松山散策
2012-10-12 | 雑感
はじめて訪れた松山市。
研究フォーラム前後の空き時間で街のあちこちを散策。
松山市には志賀視察を終えサンダーバードに飛び乗り9日の夜11時30分ごろ到着。人口52万の松山市だからさぞかし立派な駅舎かと思ったら、新幹線絡みで一新された金沢駅や小松駅と比較するのも申し訳ないくらい質素なたたずまい。駅前も賑やかかと思ったら、小さな居酒屋一軒に灯りが灯っているだけ。あまりのうす暗さに駅から徒歩3分のホテルを探すのに苦労する。
10日午前中、定番の観光コース松山城と坂の上の雲ミュージアムを訪れる。
天候にも恵まれ、ホテルを出発。5分ほどで公園入り口に着くが、天守閣ははるか山の上。海抜132mとのこと。あそこまで登る?(ちなみに反対側からはロープウェイで楽々登れる)
汗を拭き拭き山頂へ。
石垣の曲線が見事。
これは守りが堅そう。
下から見えた天守閣はさほど立派には思えなかったが、近くで見るとなかなかのもの。
秋田のお城は天守閣も石垣もなくそれはそれで珍しかったが、やはりお城は石垣と天守閣である。
平日の午前中にもかかわらず遠足の子どもたちに交じって大勢のオジサンたち。午後からの研究フォーラムに参加する全国各地の市議たちである。
天守閣からは松山市内はもちろん瀬戸内海も望むことができる。
1854年に復興されたこの天守閣は最後の完全な城郭建築とのこと。
続いて坂の上の雲ミュージアムへ。
松山市民、愛媛県民自慢の激動の時代を駆け抜けたヒーロー、秋山好古と秋山真之兄弟だが、アジア侵略の歴史を反省する視点は展示内容からは感じられない。
さて10日のフォーラム終了後、道後温泉へ。
駅前の坊ちゃんからくり時計。
12時になったら音楽とともに動き出す。
やっぱり主役はマドンナか。
坊ちゃん広場。
街中には路面電車に交じって坊ちゃん電車が走る。2台あるとのこと。
漱石さまさまである。
一番の目当ては道後温泉本館のお風呂。建物は重要文化財指定。
ここも別名「坊ちゃん湯」。
大広間では輪島塗の点目台と磯部焼の茶碗でお茶が出される。
たまたま空いた時間でよかったが、一日平均2000人!の入浴客とのこと。
もっとも入浴客は減り続け、今年上半期は東日本大震災の昨年をさらに下回り、苦戦を続けているようである。
道後にある正岡子規記念博物館。
俳句や短歌の素養はまったくないが、病魔に侵された中での34歳11か月の壮絶な生き様には圧倒される。
短歌、俳句だけでなく亡くなる二日前まで描いていた花や野菜の絵も見事。
東のマグロに対して、西日本はやっぱり鯛。あちこちに鯛料理がいっぱい。
写真は道後ハイカラ通りにある味倉の南予風鯛めし。ご飯の上にのせた鯛の刺身をとろろ芋と特製のたれをかけて食べる。
久々に会う他市の議員との交流も深められ、朝から晩まで密度の濃い2日間だった。
研究フォーラム前後の空き時間で街のあちこちを散策。
松山市には志賀視察を終えサンダーバードに飛び乗り9日の夜11時30分ごろ到着。人口52万の松山市だからさぞかし立派な駅舎かと思ったら、新幹線絡みで一新された金沢駅や小松駅と比較するのも申し訳ないくらい質素なたたずまい。駅前も賑やかかと思ったら、小さな居酒屋一軒に灯りが灯っているだけ。あまりのうす暗さに駅から徒歩3分のホテルを探すのに苦労する。
10日午前中、定番の観光コース松山城と坂の上の雲ミュージアムを訪れる。
天候にも恵まれ、ホテルを出発。5分ほどで公園入り口に着くが、天守閣ははるか山の上。海抜132mとのこと。あそこまで登る?(ちなみに反対側からはロープウェイで楽々登れる)
汗を拭き拭き山頂へ。
石垣の曲線が見事。
これは守りが堅そう。
下から見えた天守閣はさほど立派には思えなかったが、近くで見るとなかなかのもの。
秋田のお城は天守閣も石垣もなくそれはそれで珍しかったが、やはりお城は石垣と天守閣である。
平日の午前中にもかかわらず遠足の子どもたちに交じって大勢のオジサンたち。午後からの研究フォーラムに参加する全国各地の市議たちである。
天守閣からは松山市内はもちろん瀬戸内海も望むことができる。
1854年に復興されたこの天守閣は最後の完全な城郭建築とのこと。
続いて坂の上の雲ミュージアムへ。
松山市民、愛媛県民自慢の激動の時代を駆け抜けたヒーロー、秋山好古と秋山真之兄弟だが、アジア侵略の歴史を反省する視点は展示内容からは感じられない。
さて10日のフォーラム終了後、道後温泉へ。
駅前の坊ちゃんからくり時計。
12時になったら音楽とともに動き出す。
やっぱり主役はマドンナか。
坊ちゃん広場。
街中には路面電車に交じって坊ちゃん電車が走る。2台あるとのこと。
漱石さまさまである。
一番の目当ては道後温泉本館のお風呂。建物は重要文化財指定。
ここも別名「坊ちゃん湯」。
大広間では輪島塗の点目台と磯部焼の茶碗でお茶が出される。
たまたま空いた時間でよかったが、一日平均2000人!の入浴客とのこと。
もっとも入浴客は減り続け、今年上半期は東日本大震災の昨年をさらに下回り、苦戦を続けているようである。
道後にある正岡子規記念博物館。
俳句や短歌の素養はまったくないが、病魔に侵された中での34歳11か月の壮絶な生き様には圧倒される。
短歌、俳句だけでなく亡くなる二日前まで描いていた花や野菜の絵も見事。
東のマグロに対して、西日本はやっぱり鯛。あちこちに鯛料理がいっぱい。
写真は道後ハイカラ通りにある味倉の南予風鯛めし。ご飯の上にのせた鯛の刺身をとろろ芋と特製のたれをかけて食べる。
久々に会う他市の議員との交流も深められ、朝から晩まで密度の濃い2日間だった。
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