黒鉄重工

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【拉致旅行シリーズ】 「トーマスとミニキャブ」というおはなし その3 【2014/07/20】

2014-07-31 23:58:27 | 鉄道撮影記

井川線の列車を撮り終えた一行。
いまさらトーマスを撮る気はなく、静岡市内へ戻ってさわやか行こうぜみたいなノリになっているのですが、もうひとつなんかないかということで知恵を巡らせます。
そして思い出したのが、寸又峡温泉にある千頭森林鉄道の保存車両。これを見に行くことにしましょう。午前は列車撮影、午後は保存車巡りといつぞやの北陸Pを連想させる行程です。

というわけで、今いる長島ダムから県道388号線を少し戻って県道77号線に合流、そのまま道なりに県道の終点である寸又峡温泉へと向かいます。
直線距離だとたいした距離ではないんですけど、N字形に蛇行していて25分ほどかかります。
まあ、ここは路線バスも運行されています(千頭~寸又峡温泉)から、そんなひどい道ではないでしょう。HAHAHA!



いやあ、ぜんぜんそんなことなかったね!
77号線に合流してすぐは2車線の規格の高い道路だったのですが、最初のヘアピンカーブを過ぎた辺りからこんな調子の道幅の道路が続きます。まあミニキャブ程度ならすいすい行けちゃうし、すれ違いもできるんですけど。
こんなところをバスが走ってるのか?バカか!?
短尺車が走るのがやっとでしょう、これ。エアロミディかレインボーか、はたまたジャーニーか・・・。ポンチョはいないはずだから。
そんなことよりも恐いのは、そのバスとすれ違うのではないかということ。バスが寸又峡を出発する時刻に近いのです。
もしもエアロスターだったらと思うととても正気ではいられません。バスが来る前に早く着かなきゃとミニキャブのスピードも自然と早くなっていきます。



はい絶景!
こういう道ではカーブを曲がる時にカーブの先ではなくてひたすら車の正面の方向を見るんだ。そうするとあっという間に酔うから。
つか普通に乗ってても軽く酔う。



トンネル、橋梁と2車線道路が続くからもうハイライトは終わりかなと思わせてまだ1車線が続くから困る。



着きました。寸又峡温泉です。バスとはすれ違わずに済みました。危なかった・・・。
山の中にある秘境の温泉郷といった感じですね。一度はこういうところに泊まりに行きたいもの。
そして奥の方にいますね。



千頭森林鉄道で使われていた列車の静態保存車たち。手前に自動車が停められていたので編成写真は撮れず。
機関車+客車+貨車という編成単位での保存です。意外とこういうスタイルでの保存は少ないです。たいていは機関車単体。当時の活躍を偲ぶには機関車だけでは足りず、やはり貨車や客車が欠かせませんね。
機関車は協三工業製のDB12(4.8t機)。機関部の構造が覗けるようになっていますが、いかんせん状態が悪いので荒廃感を助長しているように見えます。



千頭森林鉄道は、千頭山国有林の木材を運ぶために建設された森林鉄道と呼ばれる鉄道です。元々は寸又川を筏を使って木材を輸送していたそうですがダム建設により不可能となったため、その補償として建設されたそうです。廃止は1968(昭和43)年です。
総延長はなんと52km。すごく長い鉄道だったんですねぇ。一級線の森林鉄道だったようで、客車も魔改造や流用ではなくちゃんとしたメーカー品を使用していたとのこと。
とてもかわいらしい客車です。



車内も見学することができます。床が抜けるんじゃないかってくらいに荒廃していますが・・・。それでも屋根はあるので最悪の事態までには行っていません。
しっかり整備すればちゃんと光るものだと思うんですけど、まあお金が捻出できないのかなぁ・・・。



一番後ろにあるのは、富士重工製のモノコック式運材台車。2台で1セットです。



ちなみに、保存車の見学中にバスのエンジン音が聞こえてきたので振り返ってみれば、エアロスター(標準尺車)が平然と通り過ぎて行きましたね。しかも続行便出てたし。
いやいやおかしいでしょう。どうやって走るのさ。あんな狭い道のカーブどうやって曲がってるのさ。
逆に乗ってみたいですね・・・。今度来るときはバスで行ってみよう。

というわけで見聞を終えたところで帰ります。来た道を戻ります。途中にはこんな交通規制を促す閉塞区間もありますよ。



さらに進むと土砂降りに遭いました。台風かゲリラ豪雨かよってくらいの雨量です。ツーリング組が道の途中で雨宿りするぐらいの雨量です。山の天気恐い。



さて、我々は静岡市内へと戻るわけですが、行程はこの通り。
県道388号線を北上し、大井川鉄道井川線の終点井川駅まで進みます。
井川駅からは県道60号線に移り、南下。途中で60号線を逸れ、県道189号線経由で県道27号線(安倍街道)に合流。玉川地区、賎機地区を通って静岡市街へと至り最寄りのさわやかへと向かいます。
寸又峡温泉からの走行時間は約3時間。走行距離はだいたい80km強。ほとんどが山道の走行となります。



とりあえず今回は井川線井川駅までを掲載しますね。
ほぼ井川線と並走しています。



先ほどまでいた井川線長島ダム付近。大雨で視界が悪いです。
これはきっと本線の方も大雨だろうな・・・。結果的にトーマスを撮影していたら土砂降りに遭ってそれどころじゃなかったかも知れません。



長島ダムは見て行きたかったのだけれど、この大雨では無理!また今度!無情にも通り過ぎます。
いずぞやの九頭竜ダムは雪だったからよかったんだけど、さすがに雨はね。無理だよね。
他にも奥大井湖上駅とかそこにある旧線跡とか魅力的なところは色々あったけれど全部通過。こんなところめったに来れないというのにおのれ大雨め。

ちなみに県道388号線の道路自体は2車線のちゃんとした道。すいすい進みます。



ひらんだ~接阻峡温泉では井川線の列車と並走。遠目から見るととてもかわいらしいですな。気がつけば雨も止んできています。
接岨峡温泉駅まではいい勝負を展開していたのですが、井川線はそこから閑蔵駅までの間、県道388号線と一旦離れ、尾盛駅を経由しながら大きく遠回りをします。
県道388号線は井川線に比べれば直線と言っていいほどの距離で閑蔵へ到達。この区間で井川線列車を大きく放します。



閑蔵からは井川線の線路がすぐ隣に!



そしてここからは狭隘な道路が続きます。暗いですね。もうライトはずっと点灯しっぱなしです。



カーブをショートカットする新道を建設中。落ちたら死ぬ。
そしてまたもや土砂降り。



わかりますかこの雨。こんな雨めったにふらないですよ(少なくとも市街地では。山では普通なのかもしれない



チェックポイントである井川駅に着くも、急に現れたので気づくのが遅れて華麗にスルー。この土砂降りなので降りる気にもならず、そのまま引き返さずにスルー。また来ます。
そして井川ダムへ到達。あとは南下するだけです。


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【拉致旅行シリーズ】 「トーマスとミニキャブ」というおはなし その2 【2014/07/20】

2014-07-28 23:19:04 | 鉄道撮影記

トーマスを撮影し終えた後は、そのまま道の駅川根温泉でお昼ごはんを食べます。
ジュレつゆ茶そばとかいうのを食べました。そばつゆがジュレ状になってるんですね。涼しげでうまうまでした。

そしてこの後は、千頭駅へとミニキャブを走らせました。3本めのSL「川根路1号」を待っていると、千頭駅でのトーマスとヒロが並んでいる時間に間に合わない可能性があるのです。
ミニキャブで坂道を走るのはえらくきつそうな感じでした。ガソリンがマッハ。

で、千頭駅に着いてみると、駅の外にまで伸びている構内への入場待ちと思われる行列に唖然。
なにそれ、千頭駅激パとか見たことないで。
とりあえず車を停めに駐車場を探しますが、当然ながら近場の駐車場は軒並み満車。
ずるずると駅から遠ざかっていき、最終的にJAの支店の近くの河原の臨時駐車場に停車。千頭よりも井川線の川根両国駅の方が近いという有り様です。まさかここまでとは・・・さすがに計算違い。

ここで、千頭駅に突入して2機の並びを見るか否かという決断を迫られます。
時刻は午後1時。千頭駅までは歩いて10~15分程度と見越して、行列に並ぶのにやはり10~15分と想定。ささっと構内を見学したとして10分。往復で40~60分はかかるわけで。
道路事情もわかりません。トーマスの見学を終えた車が一斉に駐車場を出れば混雑は確実ですし、県道の途中では交通規制も行っています。
そうなると帰りのトーマスが撮影できるか怪しくなってきます。

以上のことを鑑みて、千頭駅への突入を断念。ていうか復路のSL撮影も断念。大幅に予定を変えていきます。
なあに、また来ればよいのさ。夏休みの終わった9月くらいにでもまた行こう。



で、ここにきました。
井川線アプトいちしろ~長島ダム間です。国内唯一のアプト式ラックレールを使用した鉄道の区間です。遠目からでも鉄道が走るような勾配でないのがわかります。ちなみに90‰です。
ちょうど井川線の列車が通過する時刻だったので、やってきました。



謎のエアロエースっぽいものが通過。写真は撃沈。
大井川鉄道バスですが、しずてつジャストラインの旧塗装のような塗装をしているのが気になります。中古車かな?
団体や臨時運用でなければ千頭~閑蔵間の閑蔵線路線バスでしょうね。
井川線と競合していますが、同区間を井川線が90分かかるのに対してバスだと30分!圧倒的に早い!井川線って・・・。
まあバスは本数が少ないというのがネックですね。基本的に昼間に3本しか走っていないです。これもほぼ観光用路線といえるでしょう。



さて、井川行きの列車がラックレール区間を登っていきます。とてもゆっくりとした走りです。



井川線は非電化路線ですが、ラックレール区間だけはラック式のED90形電気機関車によって牽引・推進されるので、電化されています。車体が縦に長いのが特徴です。
この列車、よく見ると旧塗装の客車とディーゼル機関車が1両ずつ連結されていてなかなかアレです。
色がスイスっぽくていいですよね。乗ってみたい。



長島ダム駅到着後は電気機関車を切り離します。ED90は少し移動して上り列車到着を待ちます。



千頭行きの列車が到着。ED90を連結してラックレール区間を下ります。



すると、近江鉄道のバスが。滋賀からよくも来たものです。
車種はガーラっぽい?と思いましたが、調べたらシャーシ日デ+ボディ富士重という組み合わせのようです。そりゃわからん。



山の地形に合わせてジグザグに進む井川線ですが、ここだけは高規格な高架で地形をぶちぬいているので、不思議とも取れる光景です。



で、ED90をよく見たらアヘ顔目玉が付いていたんですね。アレです、「アプトくん」です。
2年前に本線の青い蒸気機関車「SLくん」と同時に投入された大鉄のキャラクターです。SLくんが塗装を変えたりリボンをつけたりと頑張っていたのに対して、アプトくんはただ目玉を付けただけと影の薄さが否めない存在でした。
SLくんがトーマスに取って代わられるという発展的リストラ(?)になったので、アプトくんも消えたんだろうとばかり思っていましたが、意外や意外、今年も登板していました。
SLくんの分まで頑張れアプトくん!

ちなみにこのアプトくんは2号機。ドイツ製のホイッスルを搭載している機体です。個人的にはやはりスイス製ホイッスルを搭載している1号機を見てみたいですね。



急勾配をやはりゆっくりと下って行きました。


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東海project ~Time Travel of 100 years. その2 【2014/03/07~08】

2014-07-27 23:34:34 | 旅行・イベント記

高山本線の鵜沼駅で列車を降り、歩いて名鉄の新鵜沼駅までやってきました。
なんとなく岐阜バスコミュニティのエアロスターを撮影。



名鉄には乗らずにそのまま歩いて木曽川を渡ります。途中で犬山橋を渡る5700系を撮影。
犬山橋といえば昔は道路との併用橋でしたね。実際に見たことはなかったのですが。



なんかヤバそうな喫茶店がありました。なんかのテレビに出てたような気がしたので撮影しておきました。



私達の目的は、あの犬山城です。



鴨が泳いでいました。野鳥を撮るには機材が乏しいですなぁ。



というわけで来ました、国宝犬山城です。来るのは初めて。
犬山城は、1469(文明元)年に室町幕府管領の斯波義郷(しば よしさと)の家臣である織田信広が築城した城です。
その後織田信長により城は落城し、1594(文禄4)年に信長の次男、信雄の家臣である石川光吉が城主となり城と城下町が大改修されました。今に残る天守閣はこの時のものです。
江戸時代に入ってからは尾張徳川家が城主を務めました。
明治維新後は廃城となりますが、現在も現存天守閣の最古級として保存されています。
どうでもいいですけど、国宝〇〇城と呼ばれる中でも犬山城は一番語感がいいですよね。



天守閣から町並みを眺めます。手前の川は木曽川だキソー。日本ライン川とか地理の授業で習いましたっけね。



城下町の方向を見ます。



行きはとっとと最上層まで上らされたので帰りはゆっくりと見ていきます。
城はバリアフリーもへったくれもないので(大阪城除く)足腰が悪くならないうちに回れるだけまわっておかないとですね。



犬山城見学後は城下町を歩きながら昼飯を食べるところを探します。
たまたま目についた味噌カツ丼の店に入ります。蔵を再利用した店舗ですかね?



味噌カツ丼でございます。
この地方らしい甘い味噌が濃厚でおいしかったです。アタリでした。



お昼の後は歩いて犬山駅まで。再び岐阜バスコミュニティのエアロスターを撮影。



そして岐阜バスのレインボーに乗って博物館明治村にやってきました。


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【ギャラリー】 MBF-01 M1アストレイ 【1/144HG】

2014-07-26 23:16:31 | 模型ギャラリー


M1アストレイは、地球連合とプラントの戦争に対して中立を貫いてきたオーブ連合首長国初の国産量産型モビルスーツである。開発はモルゲンレーテ社。地球連合のG兵器の開発データやそれを基に開発したP0シリーズ「アストレイ」をベースとしている。
ヘリオポリス崩壊以後のC.E.71年1月末以後には量産が開始されていたが、入手していた連合採用のOSは不完全なものであり、ナチュラルが操縦することは難しかった。そこでオーブは、MBF-P03アストレイレッドフレームのパイロット、ロウ・ギュールに接触し技術回収を行った。最終的には同年3月末のアークエンジェルのキラ・ヤマトの協力によりナチュラル用OSを完成させた。
機体特性は、P0シリーズの「高い機動性により、攻撃に耐えるのではなく回避する」を踏襲しているため、構造材および装甲材には軽量な発泡金属を使用している。これには、連合のフェイズシフト(PS)装甲技術を入手できなかったことも関係している。
機体軽量化のため、機体の一部はあえて装甲せずにフレームがむき出しになっている。フレームの色は赤色であり、これはナチュラル用の機体であることを意味している。
武装は連合から入手したビーム兵器技術を採用したことで、非常に高い破壊力を有する。
バックパックにはストライクのエールストライカーをベースにしたフライトユニットを採用している。これにより中距離の移動に際し輸送機を用いずとも、国土内の展開を短時間で行うことが可能である。開発から2年後にはフライトローター「シュライク」を装備した機体も存在する。
C.E.6月15日のオーブ解放作戦にて初陣を飾り、連合のストライクダガーを迎え撃った。その後、一部のM1は宇宙へ脱出し三隻同盟の戦力として第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦まで戦った。



というわけでM1アストレイです。SEED本編放映から10年経ってのHG化です。
ストライクダガーやゲイツなんかも量産型機もHG化されるかとおもいきや結局音沙汰なし。ガンダムフェイスの機体とあってかやはり優遇されているのかしら。



機体番号212はマユラ・ラバッツの搭乗機です。いわゆるオーブ三人娘の一人です。
オーブ三人娘は脇役ながら結構好きだったんですけどね。最終決戦時にあっけなく全員死んじゃいましたね。カガリが種割れするきっかけにしかならなかったけど(しかもその割に弱っちい)、殺す必要あったか?



SEEDの機体らしい大型のバックパック。



重心が背中よりにあるんでやや倒れやすいです。
色はインスト指定だと鮮やかすぎるように感じたので、指定色からさらにオレンジと茶色に振って劇中と同じ色に。



71式ビームライフル。P0シリーズとほぼ同型。






対ビームシールド。連合やオーブのプロトタイプと同型。



やっぱり筆塗りで白塗装は白サフ吹いても厚ぼったくなりますね。やはりエアブラシでないと・・・。



70式ビームサーベル。






対艦刀。統合兵装ストライカーパックI.W.S.P.の装備のひとつ。
ということになってますが事実上のプラモオリジナル装備。P0シリーズもリニューアルされてるし、アストレイ系は優遇されてんなー。
専用マウントラッチも付属していますが、パーツ同士の摩擦で固定するタイプで、塗装後のクリアランスが十分でなかったので固定すると塗膜が剥げてしまうことに。なのでマウントラッチは使っていません。






二刀流にも。












以上、M1アストレイでした。
あとは連合のモビルスーツも作りたいのですが、これが一番プラモの展開が少ないので困ったものです。
105ダガーベースでストライクダガーでも作りますかね。


【拉致旅行シリーズ】 「トーマスとミニキャブ」というおはなし その1 【2014/07/20】

2014-07-24 22:37:37 | 鉄道撮影記

朝の8時過ぎ。ゆっくりと朝食を食べていると、家の前に今にも壊れそうなミニキャブが停まっていた。
何事かと近づいてみるとそのまま助手席に連れ込まれ、気がついたら国道1号線のバイパスを島田方面へと走っていたのだった・・・。

そう、拉致られたのである!!(デデーン)

というわけで、今回の拉致旅行は地元静岡が舞台。大井川鉄道に青い人面蒸気機関車が現れたというのでそれを見に行きました。
運転手にZBSのZeBon氏、ミニキャブの後ろの荷物室に詰め込まれているのが風呼んだの将軍氏という構成になっています。
国道1号のバイパスを走って大代ICで降ります。



バイパスを降りて、大井川鉄道と並走する県道473号線を北上していきます。
走り始めてすぐに、近鉄16000系と並走します。抜きつ抜かれつといい勝負でしたが、16000系が五和駅に停車している間に追い抜かします。



途中の家山駅で寄り道。ここには今年に引退した京阪3000系が疎開されています。
本当は帰りに寄るつもりだったのですが、16000系がそろそろ来るはずだから並びが狙えるはず、ということで予定を変更して行きで寄ることに。
引退直前のリバイバル形態のままで留置されています。鳩マークも掲出されたままです。



「テレビカー」の表記もだいぶ退色しましたが残っています。



そして、現役時には掲出していなかった金谷側の鳩マークもサプライズのつもりなのか掲出されています。
噂通り鳩マークにシミかヒビが入っていてみすぼらしい格好に。これは表に出せないわけだ。
ただE31、お前邪魔だ。



西武E31形の2機が一緒に疎開されていました。もう譲渡されて4年くらい経つんじゃないかって感じですけど何なんでしょうね。



そして目論見通り16000系が後から到着。3000系と並びました。いいですねぇ。
なお、16000系の停車位置は3000系よりもだいぶ前なので停車状態できれいな並びを抑えるのは難しそう。



家山での用事を済ませたら道の駅川根温泉の近くの第一橋梁へ。超がつくほどの定番撮影ポイントですね。
ここなら広くてなおかつ上を向いて撮る格好になるのでキャパが広いと思って、激パ対策としてここにしたのですが、蓋を開けてみればそんなことは全くなく。
人数の少なさもそうでしたが、撮り鉄よりも家族連れの方が圧倒的に多かったです。当日は雨予報が出ていたので遠征勢はほとんどいなかったということなんでしょう。それか、そもそも撮り鉄に対してトーマスのウケが悪いのか。

着いてしばらくすると金谷行きの16000系が通過。トーマスの広告を出している編成でした。
自路線に自分ちの広告出しても・・・って気はしますがやらないよりはやったほうがいいですよね。



続いて千頭行きの電車急行。途中の停車駅は新金谷と家山のみで、実質観光用のSL補完列車です。
車両は16000系ということでがっくし。3本全部運用入ってるんか。南海の急行が見たかったぞ。



ヘッドマークはもちろん急行。
せっかくだからもっと本家近鉄16000系に似た書体を使えばいいのにとは思います。



この日は3本のSLが走っていて、その1本目のSL急行「川根路11号」。牽引機はC11-190号機です。
客車はトラスト編成の3両だけ。補機も無しで実にそれっぽい雰囲気が出ています。客車3両の編成を撮影する機会には恵まれていないのでこれは嬉しかったですね。



カーブを曲がり始めると車体を隠していた煙が上ってきれいな写真に。バッチリですな。



後追い。まあこんなもん。
この後、道の駅で少し涼んで時間を潰してから再度同じポイントへ。次のSLを待ちます。



!?
なんやあいつ・・・。



たまげたなぁ・・・。
今日のメイン、「きかんしゃトーマス号」です。
去年と一昨年には自社オリジナルのキャラクター「SLくん」を実際にC11に扮させて走らせていた大井川鉄道が満を持して(?)投入した観光列車です。
C11-227号機を種車にトーマスに仕立てあげています。トーマスのその雰囲気もさることながら牽引している客車も作中に登場するアニーとクララベルと同じ色に塗り替えるあたりはさすがです。
千頭駅のヒロを見た時の期待に見事応えてくれたと言えます。これはすごい。



トーマス単体で撮影。見た目の派手さとは裏腹に改造ポイントは意外にも少なめです。
目に見えてわかるのは顔面パーツ取り付け、デフの取り外し、ライト移設、半円の動輪カバー設置、それと塗装変更くらいのもので、トーマス列車が終わったらちゃんと復元ができるようなっています。
細かいところをよくみると作中のトーマスとは結構相違点があるんですね。水槽の形状とか蒸気ドームの数とか車輪の数とか。
それでもちゃんとトーマスに見えるってのは、トーマスと分かる記号化されたところを的確に再現してるからなんでしょうね。



後追い。補機はE10-2号機でした。


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【HG】 M1アストレイ 製作

2014-07-21 22:59:51 | ガンプラ(アナザー)製作記

最近は一周回ってSEEDの機体がかっこよく見えてきてるので、そのプラモを作りたい欲が出ています。
というわけなんでM1作ります。テレビ放映から10年経ってリマスター版発売を機にHG立体化されました。



何箇所か後ハメが必要なので後ハメ加工をば。
膝装甲部はいまどきのキットには珍しく漢らしいモナカ割・・・。
スネの赤いパーツを後ハメ化します。



アンクルアーマーに穴を開けて、後ハメできるように。



足裏の一部とバックパック、腰の肉抜き穴にパテを埋めました。



スラスターウィングのダボ穴を取り除いて後ハメ化。



膝関節の下側を切り取って後ハメできるように。



はめるとこんな感じ。返しをつけているのではめたら取れないです。



アンテナはシャープ化しました。



頭部のフェイスは奥まっていると思ったので、1mmプラ板を挟んでフェイスを前に押し出しました。



いい感じになったと思います。



スラスターのハードポイントはモールドパーツを付けました。
プレイバリューを上げるために付けられたプラモ独自のものではなく設定画にも描かれている公式なものですが、かっこ悪いので埋めました。



腰の装甲のハードポイントもダサい上に設定画にもないので埋めます。こちらは適当なランナーから取ってきたプラ棒とモールドパーツを使って着脱できるように。

やっぱりこんな感じの工作をしていると楽しいですね。完成はギャラリーにて。

東海project ~Time Travel of 100 years. その1 【2014/03/07~08】

2014-07-18 23:56:46 | 旅行・イベント記

1泊2日で東海地方へと行ってきました。部活の合宿旅行です。先行して掲載したサイコロの旅を除けば大学生活最後の旅行となります。

というわけで、まずは3月7日0時丁度に町田駅へ。ここで18きっぷを使います。
町田駅の中線にはE233系が停泊していました。3月時点ではまだ2~3編成ほどしかおらず物珍しかったE233系ですけど、記事執筆時点の7月では205系が2~3編成しか残存していないという逆転状態になっていまして、いやはやJR東日本の置き換えスピードの早さにはいつも驚かされます。



205系に乗って八王子駅へ。H28編成に乗るとかそううまくは行きませんね。



そして八王子から乗るのがこの快速「ムーンライト信州」。この日充当されたのは183・189系N101編成です。国鉄色の編成がきてびっくり。スタートからラッキーですね。
「ムーンライト信州」には4年前に走破した飯田線へ向かうのに使ったことがありますが、ちょうどその時と同じ編成でした。



車内では甲府を過ぎる辺りまで寝られず。前日は昼に二郎を食べ、夜に研究室の飲み会に出てだいぶやられてたはずなんですけど寝られず。
シートがおぞいのが悪いんだきっと。
結局深い眠りに付けぬまま塩尻のバカ停で起きてしまったので、停車している間に189系の編成写真をば。
新宿側の先頭車は飾り棒(いわゆる眉毛)が他車よりも低い位置にあるのが特徴ですな。間抜けに見える。



松本駅に着きました。時刻は午前4時。次に乗る列車は午前6時半。
クソ寒い松本駅(氷点下)で2時間半もどうしろと・・・。
そこで、先人たちの知恵(松本ガスト事件:身内ネタ)を借りて24時間営業の飲食店でやり過ごすことに。朝飯も摂取できて一石二鳥ですね。
ガストではなくて松屋とマックのはしごですけどね。


別のホームにはクモヤ143形が停まっていました。霜取り列車かな?
立て続けにネタ車がきていいですねぇ。

で、2時間半の潰し方ですが、



どうにか時間を潰して松本駅へ戻ります。115系に乗って中央西線を進みます。
JR東海の路線なのに313系じゃなく115系が入るとかマジ勘弁といったところですが、ダイヤ改正でJR東海に乗り入れる115系の列車は全て211系に置き換えられたとか。JR東の路線でも続々と運用が増えているそうですね。
中央本線系統までロングシート化されてしまうのはさすがに勘弁ですねぇ。東海道線だけで十分です。



途中の上松駅で383系特急「しなの」を撮影。ちょっと左スカだけどいいんじゃない?
この「しなの」にZeBonさんが乗っているらしいです。そういえば木曽福島で115系を降りてから姿を見ていない。



さらに大桑駅でも「しなの」を撮影。ちょっと露出低すぎたな。構図ももっと寄れたはず。



???「南木曽に降りるバカはどこのどいつだ!?」
キソーはこの後もちょくちょく出てくる模様。



そんなこんなで中津川駅に到着。313系に乗り換えます。



多治見駅で乗り換えます。なんとなく313系8500番台を撮影。



太多線に乗り換えます。乗るのはキハ11形。
太多線って多治見が起点なのに路線名称は美濃太田の「太」が先に来るのが不思議ですね。



途中でZeBon氏が乗り込んできて合流し鵜沼駅で下車します。ZeBonさんが特急で先行してなにをしていたのかはこちらから。
そのまま歩いて名鉄の新鵜沼駅までやってきました。


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【拉致旅行シリーズ】 レンタカーで行く北陸周遊旅 EX最終回 【2014/01/11~13】

2014-07-17 23:14:17 | 旅行・イベント記

ヴィッツを正面に移動した後、密偵の京王厨からお電話が。さくら山公園に拉致して欲しいそうです。
パテ石さんはシエンタで寝てしまってしばらく気づくことはなさそうだし、T山さんも一緒に拉致ってさくら山公園へ。飛行機を撮影します。以前も来たことのある場所ですね。

最初に飛んでいったのはエアロフロート・ロシア航空のA330-300(VQ-BPJ)。いきなり未撮影の航空会社を撮影出来ました。



なお公園の前を走っている道路では時々バスが往来します。バス撮り放題なんですね。なんで今まで気づかなかったのだろう。
これは成田空港交通のエアロスター天然ガス車(503)。那覇空港にいそうな南国チックな色です。



珍しいことに護送車が通過していきました。全く遊びのない角ばった車体です。



東武バスのセレガ。



スリランカ航空A340-300(4R-ADF)。



チャイナエアラインB737-800(B-18607)
2発機は早々に離陸してしまうのでほぼ真下から撮るような格好に。辛い。



成田空港交通エアロミディ。



エールフランス航空A380(F-HPJH)。今回もエミレーツ航空のA380は見れず。



全日空B787-8(JA814A)。
ここらへんからもう飽きてきました。



千葉交通エアロエース(短尺車)。



成田空港交通ブルーリボンシティ。こいつってまさか非冷房?



ピーチのA320-200(JA810P)。ピーチ航空も初撮影と相成りました。



関東バスのセレガ。



エバー航空A330-200(B-16309)。ハローキティジェットなのですが、下から見てるのでよくわかりませんね・・・。



関東鉄道ガーラ。塗装パターンは京成グループ共通です。



成田空港交通エアロエース。これも京成グループの標準塗装。路線バス用かとおもいきや貸切用。
それと側面に「かなC」って書いてあるけどなんJ民かな?



デルタ航空B747-400(N675NW)。やっぱり4発機は正義。

これくらいでさくら山公園を撤退。航空科学博物館に戻ります。
未だにパテ石さんは気付いていなかったのでそろそろネタばらし。シエンタにハイビームを浴びせて気付いてもらいました。
これにてドッキリ終わり。お疲れ様でした。さあ帰りますよ。



帰り道の途中で羽田空港に寄っていくことになりました。第2ターミナルに行きます。外は寒いです。おかげですぐに飽きました。

適当に満喫したところで羽田空港を後にして帰ります。
実はレンタカーの返却時刻が迫ってきていてヤバイことにここらへんで気づきます。
レインボーブリッジあたりでシエスタを抜き去り、湾岸道、横横道路を走り、日野ICを降りた時点で残り30分。レンタカーを借りた店舗は大船駅前です。何もなければ間に合うそうです。
でもレンタカーは最後にガソリンを満タンにして返さなければなりません。そして給油はまだです。なので駅からほど近いGSで給油。この時点で残り10分。
そして19時58分にトヨレン到着。2分前にレンタカー返却に成功します。総走行距離は約1500km。よくもまあ・・・。

返却後は伝説のすた丼屋で反省会。次回の拉致旅行シリーズに反省点を活かすことで合意。今後の拉致旅行シリーズの継続に意欲(やるとは言っていない)。

というわけで、北陸旅行これにて終了です。
書き終わってみれば、行ってから半年以上経っていました。さすがに半年経つと色々忘れてきますね。特にEX編前後は本当におぼろげでした。ZeBonさんのメモがなかったら今頃打ち切りだった・・・。
公開備忘録的なブログなのにこれでは本末転倒です。気をつけます。

では次は4ヶ月前に行った旅行でお会いしましょう。

【ギャラリー】 大日本帝国海軍 睦月型駆逐艦 望月(1943年) 【1/700】

2014-07-16 23:30:39 | 模型ギャラリー

「望月」は、浦賀船渠にて1927(昭和2)年10月31日に竣工した睦月型駆逐艦の11番艦である。当初は「第三十三号駆逐艦」という艦名で佐世保鎮守府に配置された。望月に改名されたのは翌年8月1日である。なお、望月とは満月を意味する。
第4艦隊第5水雷戦隊第23駆逐隊に所属し、1937(昭和12)年支那事変に参加。
1941(昭和16)年に第30駆逐隊に転属、太平洋戦争開戦後にはウェーク島、ラバウル、モレスビーなどの各攻略作戦に参加。
翌年ソロモン方面に進出しガ島への輸送作戦に従事、損傷し一旦佐世保へ帰港するも1943(昭和18)年3月より再びラバウル方面への輸送任務に従事。7月6日のクラ湾夜戦で損傷し、佐世保で修復。修理完了後佐世保を出港し10月1日のコロンバンガラ島撤退作戦に参加した。
ジャキノット輸送作戦中、ニューブリテン島東にて米海兵隊の空襲を食らい1943(昭和18)年10月24日に沈没した。



ピットロードのキットを作りました。モールドが細かくて表現もキッチリとしている印象です。
ピットロードのキットはウェイトが付いてこないので喫水線が反れてしまったのが残念でした。



機銃を増設した1943年時の仕様を作りました。
見分けが付くように開戦前に消されてしまった艦名と所属駆逐隊番号をあえて付けています。



煙突の格子を無くしたので黒く塗りつぶすだけで応急処置。そのうち直すようにします。






以上、望月でした。

【1/700】 ピットロード 駆逐艦望月 製作 

2014-07-15 22:54:15 | 艦船模型製作記

駆逐艦3隻目は睦月型の望月です。パッケージは長月ですが、望月のデカールが付いているので望月作ります。望月(艦娘)かわいいよね。
キットはピットロードのものを選びました。艦船モデルを出してる主要メーカー(タミヤ、ハセガワ、アオシマ、フジミ、ピットロード)をひと通り作ろうということです。



12cm単装砲。他の砲には大抵付いている波除けのキャンバスはいらないぽいですね。



仮の艤装。最終時で作っているので機銃が増えています。機銃は増えているけど3番砲塔は撤去しないで22号電探も付けていない状態です。
少し写真とか資料とか調べて特定したりとか。こうやって沼にはまっていくんだろうな。



キットの大きさやパーツ量の割に塗料の減りが早かったので、今回から牛乳パックにパーツをまとめて貼り付けて一度に塗装しました。
今までの竹串にパーツをひとつずつ貼り付けて塗装していたのに比べたら格段に燃費が良くなりました。今後も採用。



アンテナ線も張っていきます。結構楽しい。



というわけで完成。
船体に書かれている艦名と駆逐隊番号は開戦前に消されてしまっているのですが、見分けがつきやすいのであえて付けています。
所属駆逐隊は開戦前から沈没まで所属していた第30駆逐隊に。
あと煙突格子のパーツを無くしたので煙突の上を黒く塗っただけ。みっともないのでどうにかしますが、とりあえずは応急処置で・・・。