5月が終わり、5月の後半、やや調子が崩れ、6月に何とか調子を上向きに、と思っている間に6月中旬も終わろうとしています。
5月の中旬以降、足のすねの内側の部分や足の指先、両手の指辺りの肌の調子が悪く、6月中旬に入ってようやく回復してきました。半年くらい前の2022年11月ごろにも似た感じ(手には無かったけど)の不調があり、思い当たる節はあるのですが、定かではないので、自分にできる対策で回復してきました。
5月のGWは、13,000歩/日、くらいの活発さでスタートしたのですが、その後、国内出張が相次いだり、上記の不調もあったりして、5月中旬くらいから活性度が大幅に低下し、最終的には5月は10,317歩/日と何とか一万歩を確保して終了。
一方で6月は徐々に上向きで、6/17の時点で11,600歩/日程度。
来月の7月は博多でのJCI年次大会や、ベトナムのダナン+シンガポールの出張、山口県の構造物の調査(1泊2日)、伊豆長岡+三島の出張などなど、動きがまた活性化するので心身の調子を整えておきたいと思います。
今月の6月を終わると、教授職に就いてからちょうど5年となります。2018年7月に就きましたので。
その前、14年9ヵ月ほど、つまり15年くらい准教授を務めていました。
今のままの仕事を続けるとして(その保証はどこにもありませんが)、准教授15年、教授で5年が経過し、あと15年ほど教授を務める可能性あり。
そのまま務めたとしても、長いようであっという間なのだろうとは思います。
この間の3月に定年退職された前川宏一先生が6年くらい前に横浜国大に着任されたとき、私は44歳。「細田さんが50歳になったときに、どういう体制を敷くか、そこが大事だね。」と言われたのを覚えています。現在、豊穣な社会研究センターが2023年4月に立ち上がっており、並走するYNU防災研が活動を活性化させています。この二つは近い将来、豊穣Cに統合されると私は考えていますが、この豊穣Cが、私が50歳のときの一つの形、なのだろうと思っています。
YNUの教授職と、豊穣Cのセンター長職は併任であり、負担もかなりのものではありますが、幸いに身体も健康ですので、まだ無理のきく元気な間は、それこそ全身全霊でこれらの職務にあたりたい、と思っています。豊穣C&YNU防災研はかなりの大所帯ですので、運営も一筋縄では行かないところももちろんあるのですが、下手な策を弄すよりは、自分自身の誠実さで貫き通し、自分自身も実践することで率いていきたいと思っています。賛同、共鳴してくれる人たちは少なからずいますので、「来るもの拒まず、去る者追わず」で行きたいと思います。
あと15年、教授職を務めるとして、5年×3というスパンですら見通しが立てにくい、あくせく、バタバタした世の中になってしまっています。3年×5、もしくは2年×7くらいで、日々様々なチャレンジを重ね、数年スパンくらいで着実に成長を感じられるような組織運営を心掛けたいと思います。
組織運営の前に、私個人が研究者、教育者としてまだまだ伸びていかねばならない存在であることを自覚しており、プレーヤーとして研さんを重ねたいと思います。