時間体感が変わって随分経つが、
皮膚感覚のように、『時間』という体感が変わっている。
けれども、本質においては何も変わっていない。
むしろ、問われているのかもしれない。
何をそんなに急ぐのか
と。
急ぐ必要のあることなのか
と。
急がなければならない案件なのか
そうでなければ、急ぐ必要などない。
と。
改めて考える。決めているのは自分だ。
急がなければならないことは何一つない。
それは、自然に添っていない。
自然に添っていることをひとつひとつ積み重ねていけば、
時間はたっぷりある。
これは、生き方なのだ。
丁寧に自分を取り扱う。その所作の一つ一つをだ。
こころを込め、思いをこめ、行う。
自分を一流品でも扱うかの如くかと言われれば、
そうだ、と答えよう。
何事も、自分が基準。自分が決める。
丁寧に扱える自分であれば、
物事も、その周辺もまた丁寧な事象となる。