手ぐすね引いて、待ちに待っていた休日がやってきました。
先週の三連休は会社に出ずっぱりだったので、二週間ぶりの休日です。ちょっと疲れが溜まっているのと、冬が戻ってきたような寒さに脚はすくみがちではありましたが、三月最後の休日です。
前々から考えていたように、無患子(ムクロジ)に会いに行くことにしました。
ムクロジの樹があると知ったのは、我が庵から徒歩数十分のところにある流山市の観音寺というお寺です。ところが、私はムクロジの樹を見たことがありません。
で、観音寺のムクロジについてネットで捜してみました。あることはあるらしいとわかったけれども、いま一つハッキリしません。
たとえば、天然記念物か何かに指定されていて、これがムクロジですよ、とわかるような表示でもあればいいが、そうでなければせっかく行っても見極めることができないかもしれない。
どうしようか。
少し迷った挙げ句、所在のはっきりしている埼玉県上尾のお寺へ先に行き、ムクロジの樹の実態をしっかと目に焼きつけたあと、帰りに観音寺と、流山市内にもう一か所ムクロジの樹があると知った赤城神社を訪ねることに決めました。
上尾といっても、目指すのは高崎線で上尾のもう一駅先の北上尾です。
時刻表ナビで調べると、新松戸からは一時間十五分ぐらいかかります。さらにムクロジのある龍山院というお寺までは北上尾駅から徒歩二十分少々。
南浦和で武蔵野線から京浜東北線に乗り換え、浦和か大宮で高崎線に乗り換え、と二度の乗り換えを強いられるので、電車の接続が悪い場合を考えると、行って帰ってくるまで四時間はみておくべきか。
行き当たりばったりが得意な私としては珍しく時刻表や地図と睨めっこしながら、用意周到に準備を整えました。
というのは、土曜からから月曜まで馬橋・萬満寺の春季大祭があって、仁王尊の股くぐりという催しがあるので、帰りにはそれを見に行きたいと思ったのです。
九時、遅くとも十時には家を出ようと考えていました。
野道のようなところを歩かされるかもしれないと予想したので、弁当にお握りを持って行こうと思い、土曜日の勤め帰りにダイエーに寄って、お握りを握ってそのまま携帯もできる、お握りパックというのを二つ、具にする鮭と鱈子を買って、夜のうちに焼いておきました。
ところが、二週間ぶっつづけで出勤したからか、お風呂に入って床に就いたら、思わず寝過ごして、目覚めたのは九時近くでした。
あわてて御飯を炊いたのですが、どういうわけか、二十分ぐらいで炊飯器のランプが炊き上がりを示す緑色に変わりました。ンなわけはねェだろうと蓋を開けてみれば、危惧したとおり半粥状態でした。
ンもォ、どうなるのかわからねェが……エエイッ! もう一回、と早炊きのボタンを押す。
こんな幸先の悪いことがあって、家を出たのは十一時半でした。50メートルほど歩いたところで万歩計を忘れたのに気づいて、あと戻りもする始末。
新松戸で電車に乗ったのは十一時五十二分と、もはや昼です。ご飯のほうはグチャグチャに炊き上がっていたので、ほったらかしにして出てきました。もちろん握り飯は「なし」です。
電車の接続は予想外にスムーズでした。新松戸から武蔵野線、京浜東北線、高崎線と乗り継いで、ちょうど一時間。北上尾で降りました。
それらしき名残は何もないけれど、旧中山道です。
中山道六十三次の宿があったのは上尾と桶川。このあたりはその中間地点です。
上氷川神社。
上(かみ)というのは、このあたりの土地の名です。このあたりの鎮守というだけで、神社の由来はまったくわかりません。
上氷川神社の狛犬。
漫画チックなつくりです。取り分け左(画像上)の吽形のほうは可愛い。
上氷川神社のすぐ裏手に、目指す龍山院がありました。真言宗智山派のお寺。開山は1400年代か、それ以前。
やっと会えたムクロジです。
これがムクロジの樹であったのですか、としげしげと見上げました。幹周り4・1メートル、樹高15メートル。
正徳元年(1711年)、当寺第十三世の覚本という和尚さまが檀徒代表らとともに、諸国巡礼するのを記念して、榧(カヤ)、桜と一緒に植えたといわれています。すなわち来年でちょうど三百年。
実はいつごろ実って、いつごろ落ちるのでしょうか。
見上げたものの、一つもないようでした。「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき」という心境です。
眼を凝らして幹の周りをゆっくり廻ること二度。落ちていた実を二つ見つけました。周りに誰もいないのを確かめ、ポケットティッシュにくるんで鞄の中に入れましたが、実も写真でしか見たことがないので、本当はムクロジの実かどうかわかりません。
道路に出て眺め直したムクロジの全景です。
3メートルほどの高さから枝分かれが始まって、それぞれの枝が勝手な方向に伸びて行く、という印象です。どこかで見たことがあるような樹形ではありますが……葉の出揃った季節に、いま一度見なければなりません。
眼底に焼きつけるために、もう少しゆっくり見ていたかったのですが、とにかく滅茶苦茶に寒いのでした。
寒そうだからと思って、真冬用のコートを着てきましたが、まさかマフラーまでは、手袋までは、と思ったので……コート以外は無防備。そろそろ桜の咲く季節だというのに、手がかじかむほどに寒い。
ときおり木枯らしのような風も吹いて、ひたすら寒いのと先を急ぐ理由もあったので、龍山院を見たのを最後にして引き揚げることにしました。
行きは浦和で乗り換えのとき、プラットホームに上がったら、タイミングよく籠原行の電車がきました。帰りは北上尾駅の階段を降り始めたときに上り電車が滑り込んできました。今日の行程の中では電車の本数が一番少ない高崎線なのにラッキーでありました。
ただ、帰りに乗った電車は埼京線経由で東海道線の国府津まで行く快速でした。北上尾の先、上尾、宮原、大宮と停車したあと、埼京線を走って行くので、さいたま新都心も浦和も通らないのです。
乗客の会話でそのことを知って、浦和で乗り換えるつもりだった私はあわてて大宮で降りましたが、車掌は寒いからといって、むせかえるほどの暖房を入れるというよけいなことをしながら、停車駅という肝心なことは一言も案内しない。
〈明日-勤めからの帰りが早ければ-のブログにつづく〉
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