低位の存在は、人間だけとは限らない。
低位の場所もあるし、低位の集合体、団体もある。
また、病気など、カラダの不調も同じ。
病んだ部分は冷たい。発するエネルギーが低いから、冷たい。
冷たく感じるだけでなく、実際、冷たくなっている。
ストレスが原因の緊張状態によるものや、
もともと、備わったエネルギーがポイントで、
低かったり、と、まあ、理由はさまざまだ。
ただ、そのまま放置するか、そこから脱出するかは、自分が決めることだ。
ココロが痛めば、カラダも痛む。
ココロが冷たければ、カラダも冷たい。
この世界はつながっている。
これも、つながりの事例のひとつ。
痛む自分を選ぶひともまた、そのひとの在りようだ。
つながりにおける、ひとつの点でしかない。
つながりを作れば、世界はまた、変わりはじめる。
運命を受け入れるとは、自分を諦めることでは決してない。
自分を大事にすること。自分を諦めないこと。
自分という存在を認識することだ。
このことに気づく。そして、智慧を学ぶ。必要な智慧を受け入れる。
道はまだ、遥かに遠い。楽しみもまた、在りそして、続く。