御池を走り、二条駅から三条を走る。

 4時間走って、12時半過ぎに帰洛。久々で疲れた

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セアブラノ神 錦(京都):京都産 牛ホソつけ麺を味わう、麺が多いと思ったら「特」だった。

2020-10-20 02:21:10 | 食べ歩き

 口開けで入店、券売機で京都産 牛ホソつけ麺(1,000円)を買おうとすると、なぜか100円増しに、外税と思い購入。(これが特300g(普通より+100g)だった(帰宅後領収書で確認)、店主に100円の消費税ですよねとも聞いたのだが)

 店内は町家で奇麗にしつらえてある。コロナ対策で1席おきになっている。卓上には一味、黒七味、リンゴ酢がある。黒ばら海苔の箱も。

 

 開店間もないのか、助手の女性に店主が色々指図、ちょっときつめでもあり雰囲気が固い。

 つけ麺はお盆に載ってくる。昆布水に浮かんだ18番中細麺と大振りレア・チャーシュー2枚、ホソが浮かんだ塩味のつけ汁は脂たくさん(少な目にしてもらったが)、フライド・エシャレットかオニオン、生の玉葱、紫玉葱、生姜が香るが臭みも感じた。

 麺は細く固く、うまみはいま一つで苦手なタイプ、特盛でもあり半分以上残した(150gで50円引きの小もあるようで次回はこれにする)

 ホソはくにゅくにゅしてうまいが、これは卓上にない胡椒が欲しかった。レア・チャーシューは凡庸。酢橘を入れるとつけ汁香りがよくなる。つけ汁は一味が合うと思ったが、黒七味では今一つだった。

 脂が多いのと麺があまり好みでないため、早々にスープ割し、締めごはんに黒ばら海苔をたくさんのせ掛けまわして食べるとこれがうまい。家畜系の脂と、海の海苔の出会いに、玉葱が変化を与える。

 つけ麺の麺はいまひとつだったが、このごはんはうまい。西中島の夢屋の締めごはんよりうまい

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風邪だぁ、アレルギーはPM2.5かも

2020-10-19 02:26:37 | 世情

 最近、アレルギーなのか平熱より1℃程高くだるい日がある。眼がしゃばしゃばするのでアレルギーらしいのだが、前日にアレルゲンを食べてもいない。お酒も良くないようだ。

 過去の統計で分析するとPM2.5の濃い日に発症しているようだ。テニス愛好家として辛い。しかもアレルギーは二日酔いのごとく、気分が暗くなり頭が痛いうえ透明な鼻水が垂れる。大体一日で収まる。しかも、お酒も良くないとなると、オーディオと読書に没頭するしかない。

 秋の草花が原因かもしれない、コロナではなさそうだ。そろそろ柿の絵を描く時期だ、どこにしようか

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元町ラーメン(京都 烏丸):10月から味噌ラーメン・セットが始まった

2020-10-18 02:52:36 | 食べ歩き

 テニスの後、久々に。ご飯がついて950円で、近くの英多朗のセットや弘商店の焼肉も同じくらいの値段。

味噌ラーメンは味玉半分、コーン、チャーシュー3枚、メンマが太い材木型になり一杯、もやしと葱を増量し、ニンニクを入れてもらう。

 麺は、ちぢれ麺でうまい。スープは、卓上のニンニク味噌、一味、胡椒をたっぷりにすると更にうまい。チャーシューと細く裂いたメンマと黄身はご飯にのせておく。

 味噌を大量に入れ、ちょっと辛くし過ぎた、これを食べると秋が来たと実感するお味だ

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「京都」の誕生(桃崎有一郎):京都を院政の武士の動きから分析、内容が散漫だが楽しめる

2020-10-17 02:57:23 | 京都

 「平安京はいらなかった」の著者、現在は高千穂大学商学部教授で歴史ではない。語り口はフランクで摂政から院政に変化し武士が勃興した時期の京都を対象に分析するが、面白いがムラがある。知見は:

・平安京は騎射のできる群盗が多かったが、朝廷は取り締まれない。更に皇族や貴族は免罪特権があり、法を破った。自警もあった。

・検非違使は少なく、群盗は山崎、淀、大井(堰)の津に拠点を構え京都を襲う

・武士は京都の血を受け継ぎ、地方で育つ、9世紀宇多天皇が滝口節を設置

・平将門( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B0%86%E9%96%80 東京に首塚もある)は京都に晒し首の第一号。洛中で受け取った首を囚人に持たせた鋒(きっさき:鉾)の先に刺し名札とともに洛中に行列でパレードした(後醍醐につながるなら楠公 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%A0%E6%9C%A8%E6%AD%A3%E6%88%90 も重要だ)

・院政は好き嫌いで行う利権まみれの政治→その前の摂関もそうだったとおもうが、暴力の歴史ならピンカ―を読んだ方が良いのでは

・藤原道長の法成寺を作り、白川天皇(院)も法勝寺(八角九重塔:現在は動物園の観覧車がある)で鴨川東側を開発、鳥羽殿で南も開発:京都(秩序:平安京)+君臨の場(鳥羽)+極楽往生の場(白川)に京都は進化

・天下は京都、天である天皇の在所、または近畿→このあたりは言い切っていない

・流鏑馬の語源が不明、院政の国家的練武になぜなったか→着眼が面白いが、次は鉄砲か、モンゴルの中国制覇も騎馬と弓だった

・京中仏閣禁止令のため、作るなら「堂」と名付けた、六角堂もこの時期、聖徳太子が平安京前に作った事実はない

・阿弥陀如来が死の克服として、自分の阿弥陀堂建設が流行、平等院鳳凰堂

・「本地(仏)垂迹(化身)」で神社と寺の嗷訴(強訴:天皇へのデモ):神輿振り(現代の神輿の祭りと同様)、神輿の放置(手を出せない)、呪詛

・白川院政では、山門(延暦寺など)の嗷訴、嗷訴を神の意志にしたて、精神的・物理的な暴力化、天皇の指示で武士が嗷訴に戦う段階に進化

・平家の八条殿、東に美福門院・八条院、源氏は六波羅、南に法住寺殿(新日吉社と新熊野社も設置)

 確かに、武士により京都の外周は変化した、しかし京都の成長は治水や病疫とあわせ人口拡大、つまり、産業振興でGDP成長があったからだ、政治だけではない

 産業と暴力の歴史をさらに探るとよい

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