誰も歩いていない根津の午後です。
「氷」の暖簾に惹かれます。
「芋甚」営業中です。
親水公園を走っていたら相撲取りに追いつきました。何処の部屋の誰かは分かりませんが、夏を楽しんでいるように見えます。近隣に相撲部屋が多くある町なので日常的に相撲取りと出会います。
こんな町、なかなか無い。
ずっと昔のこと。お盆には「男はつらいよ」が封切りされていました。
まばゆい午後です。何回かここに来ています。露店で野菜を売る店の前です。
左方向には中華そば屋と京成関谷駅近くの高架が見える三叉路の角です。
「金八先生の」のポスターが貼られている店から振り返っています。
東武スカイツリーライン牛田駅傍の高架が見えます。
露店の八百屋の前を線路へ向かいます。
ガード下へ入って行きます。
低いガードです。
このガードをずっと昔に見た記憶があるのです。デジャヴュかもしれません。
この場所に寅さんが立っていたように思います(第14作 男はつらいよ寅次郎子守唄 昭和50年正月興行)。
この壁からあの病院を覗いていたのです。そこはマドンナ十朱幸代が勤める病院です。マドンナは近くに住んでいます。この景色を見たように思うのです。
ここがマドンナの勤めていた病院の場所ですが、建物は違うように思います。
当時の若者は皆貧乏でした。マドンナの休日の楽しみは近所の若者とコーラスを歌うことです。そのリーダーとマドンナが両思いになってやっぱり寅さんはフラれるのですが、そのリーダー(上条恒彦)も隣の千住のおもちゃ工場に勤める工員です。貧乏な若者がリーダーの狭いアパートに集まって楽しそうに歌う印象的なシーンです。さくらもマドンナに誘われて歌います。
銭湯の煙突が見えます。男はつらいよのNHK再放送の解説で、アナウンサーがこの映画の背景を「健康的な貧乏の時代」と表現していました。その言葉と合わせて、この界隈の景色を映画で見た記憶があるのです。
・・・金八先生もマドンナも居た町です。