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・・・注・・・写真はすべてお借りしました!
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明治41(1908)年に栃木に生まれた一村。
幼少期から南画を描き、その画才を発揮しました。
父は彫刻家であったそうです。
大正15(1926)年に東京美術学校へ入学。同期には、東山魁夷や橋本明治など、
近代日本画を代表する画家たちがいました。しかし、たった2か月で学校を退学。
その後は独学で画家人生を歩み、新しい絵画への挑戦を目ざしていったのです。
千葉で20年間を過ごし、その後
新天地・奄美大島へ移住したのは50歳のころでした。晩年の傑作「アダンの海辺」
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を描いたのも、この奄美時代。絵を描くための資金は、
大島袖の染色工として働きながら蓄えました。
働く、描く、を繰り返し、69歳で亡くなるまで、
奄美の自然を描き続けたのです。
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孤高の天才画家・・・田中一村・・・
画家として、ここまで身を削って、描き続ける・・・そのエネルギーは何処から
生まれるのでしょうか?
自分の選んだ道を直向きに「迷うことなく」進む。しかも「一人で」
辛くはなかったのだろうか?寂しくはなかったのだろうか?
精神を研ぎ澄ませて見つめる先にあったものは、何だったのだろう?
彼は目指している物を見つけたのだろうか?
いや、目指している物などなかったのかもしれない・・・
自分の心にわき上がる思いを、その折々を描いていただけなのかもしれない
ただ描くだけのために生まれたような人であったのか・・・
思い巡らした一刻でした。
本日ご訪問くださいました皆様ありがとうございました・・・
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