アマーリアの拒否によって一家が陥った窮状。靴職人の父の下請け職人・ブルンスウィックが取引を辞退した。父の顧客たちはこぞって一家の倉庫に押しかけ修繕のためにあずけていた長靴や靴の製作のためにあずけておいた革を探し出して未払い分の勘定をすっかり清算して持ち帰ってしまった。もはや関わりたくないと態度で表明した。
「『村の人たちだって、自分たちがしでかしたことで弱っていたのですもの。村でも声望ある一家が突然村八分にされてしまうと、だれでも損害をこうむるものです。村の人たちは、わたしどもと手を切ったとき、ただ自分の義務をはたしているにすぎないとおもっていたのです。わたしたちだって、もしその立場に置かれたら、おなじように考えたことでしょう。事実、あの人たちは、どういうことが問題になっているのかを正確には知らなかったのです。使者が紙きれを手にいっぱいもって縉紳館(しんしんかん)へ帰ってきたというだけのことなのです。フリーダは、使者が出ていき、また帰ってくるところを見かけ、使者とふた言か三言ほど話をしました。そして、自分が聞き知ったことをすぐ村じゅうに知らせたのです。けれども、これもまた、わたしどもにたいする敵意からではなく、義務だと思ってしたまでのことです。ほかの人だって、同じような場合には義務とおもったことでしょう。それで、人びとは、さっきも申しましたように、事件全体がまるくおさまれば、大喜びしたことでしょう。わたしたちが不意に出かけていって、事件はもう片づいたと言ってやるか、たとえば、これはある誤解にすぎなくて、その後すっかり氷解したとか、確かに過失があったのだが、すでに行為によって償われたとか、あるいは、これだけでも十分だったとおもうのですが、わたしどもがお城にもっているコネのおかげで首尾よく事件をもみ消すことができたとか言ってやれば、みなさんは、きっとわたしたちを腕をひろげて迎えてくれ、接吻(せっぷん)やら抱擁やらで、お祭りさわぎになったことでしょう。わたし自身も、そういう例を二、三度見ていますもの。しかし、そういう報告でさえも、不必要だったかもしれません。わたしたちがぶらりと出かけていって、こちらからすすんで昔ながらの交際を復活し、ただ手紙の一件だけは、おくびにも出さないようにしさえすれば、それで十分だったかもしれません。みなさんは、この事件を口にすることを喜んで断念してくださったことでしょう。不安ということもあったでしょうが、特にこの事件が厄介だったがために、わたしどもから離れていかれたのですから。つまり、この事件についてはなにも聞きたくない、なにも言わず、考えず、絶対にかかわりあわないですましたい、とおもわれただけなのです。フリーダがこの事件をふれまわったのも、それを楽しみの種にするためではなく、自分をもふくめてみんなをこの事件から守ってやり、用心ぶかく離れていなくてはならないような出来事が起ったということを村の人たちに注意してあげるためだったのですわ。その際、敬遠されたのは、わたしたちの一家ではなく、事件そのものだけであり、わたしたちにしても、事件の渦中にいたがために敬遠されただけのことです。ですから、わたしたちが家から出ていき、過ぎたことにはふれず、どういうやりかたによってであれ、もうこの問題は片づいたのだということを自分たちの態度によってしめしさえすれば、また、一般の人たちのほうでお、どういうふうな問題であったにせよ、この事件はもう二度と話題にのぼらないだろうと確信してくれさえしたら、それでもよかったかもしれません。わたしたちは、どこへ行っても昔どおりのあたたかい親切心を見いだしたことでしょう。わたしどもが事件を完全に忘れ去れないでいても、みなさんは、それを理解し、わたしたちがすっかり忘れてしまうように助けてくださったことでしょう。ところが、わたしたちは、そういうことはなにもしないで、家にとじこもったきりでいたのです』」(カフカ「城・P.347~348」新潮文庫 一九七一年)
しかし村民がどうしてそれを知ったのか。情報が一挙に村中を駆け巡ったからだ。情報伝達者はフリーダだがオルガのいうようにフリーダはオルガに対抗するとかバルナバス一家を破滅させようと意図してそう動いたわけではまるでない。その上でこう言えるだろう。時としてフリーダは<稲妻>であると。オルガはいう。「自分が聞き知ったことをすぐ村じゅうに知らせた」と。稲妻<のように>ではなく稲妻<として>。<娼婦・女中・姉妹>の系列に位置する女性の一人・フリーダは連絡装置として申し分ない。まるでネット情報のような速度で移動する。ニーチェはいう。
「あたかも一般人が稲妻をその閃きから引き離し、閃きを稲妻と呼ばれる一つの主体の《作用》と考え、活動と考えるのと同じく、民衆道徳もまた強さを強さの現われから分離して、《自由に》強さを現わしたり現わさなかったりする無記な基体が強者の背後に存在しでもするかのように考えるのだ。しかしそういう基体はどこにも存在しない。作用・活動・生成の背後には何らの『存在』もない。『作用者』とは、単に想像によって作用に附け加えられたものにすぎないーーー作用が一切なのだ。実際を言えば、一般人は稲妻をして閃めかしめるが、これは作用を重複させるのだ。それは作用=作用とも言うべきものであって、同一の事象をまず原因として立て、次にもう一度それの結果として立てるのだ。自然科学者たちは、『力は動かす、力は原因になる』などと言うが、これもより勝れた言い表わしではない。ーーーあらゆる彼らの冷静さ、感情からの自由にも拘らず、現今の科学全体はなお言語の誘惑に引きずられており、『主体』という魔の取り換え児の迷信から脱却していない」(ニーチェ「道徳の系譜・第一論文・一三・P.47~48」岩波文庫 一九四〇年)
また速度はいつでも武器になり得る。ドゥルーズ=ガタリはいう。
「武器と道具が、運動や速度と結ぶ関係は『傾向として』(近似的に)同じではないということである。武器と速度の次のような相互補足関係を強調したこともまたポール・ヴィリリオの本質的な貢献の一つであるーーーすなわち、武器が速度を発明する、あるいは速度の発見が武器を発明するということである(武器の投射的性格はこれに由来する)」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・下・十二・遊牧論あるいは戦争機械・P.99」河出文庫 二〇一〇年)
だからといって武器は速ければ速いほど高性能だとはまったく限らない。速度は速かったり遅かったりする。遅いものであっても、もっと遅いものから見れば速いものである。さらに。
「武器は空から落ちてくるわけではないから、当然、生産、移動、消費や抵抗を前提にしている。しかし武器のこの側面は、武器と道具に共通の次元に属するもので、武器の特殊性にはまだ関係していない。武器の特殊性が現われてくるのは、ただ、力がそれ自体において把握され、数と運動と時空のみに関係づけられるとき、あるいは、《速度が移動に付け加わるとき》である。このようなものとして武器は、たとえ労働の諸条件を満たしていると見なされても具体的に<労働>モデルではなく、<自由活動>モデルに関係づけられる。要するに、力の観点からは、道具は<重力と移動>、<重量と高度>のシステムに、武器は<速度と《永久運動体》>のシステムに結びついている(速度それ自身が『武器のシステム』であると言えるのは、こういう意味である)」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・下・十二・遊牧論あるいは戦争機械・P.104~105」河出文庫 二〇一〇年)
フリーダはオルガのいうようにそれを「義務だと思ってしたまでのことです。ほかの人だって、同じような場合には義務とおもった」に違いない。そして実のところ事態を好転させる機会は何度もあったし方法には事欠かなかった。では一体何が今なお問題になっているのか。アマーリアは家の中にすっかり「家にとじこもったきり」だからである。オルガでもバルナバスでも誰でも構わないが一家の誰かが村民の一人でもつかまえて挨拶の一つも交わせば事態は好転していたに違いない。ただし「手紙」の一件には決して触れないという暗黙の掟のもとで。けれどもそうした働きかけをアマーリア自身が拒否している以上、家族の誰一人として勝手に動くことはできない。今の言葉でいうと「ひきこもり・自閉症」に陥ったアマーリアの意向を無視して家族がアマーリア本人に無断で動くことはできない。もし勝手に動けばアマーリアはそれこそ自殺するか一生誰とも話すことはないだろう。城の役人であるソルティーニの性奴隷になることを拒否したことで城の機構全体がアマーリアを「ひきこもり・自閉症」に追いやったというのは現代の精神医療の経験があれば言えることなのだが、第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだの時期にはそのような医学的発展は望むべくもなかった。ともあれソルティーニの「手紙」を拒否したことでアマーリアは妹であるにもかかわらず姉のオルガ以上に一家の中の重要人物と化すのである。オルガはアマーリアの苦悩をこう言語化している。
「『アマーリアは、苦悩を担っただけではなく、それを洞察(どうさつ)する頭脳ももっていました。わたしたちは、結果だけしか見えませんでしたが、あの子は、原因も見ぬいていました。わたしたちは、どんなにつまらぬ策であろうとも、なんらかの解決策が見つかるだろうという希望をもっていましたが、あの子は、これで万事が決定されてしまったのだということを知っていました。わたしたちは、ひそひそと相談ばかりしていましたが、あの子は、ただ沈黙しているだけでした。アマーリアは、あのころもいまも真実に面とむかって立ち、この人生を生き、耐えてきたのです。わたしたちがどんなに苦しいといったって、あの子にくらべたら、はるかにらくだったのです』」(カフカ「城・P.350~351」新潮文庫 一九七一年)
城の機構が押しつけるオイディプス三角形型家庭〔家族〕の形態を「ひきこもり・自閉症」という形で座礁させたアマーリア。城はずっと以前から村中に蔓延する「欲望する生産」を<管理するため>オイディプス三角形型家庭〔家族〕へと置き換える作業に没頭していた。
「家庭は欲望の生産の中に導入されて、最も幼いころから欲望のおきかえを⦅つまり信じられないような欲望の抑圧を⦆操作することになる。家庭は、社会的生産によって、抑圧に派遣されるのである。ところで、家庭がこうして欲望の登録の中にすべりこむことができるのは、先にみたように、この登録が行われる器官なき身体が既に自分自身において欲望する生産に対する《根源的な抑圧》を行使しているからである。この根源的な抑圧を利用してこれに《いわゆる二次的な抑圧》を重ねることが、家庭の仕事なのである。この二次的な抑圧は、家庭に委托されているのだとも、あるいは家庭がこの抑圧に派遣されているのだともいってもいい。(精神分析は、この一次、二次の二つの抑圧の間の相違をいみじくも指摘したが、しかしこの相違の有効範囲とこの両抑圧の体制の区別を示すには至っていない)。したがって、いわゆる抑圧は、実在する欲望する生産を抑圧することに満足せず、この抑圧されたものに、みかけのおきかえられたイマージュを与えて、家庭的登録をもって欲望の登録の代りとしてしまうことになる。欲望する生産の集合が、周知のオイディプス的形象をとることになるのは、この欲望する生産が家庭的に翻訳されている場合でしかないのだ。つまり、<背信の翻訳>の場合でしかない」(ドゥルーズ=ガタリ「アンチ・オイディプス・第二章・P.151~152」河出書房新社 一九八六年)
ヘーゲルは全体があるためには部分なしにはあり得ず、部分は全体にとって《他者》であり、全体の存立は部分としての《他者》に根拠をもつといっている。
「《全体》はそれぞれの自立的な存立をもつところの反省した統一である。けれども、このような統一の存立は同様にまた、その統一によって反発される。全体は否定的統一として自己自身への否定的な関係である。そのために、この統一は自己を外化〔疎外〕する。則ち、その統一は自己の《存立》を自己の対立者である多様な直接性、則ち《部分》の中にもつ。《故に全体は部分から成立する》。従って全体は部分を欠いてはあり得ない。その意味で、全体は全体的な相関であり、自立的な全体性である。しかし、またまさに同一の理由で、全体は単に一個の相関者にすぎない。なぜなら、それを全体者たらしめるところのものは、むしろそれの《他者》、則ち部分だからである。つまり全体は、その存立を自己自身の中にもたず、却ってこれをその他者の中にもつのである。同様に、部分もまた全体的な相関である。部分は反省した自立性〔全体〕に《対立する》ところの直接的な自立性であって、全体の中に成立するのではなくて、向自的に〔単独に〕存在する。しかし、それは更にまた、この全体を自己の契機としてもっている。即ち全体が部分の関係を形成する。全体がなければ部分は存在しない」(ヘーゲル「大論理学・第二巻・第二篇・第三章・A全体と部分との相関・P.188」岩波書店 一九六〇年)
城の機構全体にとってフリーダもアマーリアもオルガもバルナバスも二人の助手も村長も宿屋のお内儀も、さらに彼らが暮らす村の土や草木の一つずつも、どれをとっても全体に関わりそれなしでは全体も成立しない「《他者》、則ち部分」として欠かせないのである。
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「『村の人たちだって、自分たちがしでかしたことで弱っていたのですもの。村でも声望ある一家が突然村八分にされてしまうと、だれでも損害をこうむるものです。村の人たちは、わたしどもと手を切ったとき、ただ自分の義務をはたしているにすぎないとおもっていたのです。わたしたちだって、もしその立場に置かれたら、おなじように考えたことでしょう。事実、あの人たちは、どういうことが問題になっているのかを正確には知らなかったのです。使者が紙きれを手にいっぱいもって縉紳館(しんしんかん)へ帰ってきたというだけのことなのです。フリーダは、使者が出ていき、また帰ってくるところを見かけ、使者とふた言か三言ほど話をしました。そして、自分が聞き知ったことをすぐ村じゅうに知らせたのです。けれども、これもまた、わたしどもにたいする敵意からではなく、義務だと思ってしたまでのことです。ほかの人だって、同じような場合には義務とおもったことでしょう。それで、人びとは、さっきも申しましたように、事件全体がまるくおさまれば、大喜びしたことでしょう。わたしたちが不意に出かけていって、事件はもう片づいたと言ってやるか、たとえば、これはある誤解にすぎなくて、その後すっかり氷解したとか、確かに過失があったのだが、すでに行為によって償われたとか、あるいは、これだけでも十分だったとおもうのですが、わたしどもがお城にもっているコネのおかげで首尾よく事件をもみ消すことができたとか言ってやれば、みなさんは、きっとわたしたちを腕をひろげて迎えてくれ、接吻(せっぷん)やら抱擁やらで、お祭りさわぎになったことでしょう。わたし自身も、そういう例を二、三度見ていますもの。しかし、そういう報告でさえも、不必要だったかもしれません。わたしたちがぶらりと出かけていって、こちらからすすんで昔ながらの交際を復活し、ただ手紙の一件だけは、おくびにも出さないようにしさえすれば、それで十分だったかもしれません。みなさんは、この事件を口にすることを喜んで断念してくださったことでしょう。不安ということもあったでしょうが、特にこの事件が厄介だったがために、わたしどもから離れていかれたのですから。つまり、この事件についてはなにも聞きたくない、なにも言わず、考えず、絶対にかかわりあわないですましたい、とおもわれただけなのです。フリーダがこの事件をふれまわったのも、それを楽しみの種にするためではなく、自分をもふくめてみんなをこの事件から守ってやり、用心ぶかく離れていなくてはならないような出来事が起ったということを村の人たちに注意してあげるためだったのですわ。その際、敬遠されたのは、わたしたちの一家ではなく、事件そのものだけであり、わたしたちにしても、事件の渦中にいたがために敬遠されただけのことです。ですから、わたしたちが家から出ていき、過ぎたことにはふれず、どういうやりかたによってであれ、もうこの問題は片づいたのだということを自分たちの態度によってしめしさえすれば、また、一般の人たちのほうでお、どういうふうな問題であったにせよ、この事件はもう二度と話題にのぼらないだろうと確信してくれさえしたら、それでもよかったかもしれません。わたしたちは、どこへ行っても昔どおりのあたたかい親切心を見いだしたことでしょう。わたしどもが事件を完全に忘れ去れないでいても、みなさんは、それを理解し、わたしたちがすっかり忘れてしまうように助けてくださったことでしょう。ところが、わたしたちは、そういうことはなにもしないで、家にとじこもったきりでいたのです』」(カフカ「城・P.347~348」新潮文庫 一九七一年)
しかし村民がどうしてそれを知ったのか。情報が一挙に村中を駆け巡ったからだ。情報伝達者はフリーダだがオルガのいうようにフリーダはオルガに対抗するとかバルナバス一家を破滅させようと意図してそう動いたわけではまるでない。その上でこう言えるだろう。時としてフリーダは<稲妻>であると。オルガはいう。「自分が聞き知ったことをすぐ村じゅうに知らせた」と。稲妻<のように>ではなく稲妻<として>。<娼婦・女中・姉妹>の系列に位置する女性の一人・フリーダは連絡装置として申し分ない。まるでネット情報のような速度で移動する。ニーチェはいう。
「あたかも一般人が稲妻をその閃きから引き離し、閃きを稲妻と呼ばれる一つの主体の《作用》と考え、活動と考えるのと同じく、民衆道徳もまた強さを強さの現われから分離して、《自由に》強さを現わしたり現わさなかったりする無記な基体が強者の背後に存在しでもするかのように考えるのだ。しかしそういう基体はどこにも存在しない。作用・活動・生成の背後には何らの『存在』もない。『作用者』とは、単に想像によって作用に附け加えられたものにすぎないーーー作用が一切なのだ。実際を言えば、一般人は稲妻をして閃めかしめるが、これは作用を重複させるのだ。それは作用=作用とも言うべきものであって、同一の事象をまず原因として立て、次にもう一度それの結果として立てるのだ。自然科学者たちは、『力は動かす、力は原因になる』などと言うが、これもより勝れた言い表わしではない。ーーーあらゆる彼らの冷静さ、感情からの自由にも拘らず、現今の科学全体はなお言語の誘惑に引きずられており、『主体』という魔の取り換え児の迷信から脱却していない」(ニーチェ「道徳の系譜・第一論文・一三・P.47~48」岩波文庫 一九四〇年)
また速度はいつでも武器になり得る。ドゥルーズ=ガタリはいう。
「武器と道具が、運動や速度と結ぶ関係は『傾向として』(近似的に)同じではないということである。武器と速度の次のような相互補足関係を強調したこともまたポール・ヴィリリオの本質的な貢献の一つであるーーーすなわち、武器が速度を発明する、あるいは速度の発見が武器を発明するということである(武器の投射的性格はこれに由来する)」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・下・十二・遊牧論あるいは戦争機械・P.99」河出文庫 二〇一〇年)
だからといって武器は速ければ速いほど高性能だとはまったく限らない。速度は速かったり遅かったりする。遅いものであっても、もっと遅いものから見れば速いものである。さらに。
「武器は空から落ちてくるわけではないから、当然、生産、移動、消費や抵抗を前提にしている。しかし武器のこの側面は、武器と道具に共通の次元に属するもので、武器の特殊性にはまだ関係していない。武器の特殊性が現われてくるのは、ただ、力がそれ自体において把握され、数と運動と時空のみに関係づけられるとき、あるいは、《速度が移動に付け加わるとき》である。このようなものとして武器は、たとえ労働の諸条件を満たしていると見なされても具体的に<労働>モデルではなく、<自由活動>モデルに関係づけられる。要するに、力の観点からは、道具は<重力と移動>、<重量と高度>のシステムに、武器は<速度と《永久運動体》>のシステムに結びついている(速度それ自身が『武器のシステム』であると言えるのは、こういう意味である)」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・下・十二・遊牧論あるいは戦争機械・P.104~105」河出文庫 二〇一〇年)
フリーダはオルガのいうようにそれを「義務だと思ってしたまでのことです。ほかの人だって、同じような場合には義務とおもった」に違いない。そして実のところ事態を好転させる機会は何度もあったし方法には事欠かなかった。では一体何が今なお問題になっているのか。アマーリアは家の中にすっかり「家にとじこもったきり」だからである。オルガでもバルナバスでも誰でも構わないが一家の誰かが村民の一人でもつかまえて挨拶の一つも交わせば事態は好転していたに違いない。ただし「手紙」の一件には決して触れないという暗黙の掟のもとで。けれどもそうした働きかけをアマーリア自身が拒否している以上、家族の誰一人として勝手に動くことはできない。今の言葉でいうと「ひきこもり・自閉症」に陥ったアマーリアの意向を無視して家族がアマーリア本人に無断で動くことはできない。もし勝手に動けばアマーリアはそれこそ自殺するか一生誰とも話すことはないだろう。城の役人であるソルティーニの性奴隷になることを拒否したことで城の機構全体がアマーリアを「ひきこもり・自閉症」に追いやったというのは現代の精神医療の経験があれば言えることなのだが、第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだの時期にはそのような医学的発展は望むべくもなかった。ともあれソルティーニの「手紙」を拒否したことでアマーリアは妹であるにもかかわらず姉のオルガ以上に一家の中の重要人物と化すのである。オルガはアマーリアの苦悩をこう言語化している。
「『アマーリアは、苦悩を担っただけではなく、それを洞察(どうさつ)する頭脳ももっていました。わたしたちは、結果だけしか見えませんでしたが、あの子は、原因も見ぬいていました。わたしたちは、どんなにつまらぬ策であろうとも、なんらかの解決策が見つかるだろうという希望をもっていましたが、あの子は、これで万事が決定されてしまったのだということを知っていました。わたしたちは、ひそひそと相談ばかりしていましたが、あの子は、ただ沈黙しているだけでした。アマーリアは、あのころもいまも真実に面とむかって立ち、この人生を生き、耐えてきたのです。わたしたちがどんなに苦しいといったって、あの子にくらべたら、はるかにらくだったのです』」(カフカ「城・P.350~351」新潮文庫 一九七一年)
城の機構が押しつけるオイディプス三角形型家庭〔家族〕の形態を「ひきこもり・自閉症」という形で座礁させたアマーリア。城はずっと以前から村中に蔓延する「欲望する生産」を<管理するため>オイディプス三角形型家庭〔家族〕へと置き換える作業に没頭していた。
「家庭は欲望の生産の中に導入されて、最も幼いころから欲望のおきかえを⦅つまり信じられないような欲望の抑圧を⦆操作することになる。家庭は、社会的生産によって、抑圧に派遣されるのである。ところで、家庭がこうして欲望の登録の中にすべりこむことができるのは、先にみたように、この登録が行われる器官なき身体が既に自分自身において欲望する生産に対する《根源的な抑圧》を行使しているからである。この根源的な抑圧を利用してこれに《いわゆる二次的な抑圧》を重ねることが、家庭の仕事なのである。この二次的な抑圧は、家庭に委托されているのだとも、あるいは家庭がこの抑圧に派遣されているのだともいってもいい。(精神分析は、この一次、二次の二つの抑圧の間の相違をいみじくも指摘したが、しかしこの相違の有効範囲とこの両抑圧の体制の区別を示すには至っていない)。したがって、いわゆる抑圧は、実在する欲望する生産を抑圧することに満足せず、この抑圧されたものに、みかけのおきかえられたイマージュを与えて、家庭的登録をもって欲望の登録の代りとしてしまうことになる。欲望する生産の集合が、周知のオイディプス的形象をとることになるのは、この欲望する生産が家庭的に翻訳されている場合でしかないのだ。つまり、<背信の翻訳>の場合でしかない」(ドゥルーズ=ガタリ「アンチ・オイディプス・第二章・P.151~152」河出書房新社 一九八六年)
ヘーゲルは全体があるためには部分なしにはあり得ず、部分は全体にとって《他者》であり、全体の存立は部分としての《他者》に根拠をもつといっている。
「《全体》はそれぞれの自立的な存立をもつところの反省した統一である。けれども、このような統一の存立は同様にまた、その統一によって反発される。全体は否定的統一として自己自身への否定的な関係である。そのために、この統一は自己を外化〔疎外〕する。則ち、その統一は自己の《存立》を自己の対立者である多様な直接性、則ち《部分》の中にもつ。《故に全体は部分から成立する》。従って全体は部分を欠いてはあり得ない。その意味で、全体は全体的な相関であり、自立的な全体性である。しかし、またまさに同一の理由で、全体は単に一個の相関者にすぎない。なぜなら、それを全体者たらしめるところのものは、むしろそれの《他者》、則ち部分だからである。つまり全体は、その存立を自己自身の中にもたず、却ってこれをその他者の中にもつのである。同様に、部分もまた全体的な相関である。部分は反省した自立性〔全体〕に《対立する》ところの直接的な自立性であって、全体の中に成立するのではなくて、向自的に〔単独に〕存在する。しかし、それは更にまた、この全体を自己の契機としてもっている。即ち全体が部分の関係を形成する。全体がなければ部分は存在しない」(ヘーゲル「大論理学・第二巻・第二篇・第三章・A全体と部分との相関・P.188」岩波書店 一九六〇年)
城の機構全体にとってフリーダもアマーリアもオルガもバルナバスも二人の助手も村長も宿屋のお内儀も、さらに彼らが暮らす村の土や草木の一つずつも、どれをとっても全体に関わりそれなしでは全体も成立しない「《他者》、則ち部分」として欠かせないのである。
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