櫓がそびえています。見辛いですが、左下に、もう早咲きの桜が咲いています。後ろに、首都高速中央環状線が走っています。櫓の右に立っているのは、水門の遺跡です。ここは水門遺跡を中心にした公園です。江戸川区は史跡に桜の公園を造りました。
櫓の背後は「新川」です。徳川家康が関東移封になったとき、江戸の造営の為に、新しく造った運河です。下総国行徳から、塩を江戸に運ぶことを主な目的としました。
櫓の前に移動しました。中川です。その向こう、荒川を越えて、小名木川を通じて日本橋に繋がっていました。
当時は番所が在ったと思いますが、現在は、「東京湾岸警察署 中川水上派出所」が在ります。
中川に専有の桟橋が有って、監視艇が横付けされています。今でも川の守りが置かれています。
派出所の正面、土手の階段を降りた所に桟橋が有ります。
公園を振り返ります。左に水門遺跡、右に櫓、その間に新川が見えます。ここには今でも「新川西水門」が有って、中川からの逆流を防ぐ等新川の水量を調整して、海抜ゼロメートル地帯を守っています。
再び中川を見ます。往時、行徳からやって来て、水門を抜け江戸へ向かう船は、ここで湾になっていた中川を横切ります。荒川は大正15年にできた放水路です。従って、当時は海に近い水っぽい荒野でした。ここが、小名木川を介して江戸と通じていたのです。
現在でも稼働しつつ史跡を残して、往時を偲ばさせる場所なのです。