池之端の井戸へ行きます。夏はこの家を見てから井戸へ行きます。
真夏の陽射しが濃い影を落とします。この絵を見るのがここ数年夏の習慣になりました。
さて、井戸へ向かいます。
えっ!?誰か居ます。一人はお盆休みの父親とのキャッチボールで受け損ねたボールを追いかけて来た夏休みの少年です。
そしてもう一人は、あの井戸を使う人です。この井戸を20数年見ていますが、井戸を使う人を初めて見ました。
私、人見知りだけど、このチャンスを逃す訳にはいきません。おずおずと話しかけたら気さくに答えてくれました。
座り込んで話を聞きます。「この路地は昔は『厩小路』と呼ばれていてね。大河内家の厩が在った場所だよ。左右には飼育する人の長屋が並んでいて『厩長屋』と呼ばれていたのよ」
「池之端は水が湧き出す良い場所で多くの井戸があったのよ。この先にも井戸があるけど、あれも馬を飼う為の井戸だったのよ」
「数年前に左側全部が建て売り住宅に建て変わった時にも残したのよ」
質問します。「井戸は町内会で管理しているんですか?」「そう、飲む人は居ないので井戸の掃除はしてないけど、パッキン等の交換は必要だからね」「ところで家は何処ですか?」「あそこよ。一番向こうよ」「えっ!?あの、バスケットゴールの家ですか?」
「そうだよ」
「昔、サンドバックを吊るしていた?」「そうだよ。あのサンドバックの皮が破れてなあ、中を見たら『砂』じゃなくて『古布』が入っていたのよ。一粒の砂も無し。騙された上に60㎏の布は凄い量で処分するのに困ったよ」
(2016年の写真)
「へえ~、いつもこの井戸に来る際には『面白い家だなあ』って眺めていました。尺八の看板もありますよね?」「息子が制作しながら教えているよ」
「あの柘榴もウチのだよ。西洋柘榴と違ってちょっと酸っぱくて美味しいよ。9月中旬になったら実が割れるから、取って食べて良いよ」
「寿司屋も無くなりましたね」「後継者が居なくて代替わりができなくてね」
(2015年の写真 井戸の表側に在って、訪問の目印でした)
(2016年廃業後の写真)
続けて質問します。「突き当りの煉瓦塀はお屋敷跡ですか?工場跡ですか?」「普通の民家だけど、坂の上には昔、お妾さんが多く住んでいてね。
正面の右に坂があるだろう?あの坂は『駆け落ち坂』と呼ばれていてね。あそこからこの厩小路に落ちて来て、不忍通りで当時走っていた都電に乗って逃げていくのよ。地図には載ってなかった名前けど、みんなそう呼んでいたよ」へえ~!しげしげと煉瓦塀の上を見上げました。
この話、続きます。