北野進の活動日記

志賀原発の廃炉に向けた取り組みや珠洲の情報、ときにはうちの庭の様子も紹介。

「保守派こそ反原発を」

2011-05-27 | 脱原発
 昨日の朝日新聞は、ようやく日本でも原発反対が賛成を上回ったと、世論調査の結果を報じた。賛成が34%に対し反対が42%である。
 今日の朝日はその調査を詳細に報じている。日本の他、米国、ロシア、中国、韓国、ドイツ、フランスの7カ国を対象にした国際世論調査で、フクシマが世界にいかに大きな衝撃を与えたかがよくわかる。

 もっともこのような国際世論が今後の原子力政策にどのような影響を与えるかについては慎重な表現に終始している。編集委員の竹内敬二氏は、ベルリン自由大学のイェニッケ元教授の言葉を紹介している。
 「民主主義社会で、完全に自由化された電力市場を持つところでは、原発の新規建設という選択肢はない」
 来月県内で連続講演をおこなう藤田祐幸さんも、かつて珠洲で「アメリカは自由主義経済の中で原発立地は止まった。欧州は国民投票という民主主義の中で脱原発に向かっている。日本は「自由」「民主」党が長期政権を担っているのになぜ原発が推進されるのか」と皮肉交じりに指摘していた。

 その通りで、原発の歴史や原発を支えてきた諸制度を見るなら、日本が自由主義の国でも、民主主義の国でもなかったことが一目瞭然である。

 自民党が原発を推進してきたことをもって、保守派は原発推進だと受け止めている人は多い。
 そんな中、今日届いた5月27日発売の週間金曜日の「風速計」のコーナーに、編集委員の中島岳志氏は「保守派こそ反原発を」というテーマで書いている。

 中島氏は、
「保守派こそ原発に対して懐疑的にならざるをえない」との考えを示し、その理由として「保守思想の根源にあるのは、懐疑主義的な人間観である。人間はいつの時代も過ちを犯し続ける。・・・だから保守派は進歩を疑う。」
 だからこそ保守派は人智を越えた「伝統、慣習、良識、美徳」などに人類の叡智が詰まっていると考える。
 「人間の能力に決定的な限界がある以上、人間が作り出す技術にも決定的な限界がある。・・・絶対に安全な原発など成立しようがない」
 まして「原発は一旦事故が起こると、広範囲の土地での人間の営みを破壊する。歴史的に蓄積されてきた伝統や慣習、土壌、風景などを一気に失う」と指摘する。
 
 続けて「そんな原発をなぜ保守派が死守しようとしているのか」と疑問を投げかける。

 私は保守思想というものを突き詰めて勉強したことはない。だけど、ここで中島氏が言っていることは非常によくわかる。

 かつての珠洲原発をめぐる対立を振り返ったとき、反対派の中心は中島氏のいうまさに「保守派」だったと思う。

 では推進してきた自民党とは何だったのか。
 確かに若者がいなくなり、町は寂れ、農地は荒れ、祭りなど伝統行事の継承も難しくなっていた。なんとか地域を守りたいという保守的な思いをもった人もいたことは認める。
 しかし、人間の理性に限界はなく、科学は常に進歩し、後発の珠洲には絶対安全な原発ができるものだと信じていたとしたら、それは科学的社会主義と言えばいいのか、「安全神話」を信仰している信者と言えばいいのかわからないが、やはり「保守派」でなかったことだけは間違いない。


 


1 コメント

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保守主義とは (中垣たか子)
2011-05-29 22:07:04
池田香代子さんも、ブログに「祝島の人びとがやっていることこそ、保守主義である」と書いていましたね。
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/

『祝島の定例月曜デモ』(2010年11月3日)
「机上の空論は、どんなに科学や経済や政治といった現代の権威が裏書きするものであっても、うのみにしない。ふるさとのためなら、どんな大きな力にたいしても立ち上がる。たとえそれが国家であろうと、大企業であろうと。そして、過去と未来への責任を、今果たす。それが、祝島の人びとがやっていることです。これぞ保守主義です。」
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