9月8日(土)
昨日、長野県諏訪郡富士見町にある富士見高原病院へ行ってきました。
富士見高原病院は、堀辰雄の小説「風立ちぬ」の舞台となったところ。
病院は旧「富士病棟」を取り壊し、6階建て新病棟を14年に完成させるとは8月28日付の新聞で知っていました。しかし一昨日の新聞では9月10日に、もう取り壊すとのことで、急遽出かけました。
堀辰雄は婚約者、矢野綾子の結核療養のために、富士見高原療養所へ付き添いで1935年の6月に入所。しかし、綾子は5か月後の12月に療養所で死去。「風立ちぬ」は彼女との療養生活を元に描かれました(1938年)。
▲ 堀辰雄は1933年逗留先の軽井沢で綾子と知り合い、34年9月に婚約します。堀29歳、綾子24歳。
「風立ちぬ」のモチーフは、死を見つめながら生きる、つかの間の生の、真の強い生命の燃え上りの美しさ、ということになるでしょうか。
1
それは、私達がはじめて出会ったもう2年前にもなる夏の頃、不意に私の口を衝いて出た、そしてそれから私が何んということもなしに口ずさむことを好んでいた、
風たちぬ、いざ生きめやも。
という詩句が、それきりずっと忘れていたのに、又ひょっくりと私達に蘇ってきたほどの、。。
****
風立ちぬいざ生きめやも、の詩句はポールヴァレリーの詩からの堀の引用で堀の訳です。
「風が吹きかかる」、とは聖書では神が人間に語りかける時という解釈※がありますから、ヴァレリーの詩句はそれを踏まえたのではないかと思います。また仏詩は命令形になっています。ですからこの仏詩を私流に意訳すると、「主は私に言われる、おまえは生きねばならないと」。
(※「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」創世記2-7が神が風を通じて人間に働きかけた最初の事例です。)
小説では、冒頭で二人が出会ったばかりの頃、「そのとき不意に、どこからともなく風が立った」そして節子(綾子)の描いていた絵の画架を倒す場面があります。その時に、私(堀)がつぶやく詩句として、最初に出てきます。
そして、節子が入所した後;
「私、なんだか急に生きたくなったのね・・・・」
それから彼女は聞こえるか聞こえない位の小声で言い足した。
「あなたのお蔭で・・・・」
という文脈のあと、上記1のくだりが続き、その詩句が再度出てきます。
小説全体が非常にリリカル(抒情的)な中で、モチーフを強める印象的な詩句として、引用されてますね。
松田聖子のヒット曲に「風立ちぬ」があります。昨年、紹介しました。♪風立ちぬー今は秋ーのあの歌はもちろん、堀辰雄のこの小説から着想を得ていると思います。
▲ 私の文庫カバー画。最近の新潮文庫本カバーは療養所の画ですが、私はこの方が「風立ちぬ」のイメージに合って、良いと思います。
さて、私と節子の旧富士見高原療養所を見てまわりましょう。
実は、私は07年8月にも来ています。その時は土曜日で、平日でなかったため建物の中を見学できませんでした。それで、今回中を見たかったのですが、公開は9月2日で終了していました。残念。
で、今回も外観を少し見れただけです。
▲ 富士見高原療養所の本館「富士病棟」(1926年築)正面。これだけが、今に至るまで保存されていました。
▲ 上記富士病棟の右側側面からです。10日取り壊しのため、もう重機が入っています。
9月2日までは、ここから中に入れて、資料展示室も見れたのですが、もう立ち入り禁止。
▲ 病棟の裏側からです。多角形パティオ風の入り口?がレトロですね。
▲ ここからが、病棟の裏へ行く道。小説では、何度も「裏の雑木林」という表現で出てくる所です。小説どおり、少し小高くなっています。手前に、これまた何度も言及される「落葉松林(からまつ)」です。
この雑木林を抜けてさらに上がっていくと。そうです、ここに出ます↓。
▲ 八ヶ岳(南側)が見えてくるのです。何度も小説に出てきます。
2
「それにきょうはとても気分が好いのですもの」
つとめて快活な声を出してそう言いながら、彼女はなおもじっと私の帰ってきた山麓の方を見ていた。
「あなたのいらっしゃるのが、ずっと遠くから見えていたわ」
私は何も言わずに、彼女の側に並んで、同じ方角を見つめた。彼女が再び快活そうに言った。
「此処まで出ると、八ヶ岳がすっかり見えるのね」
▲ 現在の富士見高原病院の正面。1926年設立時は、結核治療のための高原のサナトリウムでしたが、現在は地域医療のための立派な総合病院です。
▲ Harmonyを停めた駐車場には、今も白樺が。。 いいですねー。
「八ヶ岳山麓のサナトリウム」「Fのサナトリウム」は無くなりますが、小説「風立ちぬ」の中に、読者の心の中に、永遠に残ります。
さあ、帰ろう。私も堀辰雄をまねて、つぶやきながら。
風立ちぬ、いざ生きめやも
テンプレートも今日から、秋バージョンに替えます。
昨日、長野県諏訪郡富士見町にある富士見高原病院へ行ってきました。
富士見高原病院は、堀辰雄の小説「風立ちぬ」の舞台となったところ。
病院は旧「富士病棟」を取り壊し、6階建て新病棟を14年に完成させるとは8月28日付の新聞で知っていました。しかし一昨日の新聞では9月10日に、もう取り壊すとのことで、急遽出かけました。
堀辰雄は婚約者、矢野綾子の結核療養のために、富士見高原療養所へ付き添いで1935年の6月に入所。しかし、綾子は5か月後の12月に療養所で死去。「風立ちぬ」は彼女との療養生活を元に描かれました(1938年)。
▲ 堀辰雄は1933年逗留先の軽井沢で綾子と知り合い、34年9月に婚約します。堀29歳、綾子24歳。
「風立ちぬ」のモチーフは、死を見つめながら生きる、つかの間の生の、真の強い生命の燃え上りの美しさ、ということになるでしょうか。
1
それは、私達がはじめて出会ったもう2年前にもなる夏の頃、不意に私の口を衝いて出た、そしてそれから私が何んということもなしに口ずさむことを好んでいた、
風たちぬ、いざ生きめやも。
という詩句が、それきりずっと忘れていたのに、又ひょっくりと私達に蘇ってきたほどの、。。
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風立ちぬいざ生きめやも、の詩句はポールヴァレリーの詩からの堀の引用で堀の訳です。
「風が吹きかかる」、とは聖書では神が人間に語りかける時という解釈※がありますから、ヴァレリーの詩句はそれを踏まえたのではないかと思います。また仏詩は命令形になっています。ですからこの仏詩を私流に意訳すると、「主は私に言われる、おまえは生きねばならないと」。
(※「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」創世記2-7が神が風を通じて人間に働きかけた最初の事例です。)
小説では、冒頭で二人が出会ったばかりの頃、「そのとき不意に、どこからともなく風が立った」そして節子(綾子)の描いていた絵の画架を倒す場面があります。その時に、私(堀)がつぶやく詩句として、最初に出てきます。
そして、節子が入所した後;
「私、なんだか急に生きたくなったのね・・・・」
それから彼女は聞こえるか聞こえない位の小声で言い足した。
「あなたのお蔭で・・・・」
という文脈のあと、上記1のくだりが続き、その詩句が再度出てきます。
小説全体が非常にリリカル(抒情的)な中で、モチーフを強める印象的な詩句として、引用されてますね。
松田聖子のヒット曲に「風立ちぬ」があります。昨年、紹介しました。♪風立ちぬー今は秋ーのあの歌はもちろん、堀辰雄のこの小説から着想を得ていると思います。
▲ 私の文庫カバー画。最近の新潮文庫本カバーは療養所の画ですが、私はこの方が「風立ちぬ」のイメージに合って、良いと思います。
さて、私と節子の旧富士見高原療養所を見てまわりましょう。
実は、私は07年8月にも来ています。その時は土曜日で、平日でなかったため建物の中を見学できませんでした。それで、今回中を見たかったのですが、公開は9月2日で終了していました。残念。
で、今回も外観を少し見れただけです。
▲ 富士見高原療養所の本館「富士病棟」(1926年築)正面。これだけが、今に至るまで保存されていました。
▲ 上記富士病棟の右側側面からです。10日取り壊しのため、もう重機が入っています。
9月2日までは、ここから中に入れて、資料展示室も見れたのですが、もう立ち入り禁止。
▲ 病棟の裏側からです。多角形パティオ風の入り口?がレトロですね。
▲ ここからが、病棟の裏へ行く道。小説では、何度も「裏の雑木林」という表現で出てくる所です。小説どおり、少し小高くなっています。手前に、これまた何度も言及される「落葉松林(からまつ)」です。
この雑木林を抜けてさらに上がっていくと。そうです、ここに出ます↓。
▲ 八ヶ岳(南側)が見えてくるのです。何度も小説に出てきます。
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「それにきょうはとても気分が好いのですもの」
つとめて快活な声を出してそう言いながら、彼女はなおもじっと私の帰ってきた山麓の方を見ていた。
「あなたのいらっしゃるのが、ずっと遠くから見えていたわ」
私は何も言わずに、彼女の側に並んで、同じ方角を見つめた。彼女が再び快活そうに言った。
「此処まで出ると、八ヶ岳がすっかり見えるのね」
▲ 現在の富士見高原病院の正面。1926年設立時は、結核治療のための高原のサナトリウムでしたが、現在は地域医療のための立派な総合病院です。
▲ Harmonyを停めた駐車場には、今も白樺が。。 いいですねー。
「八ヶ岳山麓のサナトリウム」「Fのサナトリウム」は無くなりますが、小説「風立ちぬ」の中に、読者の心の中に、永遠に残ります。
さあ、帰ろう。私も堀辰雄をまねて、つぶやきながら。
風立ちぬ、いざ生きめやも
テンプレートも今日から、秋バージョンに替えます。