細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(10) 「イノベーション成功のカギ」 木崎 拓実(2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-10-21 04:47:02 | 研究のこと

「イノベーション成功のカギ」
木崎 拓実

 古くからトンネルは、上下水道や交通のための重要設備として数多く建設されてきた。しかしながら、トンネル建設予定地の地質状況を詳細に把握することは難しく、予想外の出水や地盤の崩落などにより、建設時に多くの人命が失われてきた歴史がある。そのため、トンネル掘削時の危険を減らす手段も数多く考案されており、その一つにシールド工法がある。

 シールド工法とは、シールドという機械を用いて、切羽周辺の土砂が崩れることを防ぎながら掘削していく方法で、19世紀にイギリス人技術者のブルネル親子がテムズ川を横断するトンネルに初めて使用した。この方法は現在では、都市部の地下トンネルやリニアモーターカー用トンネル掘削などに使用されており、信頼性の高い工法となっている。また、土砂や水が坑内に流入することが少なく、坑内で作業する人数が少ないため、人命保護の面でも優れている。そのため、シールドマシンの建設や設置に高額な費用が必要となるにも関わらず、この工法は現在でも採用され続けている。

 このように、今では代表的なトンネル掘削工法の一つとされているシールド工法であるが、ブルネル親子が世界で最初にこの工法を用いた時はどうだっただろうか。前述のように、シールドの建造には多大な費用がかかる。そのため、シールド工法を使うためには強力な出資者が必要不可欠であるが、その時点では当然ながらシールド工法の実績は一つもなく成功する可能性すら予想できない。おそらく、ブルネル親子は資金繰りに苦悩したことだろう。そのような状況でもトンネル掘削に成功したということは、何らかの手段で資金を用意できたことになる。つまり、ブルネル親子はシールド工法の発想やその実現といった土木技術者としての能力のほかに、資金確保のために他人を納得させ、行動を促す能力を有していたため、テムズトンネル建設に成功し、シールド工法の実用化というイノベーションを実現することができたといえる。

 また、イノベーションの例の一つとして、移動スーパー「とくし丸」がある。とくし丸では、公共交通機関の劣化や身体的な理由で買い物に行くことが難しいお年寄りを対象として、生鮮食品や雑貨などの商品を積んだ軽トラックで各家庭まで向かい、販売する形態をとっている。買い物は現代社会で生活するうえで必須となっており、とくし丸は通常の買い物が難しい人に商品を提供する重要な手段の一つとなっている。しかし、とくし丸も開始当初は顧客の確保に非常に苦労した。買い物は生きる上での必須条件であるため、既存の手段で十分だという人が多かったためだ。そのような状況であったが、とくし丸の経営者たちは、対象地域の住宅を一軒一軒訪問することで顧客の獲得に成功し、現在ではとくし丸は全国に広がってきている。この方式は、高齢化が進む日本における買い物の手段として、一般的なものになるのではないかと思われる。

 以上の例から、次の二点のことがいえる。まず一つ目は、のちの社会では優れた方法だと評価され、開発当時も当時の状況を大きく改善できる方法だったとしても、信頼がないことや既存手段でそれまでうまくいってきたことから、実現が難しいことである。シールド工法では、軟弱地盤を比較的安全に掘削する方法として、とくし丸ではすべての人が買い物を快適に行えるようにする方法として、当時の状況を改善しようとしたが、実現が難しかった。二つ目は、それでも実現できたのは、開発者がその方法を他の人を納得させ、行動させる能力を有していたためということである。より良い社会を目指すイノベーションは、言うまでもなく重要なものである。しかし、既存の方法でも社会は回ってきたということも事実としてある。新しい手段を考え、実現しようとするときは、このことを忘れずに、既存の手段を使用してきた人にどうやって新しい手段に興味を持ってもらい、活用してもらうかを考慮しなければならない。また、その方法を学ばなければならない。相手のことを考えずに、ただ新しい手段の長所を述べるだけでは、その手段がどれだけ優れていても、机上の空論で終わってしまう。


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