「"30"と"50"。数字に隠されたメッセージ」 伊藤 美輝
維持管理の授業では、必ずと言っていいほど「建設後長い年月が経過し、老朽化が進んでいます」というコメントと共に、インフラの経過年数とその数を示すグラフを掲載したスライドが出てくる。本日の授業でも、「維持管理の抱える課題」という内容の冒頭で該当する内容のスライドが出てきた。しかし、本日の講義では違和感を感じたことがある。それは、建設後「30年」経過する道路に着目していたことだ。普通、建設後「50年」が指標にされやすい。それなのになぜ30年を指標にしたのだろうか。
まず、「50年」という指標の意味を考える。
以前、東工大の伊藤雄一先生が横浜国大にて「橋の老朽化と安全 -建設後50年を超過した構造物は危ない?-」という題目で講義を行った。そこで、伊藤先生は「健康診断を行っても、50年経過したら悪い橋が増えている、というわけではなかった」と話していた。「高齢化は事実だが、老朽化とイコールではない」と主張する。その理由として、構造物は取り換え不可能な部品はないので、取り換えを考えて設計されて居れば寿命は来ない、と述べていた。そして、最後に50年の理由として、設計施工ミス、維持管理が行き届いていないものに「年だからしょうがない」ともっともらしい理由が付けられるから、と話した。悪い桁であれば10年くらいで事故を発生させる、とも。
まとめると、50年で寿命が来るのではなく、健全でなくなった部品を取り換えれば何年でも持つ、ということである。つまり、「50」という数字にはあまり意味がないということである。統計的には50年経つと劣化割合が増加するのかもしれないが、全ての構造物に当てはまるわけでもない。ただし、構造物が劣化していくのは事実なので、そこの修繕費用を獲得するために、「50年経ったので」と分かりやすい指標を用いることで、経費を獲得できる、というメリットがあるのでは、と想像した。
それでは、今回はなぜ「30年」という指標を用いたのか?一般人からすると、「30年ならまだ大丈夫だから修繕必要ないのでは」と思われてしまいそうである。
ここで、私は従来の、水みちのできやすい「矢板工法」を用いたトンネルがNEXCO中日本の管轄内には多いから、30年という指標を用いているのではないか、と予想した。矢板工法は、継ぎ目が多いので、そこが弱点となりやすいという説明があったためだ。
この予想を裏付けるため、間渕ら(2016)*1がトンネル台帳のデータを整理した論文を読んだ。それによると、現在供用中のトンネルについて、建設後20~30年経過した矢板工法のトンネルの内、Ⅱbより悪い判定を受けた割合は50%ほどである。これは、NATMのそれの60%とさほど変わらない。さらに、30~40年経過した矢板工法のトンネルはⅡbより悪い判定を受けた割合が80%であるが、40年、50年と経過年数が大きくなるほど悪い判定を受けたトンネルが少なくなる。これは、恐らく「矢板工法は変状が起きやすい」という事実を職員が把握していて、修繕に力を入れているためではないだろうか。
このデータだけでは、修繕によって判定が改善している可能性があるので、平成26年の判定と、それ以前の最新の判定結果を比べて、悪化している割合を示したデータも参考にしてみる。前の判定からの経過年数が書かれていないので、断定はできないが、矢板工法の方がNATMより「悪化した」「やや悪化した」というトンネルの本数が約2倍多く、特に漏水では顕著に多いことが分かった。これより、NATMよりも矢板工法の方が、劣化しやすいということが言えるだろう。
これより、やや強引だが、「NATMより矢板工法は短期間で劣化する」と結論付けた。そのため、矢板工法のトンネルが多いから「30年」という短い指標を用いているという推測は、あながち間違いではないと考えた。
以上の推論から、一つのことを学んだ。それは、「技術者は一律の修繕年数ではなく、個々のインフラに合った修繕年数を適用できる必要がある」ということだ。今回の例の「工法」以外にも、「インフラの種類」「周辺環境」「施工状況」「設計条件」等でも修繕の間隔は変わってくるだろう。「50年」といった分かりやすい一律の指標は、一般の人々を説得するには必要だが、全てのインフラの機能を維持する使命を持つ技術者は、この視点を忘れないようにするべきだと感じた。
<参考文献>
*1 間渕利明, 稲本義昌, 高木 繁, 上原勇気. 道路トンネルの定期点検結果の概要と傾向分析. 土木技術資料, 58-8, 2016. https://www.pwrc.or.jp/thesis_shouroku/thesis_pdf/1608-P020-023_mabuchi.pdf