黒鉄重工

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三島のバスを撮影する 【2014/07/10】

2014-07-14 22:46:51 | バス・航空機撮影記

この日は三島に行く用事があったので、その途中でバスでも撮影していくことに。
ミラーレス機だと携帯が楽なのでちょっとした用事でも持って行けて便利です。
最初は静岡駅でしずてつジャストラインの撮影。
相良営業所のエアロエース。富士山静岡空港静岡線は系統番号がないんですね。



唐瀬営業所のポンチョ。旧型の方です。初めて見たかもしれないですね。



岡部営業所のエアロスターK。偶然にも教習車が来ました。



小鹿営業所のブルーリボンシティ。



鳥坂営業所のエアロスターK。またも教習車でした。中扉のエアロスターKを立て続けにみたというのもあれですが。



ジェイアール東海バスのエアロエース(774-12953)。渋谷・新宿ライナー静岡号です。



唐瀬営業所のエアロミディ。しずてつ車の撮影は初めてですね。



東海道線のホームに上ったら、下り列車に用宗行き表示が!
定期列車には設定されておらず、ダイヤ乱れにでもならないと出てこない行き先です。実際、当日は線路への自動車侵入でダイヤが乱れていたそうです。
これは撮らねばなるまいて。



先頭は211系LL9。正面方向幕に用宗はないので普通表示です。



側面はちゃんと用宗を表示しています。これがSS編成だったら細幕と太幕の両方が見られてよかったんですけどね。ちと残念。



後ろ3両は313系。211系の用宗表示は幕回しの時にひょんなことで見られるかもしれませんが(それでも終着駅到着前に行き先を次の列車に設定している場合がほとんどなので難しいですが)313系はLED表示なので実際に設定されないとまず見られないと思います。



313系はT16。いいものが見れました。



そんなこんなで三島に着きました。適当にバスを撮ります。
伊豆箱根バスの7E。西武グループなのでライオンズカラーですね。



西伊豆東海バスのセレガ。小田急グループの標準塗装ですね。羽の色がオレンジなのが特徴かな。
西伊豆特急に充当。



沼津登山東海バスのエアロミディ。
よく見たら神奈中の中古ですねこれ。神奈中の車は正面に運賃窓、ドアにそれぞれ出入口窓があるのが特徴なので、簡単に見分けることが出来ますよ。
塗装も帯と裾の赤色を橙色に変えただけで塗装パターンも酷似しています(雨樋は神奈中と同じ赤ですね)。
ちなみに乗り降りも前乗り前降りで神奈中と同じ。



沼津登山東海バスのエルガ。小田急バスのお古とのこと。
塗装は現在の東海バスの標準色。神奈中古よりも黄色が明るい感じ。



沼津登山東海バスのエアロミディ。前述のとおり前乗り前降り方式なのでトップドア車で事足りるんですね。
この塗装は箱根登山バス色です。塗替えが進んでいるとか。



富士急シティバスのレインボー。



沼津登山東海バスのジャーニー。



伊豆箱根バスのスペースランナー(日産ディーゼル)。

こんな感じでした。

【拉致旅行シリーズ】 レンタカーで行く北陸周遊旅 EXその2 【2014/01/11~13】

2014-07-13 22:35:50 | 旅行・イベント記

成田山から撤退して車を走らせます。パテ石さん一同は航空科学博物館にいるそうなので、そこへ向かいます。
途中で芝山鉄道の芝山千代田駅の横を通りました。こんなところにあるんですねー。周りなにもないけどどうして造った?



何の脈略もなく大きい土偶や馬が見えてきたらもうすぐです。



着きました。航空科学博物館は、その名の通り成田空港に隣接する国内初の航空機を中心に据えた博物館です。昔一度来たことがあります。

しかし我々はここに遊びに来たのではありません。パテ石氏を驚かすために来たのです。
とりあえず駐車場に停まっているシエンタを探して、ちょうど横が開いていたので真横に付けました。



あ、いました。左側に3人いますねぇ。真ん中がパテ石さんですな。
屋上でカメラを構えながら飛行機を撮っています。周りの人たちがただ見るだけかコンデジで撮っているのに対して、一番いい場所で一眼レフに望遠レンズとガチ機材を使って応戦しています。
大人げないです。周りの人たちドン引きで彼らとは距離をおいています。

所在を確認したところで、博物館の入り口で待ち伏せします。館内に入ってうっかり鉢合わせするのもアレですしね。別に入館料が惜しかったわけではない。



でもすぐに飽きたので屋外展示されている実機を観察します。
まずは三菱重工MU-2B/F。1963年から生産した7人乗りのビジネス用飛行機。総生産数は762機。
この機体は三菱重工社有機として各種試験に用いられました。



富士重工FA-300。1975年から生産した6人乗りのビジネス用飛行機。総生産数は46機。この機体は試作1号機です。



日本航空機製造YS-11。かの有名な戦後唯一の国産旅客機で、1962年から182機が生産。定員は66人。この機体は試作1号機です。
結局、国産旅客機の夢はYS-11のみで終わってしまいましたが、自衛隊では持ち前の頑丈さが幸いしているのか現役で活躍しています。
試作機ばかりがおいてあるんですね。



シコルスキー(米)S-62A。1958年から生産した12人乗りヘリコプター。
この機体は三菱重工がライセンス生産したもので海上保安庁で使われていました。



エアロスパシアル(仏)SA330Fピューマ。1965年から生産した21人乗りヘリコプター。
東京消防庁で消防活動や急患輸送に使用されていました。



カモフ(ソ連)Ka-26。1965年から生産した9人乗りヘリコプター。
個人機として使われていたそうです。というかソ連製のヘリなんて輸入できたんですねぇ。



セスナ(米)411A。1962年から生産した8人乗りビジネス用飛行機。
「おおたか号」として中日新聞の取材用に使われていました。



ムーニー(米)M20M。1955年から1万機以上生産した4人乗り軽飛行機。
高速性能に優れていて、この機体は個人所有でレジャーや訓練に用いられました。展示のために成田空港まで最終フライトを行いました。



リアジェット(米)25B。1963年から2000機近く生産したビジネスジェット機のベストセラー。
この機体はアメリカ企業の社有機で、展示のために成田空港まで最終フライトを行いました。



ビーチクラフト(米)C35/E33ボナンザ。1959年から生産した5人乗りの軽飛行機。
この機体は、宮城県の航空大学校で訓練用に使われていました。



セスナ421。1965年から生産した10人乗り飛行機。この機体は「金星II号」として毎日新聞の取材用に使われていました。



ビーチ(米)ターボバロン。1967年から生産した6人乗りビジネス飛行機。
この機体は「明星号」として毎日新聞で使用されていました。

どれも静態保存ばかりで実際に飛べる機体はいないんですねぇ。そこら辺はアメリカには全く敵いませんな。


以上です。
なお、観察中にパテ石さんが退館しシエンタに乗車。一瞬焦るもただの場所移動。おうビビらせるなよ。
こちらも呼応してヴィッツを今度はシエンタの正面に移動。当然気づかず。

つづきます。次回で最終回です。


EX最終回へ→

【ギャラリー】 大日本帝国海軍 陽炎型駆逐艦 浜風(1944年) 【1/700】

2014-07-11 23:26:10 | 模型ギャラリー


浜風は、浦賀船渠にて1941(昭和16)年6月30日に陽炎型駆逐艦13番艦として竣工、呉鎮守府の第17駆逐隊に編入された。同駆逐隊には他に同じ陽炎型の浦風、磯風、谷風が所属している。
太平洋戦争開戦時に第17駆逐隊は第一水雷戦隊に所属。南雲機動部隊の護衛として真珠湾攻撃に参加し、その後もラバウル攻略、ミッドウェー海戦、ガ島撤退作戦、などの作戦に参加した。
1944年10月、レイテ沖海戦に従事、シブヤン海海戦に参加する。被弾するも大破した戦艦武蔵の護衛に付き、その後武蔵の沈没を目撃した。
同年11月に本土へ帰っていったが、その途中で戦艦金剛(と駆逐艦浦風)を米潜水艦により失い、呉に回航していた空母信濃の護衛中にもやはり米潜水艦により喪失するなど、多くの主力艦の沈没を見届けている。
最期は1945年に発動された天一号作戦に参加。その後同年4月7日、水上特攻する戦艦大和の護衛として雪風ら数少ない駆逐艦とともに坊ノ岬沖海戦に参加。第一次空襲で船体後部に爆弾が命中し航行不能。次に魚雷が右舷船体中央に命中し船体が前後に分断。航行不能になってからわずか3分後の12時48分に轟沈した。



というわけで、駆逐艦浜風です。
ウォーターラインシリーズは数を揃えてなんぼなので、最近は結構重点的に作っています。まずは簡単なところから、駆逐艦で構成された駆逐隊を結成しようとしています。
色々な艦種を作りたいので史実無視で好きな艦を作っています。前回は吹雪でしたね。で、今回は陽炎型の浜風です。
選定理由としては艦これで擬人化されている同艦をドロップしたいがため。プラモを作ると出るんですよこれが。
キットはフジミの特シリーズを選びました。同型艦の磯風も一緒にパッケージされていて、1隻あたりの調達コストが安いです。磯風もそのうち実装されるやも知れないし、そうでなくても初風なり浦風なり他の艦にしてしまえばいいのです。



フジミのキットなので、ディテールは他社のそれよりも上です。特にリニューアル前のWLシリーズと並べた日には目も当てられません。
駆逐艦と舐めてかかっていたら痛い目を見ました。



浜風は大戦末期まで在りましたが、今回のキットでは1944年時の最終時を再現したもの。
対空性能を上げるために2番主砲を撤去して25mm三連装機銃を増設しているのが特徴です。他にも22号水上電探に13号対空電探も増設しています。
艦これの浜風も最終時っぽいのでぴったりですね。



今回からアンテナ線を張りました。かなり実感的になりました。ちょっとしたことですが、するとしないでは存在感がまるで違います。
ただ、線のたるみの不自然さや接着剤の量の多さは反省点。今後に活かしていきます。
それと軽くウェザリングもかけました。錆垂れと軽いウォッシングです。ウォッシングはほとんどわからないですけど・・・。



特徴的な2番主砲跡にある25mm三連装機銃。戦艦のように余裕が無いので装備を増やすことはできないんですねー。



魚雷発射管は4連装*2基で8門と吹雪型の3連装*3基の9門よりも減少していますが、陽炎型には次発装填装置があるので実質16発分撃てることに。吹雪型の2倍弱の雷撃能力を持ちます。



フジミの浜風は、主砲と魚雷発射管が回転可能です。他社製だと軸の接続が緩いので接着剤で固定しないといけません。
なので、少し表情を付けることが可能。面白いです。



砲雷撃戦、開始します!

以上、浜風でした。

【1/700】 フジミ 駆逐艦浜風 製作

2014-07-10 23:39:47 | 艦船模型製作記

ここ最近精力的に作っている艦船プラモですが、とりあえずは駆逐艦4隻を作って駆逐隊を結成することに。というわけで、陽炎型駆逐艦の浜風を作ります。
数カ月前に艦これで浜風が実装されたのですがちっとも出ないので、作れば出るとの法則を使います。もっとも、最近艦これやってないのでこれでは完成させてもあまり意味が無いです。
キットはフジミ製のものを選びました。フジミのキットはディテールがとても細かく、1/350スケールのディテールを1/700に凝縮したなんて表現がよくされます。
いずれはフジミの金剛型を組んでみたいと思っているので、どんなものか試してみることに。



ああ~、細かいんじゃぁ・・・。
駆逐艦だからたいしたことないだろ~って思っていたらWLシリーズなら省略されているところもきっちりとパーツ化されていてとんでもなかった・・・。
吹雪の倍以上かかりました。



あらかた艤装を終えたところ。タミヤの吹雪がおもちゃに見えてくる・・・。
まあ初期のWLはシルエットがそれっぽければいいというコンセプトなのでしゃあない。



艤装を全て終えたところ。駆逐艦と侮れない密度です。



それと、今回の浜風からアンテナ線を張り巡らせてみました。メタルリギングの0.1号を使用しました。金属線を切ってマストに接着剤で付けるだけの簡単な作業。ただ張るだけなら。
自然なたわみやテンション、正確な位置決めを盛り込んでいくと難しいですね。接着剤もたくさん使ってしまったので船体もやや汚らしく・・・。




張り線完了、そして完成。とても実感的になりました。随分と雰囲気が変わるものですね。
以降に作る艦にも採用したいと思います。

新カメラの試し撮りをする 【2014/07/04】

2014-07-09 22:32:51 | バス・航空機撮影記

カメラを買い替えました!
今まで愛用してきたソニーα350からα6000へとカメラを更新しました。ミラー付き一眼レフからミラーレス一眼レフへの更新です。
最近は旅行している時に一眼レフカメラの大きさや重さが鬱陶しく感じることが多くなってきて、ならば思い切って小さくて軽いミラーレス機にしてしまおうということです。あとは単純にα350の性能が低く見えるようになってきたことですかね。
今まで使ってきたAマウントレンズが基本的に使えなくなってしまうのは痛いですが、それを補って余りある性能と使いやすさだと思います、はい。

というわけで今回は新しいカメラの慣熟運転をしに近所で電車とバスを撮影してきました。



最初は東海道線。373系特急「ふじかわ」です。ピン甘ですねこの野郎。
まだロックオンAFをイマイチ理解していないご様子。



EF210-169の貨物列車。パンタが切れているダメ写真ですね。性能以前に腕がダメ。



ちなみに後ろはコキ200でした。初めて撮った。



次に静鉄電車。1000系ですね。やはりピン甘。置きピンのほうが良いのではないか。
ちなみに置きピンはだいぶやりやすくなってました。



線路沿いに花が咲いていたのでこんなことも。あ、でも上が切れてるな。



アウトカーブだったら上手くいくやろ思ってたらこれもダメ。このくらいまで縮小すればあまりわからないですけれど。



1007Fの走行シーンを撮影できるもピン甘。うーんこの。
結局原因はフォーカス設定にあったんですけどね。取説はよく読みませう。



最後は新静岡セノバのバスターミナルへ。しずてつジャストラインを撮影します。今日のメイン。



唐瀬営業所の富士重工7E。正面行先表示器左右はガラスになっていて、これは静鉄の独自仕様だとか。
なおツーステ車は未だにクリームとマゼンタの旧塗装を堅持しています。まだそこそこの勢力を保っている感じです。



山梨交通のいすゞガーラ。静岡~甲府・竜王を結ぶ高速バスです。



鳥坂営業所のいすゞエルガ。縦2つ目のバスはだいたいエルガでOK。たまにブルーリボンだったということも。
ノーステ・ワンステ車はクリーム色にブロックパターンの新塗装。ドアをマゼンタで塗るというのは継承しています(中ドアのみ)。



丸子営業所の西工96MC+日デ。西工96MCは大きいバンパーが目印。というか西工の闇は深そうなのでこれくらいしか言えません。



三菱ふそうローザのボンネットタイプ。
「駿府浪漫バス」という静岡市から委託されている市内循環バスです。この赤いのは「葵小町」。青いのに赤い?



岡部営業所の三菱ふそうエアロスターK。丸ライトの古そうな車。
正面右側にセーフティウィンドウのあるバスはだいたいエアロスター。



浜岡営業所の三菱ふそうエアロエース。
新静岡~相良営業所を結ぶ特急静岡相良線に使われています。路線バス用なのでドアがスイング式ではなく折戸式。
平日朝の上りは5分ヘッドでバスが出る時間帯があるそうで、結構ドル箱っぽい路線ですね。いつか乗ってみたい。



小鹿営業所のエアロスター。
ちなみにゲテノンは導入していない模様。塗装パターン的にあのアンバランスなドア配置が露呈してしまうからかしら?



唐瀬営業所の日野ポンチョ。安東循環線専用。これはすぐに分かる。



唐瀬営業所の日野レインボーII。ブルーリボンIIの短い版。顔も細い。



丸子営業所のエルガ。初期に導入されたエルガは行き先表示器周りが赤いそうで。



浜岡営業所の日野セレガ。特急静岡相良線です。



相良営業所のセレガ。やはりこのボディはかっこいい。



鳥坂営業所のエアロスターK。ツーステの中扉仕様でしずてつではかなり珍しいらしい。
中扉でも塗装は後扉に合わせているのね。



唐瀬営業所の日野ブルーリボンシティ。これもすぐ分かる。イケメンですね。



JRバス関東の日デ+西工C型。



ローザの駿府浪漫バス。青いのは「家康公」です。



最後に静岡駅で京王バスのエアロエースを撮影しておしまいです。
車種はだいたいわかってきたような気がしますがまだまだバス初心者ですね。上級者になることもないのでしょうが。

カメラもおおよそ使いこなせるようになってきました。今後の写真に乞うご期待。

【拉致旅行シリーズ】 レンタカーで行く北陸周遊旅 EXその1 【2014/01/11~13】

2014-07-07 23:42:27 | 旅行・イベント記

大船で一休みすること5時間。駅前のヤマダ電機の前を歩いていると、ZeBon運転の黒塗りヴィッツに詰め込まれ有無をいわさず長津田駅前へと連れて行かれたのだった。

ここで青いシエスタが来るまで張り込みます。
経緯を説明しますと、成田空港へ撮影に向かう御一行がいて、じゃあそのうちの一人を驚かせようということでドッキリを仕掛けることにしました。
ただの身内企画なのでこのブログを呼んでいる人のほとんどはつまらないですねぇ。なので今回はさっさと読み飛ばすといいです。もしくはブラウザの戻るボタンを押すかウィンドウを閉じちゃってください。
というわけなので、EXの行き先は成田空港です。

御一行のメンツは、パテ石(今回の標的、何も知らない)、京王宙(ニコン党のガチ撮り鉄)、ウィー(大学生)、T山(すごいカメラマン)、研畜(社畜の大学研究室版。死にかけ)。まあ記事上ではほとんど絡んでこないと思います。覚えなくて大丈夫です。
パテ石以外のメンツには既に根回しをしてあり、連絡を密に取れる体制を構築済み。長津田駅に寄ることも分かっていたのでそこでシエスタを補足して後は付いてくだけ。
準備は万全と思っていました。

ところが、張り込みの定番アンパンと牛乳を食べている間にシエスタは別ルートで長津田駅を出発。作戦を出鼻でくじかれることになります。「話と違うぞ」という愚痴もそこそこにヴィッツも急いで追いかけます。この時点で遅れは10分。



第三京浜→首都高→湾岸道を走るシエスタを追います。それはもう安全な範囲で猛追をします。
そして、ベイブリッジを渡る時点でだいたいシエスタの後方8kmまで差を縮めることが出来ました。



多摩川(多分)をくぐります。もうガソリンがマッハです。悲鳴を上げてしまいます。



大井PA通過。
さらに新木場も通過し、ココらへんで前方を走っているシエスタと連絡を取り位置を確認。
すると、大井PAで休憩しているというのです。今しがた全速力で通過した大井PAでシエスタを追い越してしまったのです。
停まるならそれ連絡しろや!と激怒するも時既にお寿司。



なので、シエスタがこちらを追い抜くまで我々ヴィッツは時速70kmのエコ運転を敢行。新木場までに無駄に消費したガソリン分を取り戻します。
写真はお台場ですね。ちょっと前後関係違ってますね。



そのまま北関東自動車道へ入ります。この時点で後方のシエスタとは10km差。着実に距離が詰まってきたところでさらにエコ運転を強化します。時速は65km。いくらなんでも遅すぎです。

そして運転間隔調整のため酒々井PAにピットイン。少しくつろごうと思った刹那、シエスタが後方1kmまで迫っているとの連絡が。ヴィッツは慌てて発進。
車を降りること無く酒々井PAを出ると直後、シエスタが時速120kmでヴィッツを追い抜かしていきました。そこから再びこちらが追いかける側となり、ついに成田IC数キロ手前で青いシエスタを補足。
運転手さん!あいつです、あの青いシエスタを追ってくれ!



成田ICを降りる頃には真後ろへとぴったりとくっつきます。ここら辺からシエスタ側とは無線封鎖。パテ石さんはもちろんのこと他の乗員もいつ気づくか監視します。なお気づかない模様。なにせ妙高さん(中破)のお面をつけているので。



全く気づきません。



シエスタは国道295号線を走ります。我々もそれを追います。
まっすぐ成田空港へ向かわずに成田山へ寄り道をしていくそうです。



だんだん道が狭くなってきます。気付いてくれる様子がありません。



成田山へ向かう道、かなり混んでおりなかなか動いてくれません。車間距離もどんどん詰まっていき、シエスタとの距離30cmに迫るもなお気付かず。



そして、ヴィッツとシエスタは別々の駐車場に駐車。我々のほうが幾分か距離が近い方の駐車場に停めました。
さらに、山へのショートカットも駐車場からあったため、これを使い先回りし待ち伏せすることに。



成田山の山頂で待機します。実は、我々は昨日までの北陸周遊にて各地で甘いもの(ゆべし、饅頭、ういろう)を入手しており、それをパテ石さんと京王宙くんにおみまいしてやるんですね。このことは我々だけしか知りません。
それにしても大きくて立派な建物ですね。平和大塔といい、1984年築で見た目は二重塔ですが内部は五重塔になっているのだとか。
あんまり連中が来ないので中の収蔵物を見学していました。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

見学し終わっても来ないので連絡してみたら、すでに成田山を撤退したとか言う信じられない言葉が。
いやいや、普通一通り見学していくものでしょう。少なくとも山頂まで登ってくるでしょう。
ありえない行動に2人呆れる。祟られてしまえ。



今から追いかけても追いつかないので、切り替えて成田山をゆっくり見て回ることに。
釈迦堂。1858年建立。先代の本堂でした。



大本堂。1968年建立の鉄筋コンクリート造り。現在の本堂ですね。まだ正月明けなのですごい人出です。



一切経堂。1722年建立。小さいけど大昔の建物。



聖徳太子堂。1992年建立。聖徳太子を奉安しています。神霊廟かな?
こんなところに神子の聖地があったなんて・・・(違

一通り見学を終えたので、成田山を後にして成田空港へ移動します。


その2へ→

富士学校開設60周年記念行事を見学する ダイジェスト版 【2014/07/06】

2014-07-06 21:50:57 | 日常記

静岡県小山町にある陸上自衛隊富士学校で行われた「富士学校開設60周年記念行事」へ行ってきました。
地味に陸上自衛隊の施設公開に行くのは初めてです。海自と空自はあるのですが(舞鶴と入間)。
長くなりそうなので今回はダイジェスト版を掲載です。

朝から自動車を走らせて校内に。やや出遅れた感じでしたが駐車場は近めで撮影場所も割りと簡単に確保出来ました。
グラウンドには数多の装備品が並べられています。これを見ただけでもお腹いっぱいという感じですね。



隊員が部隊ごとに駆け足でグランドに集合して整列する様はまるで運動会。校長のお話や来賓の国会議員の祝辞も続き、本当に運動会のような感じ。おかげで眠かったですw

それらが終わるとグラウンドに並べられた装備品を端から端まで走行させる観閲行進の時間。
ずらずらと並ぶ車両群には気分も高揚します。



とりあえず適当に紹介しておきます。これは87式偵察警戒車。



補給用(?)のトラック。こういう後方支援の車両、大事ですよね。



203mm自走りゅう弾砲。榴弾の「榴」は平仮名が正式らしい。
今回の装備品の中で一番大きいです。戦車よりも大きい。やはり長物はよいな・・・。



最後は戦車部隊です。トップは最新鋭の10式戦車。



次に90式戦車。本州で見られるのはここだけになるのか?



最後はみんな大好き74式戦車。丸い砲塔が可愛い。



観閲行進が終わった後は、訓練展示です。敵軍をどのようにして排除していくかというのを見ることが出来ます。これもだいぶ端折って紹介。
多用途ヘリコプターUH-1Hから隊員が降下。映画みたいでかっこいい。



旧型の74式戦車は某国人民解放軍(嘘)敵軍役でやられてばっかでした。



203mm自走りゅう弾砲は空砲を発射。空砲と侮る無かれ、体中がビリビリするような轟音を立てて発射します。こんなにするとは思わなかった・・・。



戦車中隊も空砲を撃ちます。203mm自走りゅう弾砲みたいに発射の合図がなかったので、発射の瞬間を捉えることは出来ませんでした。
そんな感じで訓練展示は終わり。とても楽しめました。



最後に校内に保存されている過去の装備品を撮影。
一番見てみたかった米軍から供与されたM4シャーマンを拝めて満足。このM4A3E8は通称イージーエイトと呼ばれていて、ガンダムEz8の名前の元ネタになっています。



富士学校撤退後は富士宮にある若獅子神社に寄り道して、当地で保存されている帝国陸軍の97式中戦車を撮影。チハたんですよ、チハたん!
車体は錆つき部品も欠損しまくりですが、車体に多数付けられた弾痕も相まって却って戦争の生々しさが伝わってきます。
ていうか錆びた車体の上からクリア塗料塗ってると思うのコレ。


いつになるかわかりませんが、そのうちまた詳しく記事にしていきますのでお楽しみに!

天竜浜名湖鉄道と豊橋鉄道に乗る 後編 【2014/06/01】

2014-07-05 23:26:48 | 鉄道撮影記

竜ヶ岩洞から遠鉄バスで金指駅に戻ります。とんでもないクソ接続で1時間ほど待たされますので、その間に駅周辺に残っている遺構を見に行きます。
まずは駅から西に300mほど歩いたところにある遠鉄奥山線の高架橋が残っています。おそらく1930年代のコンクリート橋でしょうか。この年代のコンクリート橋は珍しいと聞きます。



旧二俣線を跨いだ奥山線の線路は高架を降りて金指駅へと至り、二俣線と接続していました。高架橋前後の遺構は全く見当たりませんでした。完全に姿を消したと思います。
ちなみに金指駅はもともと奥山線の駅であり、その後に二俣線が乗り入れてきた形になります。ですので、この交差部分も慣例通りならば後から開業した二俣線が奥山線を跨ぐことになるのですが、二俣線が割り込む形で地上を走ることになり奥山線は高架橋に切り替えられることになりました。



さらに駅前には蒸気機関車用の高架給水水槽が残されています。これの他にプラットホーム、旅客上屋が有形文化財に指定されています。



ちょうど金指駅でTH2100形同士が交換。TH2100形はNDCシリーズの中でもかっこよくてお気に入りです。
このまま一気に終点の新所原駅へ。途中で見どころもありましたが寝てしまったので全て見逃して起きた時は新所原。
これで天浜線は完乗となります。これで県内の未乗路線は遠鉄線と井川線(奥泉~井川)のみになります。



新所原から東海道線に乗り換え、2つ先の豊橋駅へ。そこから豊橋鉄道渥美線に乗り換えます。
渥美線の車両は東急7200系のお下がりである1800系が運用されているので、前から行ってみたいと思っていた路線でした。
2013年には「渥美線カラフルトレイン」として全10編成が異なる色を纏った姿に変わりました。10色となるとカラフルな電車で有名な井の頭線以上ですね。
とりあえずはホームに停まっている1803F「つつじ」を撮影。つつじは豊橋市の花になっています。よく道路に植わっていますね。花の蜜を吸ったりするアレ。



1805Fは「菖蒲」。賀茂しょうぶ園や初立池公園で菖蒲を楽しむことができるそうです。
1803FのL字アンテナは名鉄の移植のようでしたが1805Fのものは東急オリジナルのようですね。細かいところで差異がありますな。
あとは個人的好みですけど、フロントの骸骨顔(窓まわりの黒塗り)はやめて頂きたかったかなと。ダイヤモンドカットの魅力半減やでぇ・・・。



1803Fに乗って終点まで乗ります。ふたつめの小池駅で列車交換するので、ホームから撮影。
1801F「ばら」でした。沿線の田原市はばらの出荷額が全国トップクラスなのです。



杉山駅でも1802F「はまぼう」を撮影。聞いたことのない名前です。はまぼうの自生地北限である田原市は愛知県天然記念物に指定されています。



最後に神戸駅で1809F「桜」を撮影。沿線では向山緑地や滝頭公園が特に有名です。



終点の三河田原駅に到着。なんかとても近代的で大きな駅舎です。2013年10月に建て替えられたのだそうです。中には図書館やフリースペースを完備。



線路の脇から1800系が撮影できました。ホームも2面4線と過剰なのではないかと思うほどに多かったです。


豊鉄バスのレインボーRJ。すごく短い。
路線バスは他にも伊良湖本線などがあって、渥美半島の先っちょまで走っています。そこからはフェリーに乗り換えてさらに遠くへ行くことが出来ます。
どうでしょう軍団も原付きで渥美半島を横断してフェリーで鳥羽まで行っていましたね。そういうルートも悪く無いですな。



もっと渥美半島を満喫したいのは山々ですが、長居はできないので豊橋へ折り返します。
途中の大清水駅で1810F「菊」を撮影。電照菊ハウスの明かりが綺麗だとか。



残りの編成もできるだけ撮影しようと、車庫のある高師駅で下車。
車庫には1807F「菜の花」と1804F「ひまわり」が留置されていました。菜の花は田原市の花、ひまわりは沿線やサンテパルクたはらで楽しめます。
あとは、1808F「椿」が検査中でした。



ちょうどやってきた1802Fを撮影します。



「菜の花」と「ひまわり」と「菖蒲」を1枚に収めて豊橋へと戻ります。
今回の訪問で8編成撮影することが出来ました。意外と効率よく撮影ができて満足でした。
渥美半島周遊も含めてまた行きたいですね。



豊橋に戻ってきたら、少しの間豊橋市電を撮影。これも豊橋鉄道の路線になります。
旧型のモ3100形やT1000形を期待していましたが、来たのは全てモ780形でした。うーんこの。福井鉄道で似たような顔の車両を結構見ているのであまり有り難みが・・・。
また来ます。



あとは豊鉄バスも少し撮影していました。西工やエアロスターが多い印象ですね。特徴としてはフロントに小さめのLEDマーカーが付いていることでしょうか。



帰ります。フラッと飯田線ホームに行ってみたら313系1700番台がいたので撮影していきました。ダブルパンタええな。



天浜線のフリーきっぷを有効活用するために新所原から天浜線に乗り換えます。
一度来た道を暗闇で何も見えない車窓を眺めながらなにもしないで掛川まで2時間乗りっぱなしですから、相当やられました。おお、つらいつらい。


おわり